Vol.032 脳性麻痺の原因が胎児低酸素症にあるとされた事例

~アメリカ産婦人科学会基準の不確実さ~

-平成9年(ワ)第190号損害賠償請求事件、富山地裁平成15年7月9日判決-
協力:「医療問題弁護団」大森 夏織弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件妊婦は初産で、ノンストレステストの結果を含み、陣痛開始前の分娩経過に異常はなく、41週目の平成7年4月18日16時に初発陣痛19日5時入院、9時46分分娩監視装置装着、10時40分オキシトシン入点滴開始(以後、娩出まで40ml/hから90ml/hの間で増減を繰り返している)、13時15分破水、14時陣痛室入室、20時分娩室入室。助産師による怒責や子宮頚管の押し上げにより、20時50分ころ子宮口が開大した。
胎児心拍モニタリング所見は、認定されたところによれば、20時47分から56分にかけて1分間隔の子宮収縮にともなう遅発一過性徐脈、21時17分から周期的な遅発一過性徐脈、21時30分から40分と、21時42分から21時55分にかけて周期的な遅発一過性徐脈がつづき、22時6分から9分、22時39分から40分、22時46分から48分に胎児心拍数基線が正常値を超え160bpmから190bpmまで上昇、また22時10分から13分まで80bpmまで低下の高度変動一過性徐脈、23時10分すぎの排臨時点から胎児心拍数基線が160bpmから180bpmまで上昇、基線細変動も減少、23時30分には会陰切開着手、23時51分に娩出、アプガー1分後6点、5分後9点と評価するも10分をすぎても自発呼吸が出ず、他病院のNICUへ搬送した。新生児は仮死、頭蓋内出血合併、痙攣発現で重度脳性麻痺の後遺症があり、転送先病院では頭蓋内出血の原因について、回旋異常があったため胎児が娩出するまでに時間がかかり、この間の児頭の圧迫と低酸素によるものである旨を診断した。

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判決

被告病院の過失を認める


判決は、胎児仮死(と表現しているが胎児ジストレスでも同じ)の病態とモニタリング診断基準と対処、新生児仮死や頭蓋内出血の医学的知見について一般論を述べ、この中でアメリカ産科婦人科学会(ACOG)の4基準(当時)についても触れている。そのうえで、以下2つの争点を判断した。

(1) 分娩時低酸素が脳性麻痺の原因か

病院側は、分娩時低酸素が脳性麻痺原因と言えるためには4つの基準(1.臍帯動脈血ph7.0、2.5分間のアプガー値が3点以下、3.痙攣、昏睡、筋緊張など神経学的後遺症の存在、4.多臓器不全障害の存在)への全合致が必要であるとのACOG委員会意見(以下ACOG旧4基準)を提示。本件児については、患児のアプガー要件や多臓器不全要件を満たさないため分娩時低酸素原因は否定されると主張した。
本件では鑑定が2件なされている(仮にa鑑定、b鑑定とする)が、脳性麻痺原因論について、a鑑定は21時47分ころ生じた原因不明の頭蓋内出血が自然発生的に生じた頭蓋内出血に合併して起こった局所の循環障害による重度脳障害であるとし、b鑑定は分娩時低酸素原因の可能性は否定しえないものの、脳性麻痺の原因には分娩時低酸素以外の他原因も数多く存在し、またACOG基準にも合致しないことから原因は不明である、としている。
判決は以下の理由で分娩時低酸素の進行が脳性麻痺の原因であると認定した。
まず、モニタリング所見で20時47分ころから遅発一過性徐脈が出現し、やがて安心できない状態の所見となり、3時10分すぎから基線細変動減少等の所見へと移行し、胎児が呼吸性アシドーシスから代謝性アシドーシスを惹起したと認定して、この認定は転院先診断とも合致することを指摘した。
被告側によるACOG旧4基準のアプガースコアと多臓器不全要件を満たしていないとの主張については、医療記録上のアプガー診断が1分後6点(うち呼吸1、皮膚色2)、5分後9点については、臨床経過上、娩出後10分間マスクアンドバッグで酸素投与しても無呼吸がつづいたこと、娩出後チアノーゼがあったとの証言もあることから、アプガー判定については疑問があるとし、ACOG要件の「5分後3分以下」にまでは該当しないとしても、b鑑定が表現する如く分娩時低酸素が重度脳性麻痺の原因となっている可能性は否定できないとして退けた。
a鑑定の「21時17分ころの自然発生的な頭蓋内出血に合併した脳障害」については、モニタリング所見が安心できない状態なのは21時17分に突如に起こったことではなく一連の低酸素状態の持続の中で生起した所見であるのが合理的であるとして排斥した。
b鑑定は、その文面から必ずしも分娩時低酸素が脳性麻痺の原因であると積極的に展開しているわけではなく、脳性麻痺の諸原因を挙げて本件では不明だとのニュアンスが強いが、この諸原因指摘に対し判決は、「脳性麻痺の原因となる分娩時低酸素以外の他要因によるものであることを示す具体的な所見は見受けられないから、b鑑定中の諸処原因についての記述は一般論を述べるにとどまる」と述べ、採用していない。

(2) 早期娩出して脳性麻痺を回避すべき義務があったか

20時47分から始まり21時台の遅発一過性徐脈、22時13分に高度変動一過性徐脈が出現しているが、a鑑定では21時47分には安心できない状態であり、22時25分以降は急速遂娩も考慮すべき、b鑑定では結果的に20時30分から胎児の低酸素がつづき21時40分から55分にかけて安心できない状態であるとしている。判決は21時47分には急速遂娩も考慮し、基線が正常値を超え細変動が減少した23時10分すぎの時点では急速遂娩を決定し30分以内に娩出させるべきであり、そのように娩出していれば児には重大な後遺症が残らなかったと認定した。

判例に学ぶ

本件は、分娩時低酸素による脳性麻痺が争われた事案です。個人クリニックでの分娩で、医師と助産師の対応の杜撰さから娩出の遅れ自体は指摘できますが、分娩の遅れによる低酸素性虚血性脳症が脳性麻痺原因かどうかがもっとも問題となったもので、ACOG旧4基準の位置づけなども参考となります。
我が国の産科脳性麻痺訴訟において、多くの場合、ACOG旧4基準が被告側から持ち出され、あるいは出生直後の臍帯動脈血ph測定値がない(最近まで、我が国の、とりわけクリニックでは同数値測定の慣行がなかったのだから測定値がないのはむしろ当然であるにもかかわらず)、あるいはアプガーが5分後4点以上である、あるいは多臓器不全症状がないなどを根拠づけとして、分娩時低酸素は脳性麻痺の原因ではないとの主張がなされてきました。ちなみに現在では、オーストラリア・ニュージーランド8基準を経て、2003年1月にはACOG新9基準とでも言うべき新しい基準なるものが提唱されており、この新9基準では旧4基準のうちアプガースコア要件が格落ちしていることなど注目される傾向はありますが、9基準に言及した判決はいまだにないと思われ、8基準は後述の福地地裁判決のみで言及されており、ここ数年は被告側が旧4基準を持ち出すことがつづくと思われます。
このように、ACOG旧4基準等への形式的不適合から脳性麻痺の分娩時低酸素原因を否定する医療側の主張に対しては、とりわけ過去5年分の判例雑誌(判例時報・判例タイムズ)及び最高裁ホームページ掲載主要判決速報から調べうる脳性麻痺訴訟の多くにおいて、被告側主張の臨床諸症状はACOG基準への当てはめを妨げない(本件でも被告診断のアプガー点数自体が疑問であるとされている)というアプローチ、もしくはそもそもACOG基準を原因論において重要視しないアプローチ(本件でも、仮にアプガー点数が確定せず5分後3点以内と言えないとしても、分娩時低酸素原因の妨げにならないとされている)、のいずれかの傾向があります。地方裁判所でACOG基準への形式的当てはめから脳性麻痺原因を否定されたケースでも、高等裁判所では一転して認容的和解がなされているものもあります。
前者のアプローチ(実はACOG旧要件に合致している可能性がある)は、福井地裁平成15年9月24日判決(判例時報1850号103頁)、名古屋地裁平成16年5月27日判決(最高裁判所HP掲載)、後者のアプローチ(脳性麻痺原因論においてACOG要件への形式的当てはめはあまり意味がない)は、東京地裁平成11年10月22日判決(公刊物未搭載)、静岡地裁沼津支部平成13年1月10日判決(判例時報1772号108頁)、福岡地裁平成16年1月13日判決(判例時報1863号84頁)などの判決で採用されています。
要は、脳性麻痺原因の判断につき、形式的な産科訴訟対策的な基準への合致のみに依拠するのではなく、当該児の一連の診療経過、具体的な臨床症状や所見から分娩時低酸素が脳性麻痺後遺症の原因として合理的に説明できるかどうか、という丁寧な認定をすべきであるということ。こうした傾向に則した判決が多数を占めてきた最近の現状は、医療訴訟における認定の在り方として望ましいことでしょう。
また、過去の産科脳性麻痺訴訟で被告側から「脳性麻痺の原因は諸処あるので分娩時低酸素に確定できない」という一般論が主張され、裁判所がこの原因不明論に依拠して分娩時低酸素が脳性麻痺の原因とは言えないと安易な結論を出した傾向もありました。しかし、本判旨が脳性麻痺についてはさまざまな原因があるので児の脳性麻痺の原因は確定はできないとしたb鑑定の本来的ニュアンスを採用せず、「分娩時低酸素以外の要因があるのであれば、それを根拠づける具体的な所見があるはずだが、本件で具体的所見はない」という認定で原因不明論を排斥したことは、最近の認定の傾向であり評価できます。 本件は、分娩時低酸素による脳性麻痺が争われた事案です。個人クリニックでの分娩で、医師と助産師の対応の杜撰さから娩出の遅れ自体は指摘できますが、分娩の遅れによる低酸素性虚血性脳症が脳性麻痺原因かどうかがもっとも問題となったもので、ACOG旧4基準の位置づけなども参考となります。
我が国の産科脳性麻痺訴訟において、多くの場合、ACOG旧4基準が被告側から持ち出され、あるいは出生直後の臍帯動脈血ph測定値がない(最近まで、我が国の、とりわけクリニックでは同数値測定の慣行がなかったのだから測定値がないのはむしろ当然であるにもかかわらず)、あるいはアプガーが5分後4点以上である、あるいは多臓器不全症状がないなどを根拠づけとして、分娩時低酸素は脳性麻痺の原因ではないとの主張がなされてきました。ちなみに現在では、オーストラリア・ニュージーランド8基準を経て、2003年1月にはACOG新9基準とでも言うべき新しい基準なるものが提唱されており、この新9基準では旧4基準のうちアプガースコア要件が格落ちしていることなど注目される傾向はありますが、9基準に言及した判決はいまだにないと思われ、8基準は後述の福地地裁判決のみで言及されており、ここ数年は被告側が旧4基準を持ち出すことがつづくと思われます。
このように、ACOG旧4基準等への形式的不適合から脳性麻痺の分娩時低酸素原因を否定する医療側の主張に対しては、とりわけ過去5年分の判例雑誌(判例時報・判例タイムズ)及び最高裁ホームページ掲載主要判決速報から調べうる脳性麻痺訴訟の多くにおいて、被告側主張の臨床諸症状はACOG基準への当てはめを妨げない(本件でも被告診断のアプガー点数自体が疑問であるとされている)というアプローチ、もしくはそもそもACOG基準を原因論において重要視しないアプローチ(本件でも、仮にアプガー点数が確定せず5分後3点以内と言えないとしても、分娩時低酸素原因の妨げにならないとされている)、のいずれかの傾向があります。地方裁判所でACOG基準への形式的当てはめから脳性麻痺原因を否定されたケースでも、高等裁判所では一転して認容的和解がなされているものもあります。
前者のアプローチ(実はACOG旧要件に合致している可能性がある)は、福井地裁平成15年9月24日判決(判例時報1850号103頁)、名古屋地裁平成16年5月27日判決(最高裁判所HP掲載)、後者のアプローチ(脳性麻痺原因論においてACOG要件への形式的当てはめはあまり意味がない)は、東京地裁平成11年10月22日判決(公刊物未搭載)、静岡地裁沼津支部平成13年1月10日判決(判例時報1772号108頁)、福岡地裁平成16年1月13日判決(判例時報1863号84頁)などの判決で採用されています。
要は、脳性麻痺原因の判断につき、形式的な産科訴訟対策的な基準への合致のみに依拠するのではなく、当該児の一連の診療経過、具体的な臨床症状や所見から分娩時低酸素が脳性麻痺後遺症の原因として合理的に説明できるかどうか、という丁寧な認定をすべきであるということ。こうした傾向に則した判決が多数を占めてきた最近の現状は、医療訴訟における認定の在り方として望ましいことでしょう。
また、過去の産科脳性麻痺訴訟で被告側から「脳性麻痺の原因は諸処あるので分娩時低酸素に確定できない」という一般論が主張され、裁判所がこの原因不明論に依拠して分娩時低酸素が脳性麻痺の原因とは言えないと安易な結論を出した傾向もありました。しかし、本判旨が脳性麻痺についてはさまざまな原因があるので児の脳性麻痺の原因は確定はできないとしたb鑑定の本来的ニュアンスを採用せず、「分娩時低酸素以外の要因があるのであれば、それを根拠づける具体的な所見があるはずだが、本件で具体的所見はない」という認定で原因不明論を排斥したことは、最近の認定の傾向であり評価できます。