被告病院の過失を認める
判決は、胎児仮死(と表現しているが胎児ジストレスでも同じ)の病態とモニタリング診断基準と対処、新生児仮死や頭蓋内出血の医学的知見について一般論を述べ、この中でアメリカ産科婦人科学会(ACOG)の4基準(当時)についても触れている。そのうえで、以下2つの争点を判断した。
(1) 分娩時低酸素が脳性麻痺の原因か
病院側は、分娩時低酸素が脳性麻痺原因と言えるためには4つの基準(1.臍帯動脈血ph7.0、2.5分間のアプガー値が3点以下、3.痙攣、昏睡、筋緊張など神経学的後遺症の存在、4.多臓器不全障害の存在)への全合致が必要であるとのACOG委員会意見(以下ACOG旧4基準)を提示。本件児については、患児のアプガー要件や多臓器不全要件を満たさないため分娩時低酸素原因は否定されると主張した。
本件では鑑定が2件なされている(仮にa鑑定、b鑑定とする)が、脳性麻痺原因論について、a鑑定は21時47分ころ生じた原因不明の頭蓋内出血が自然発生的に生じた頭蓋内出血に合併して起こった局所の循環障害による重度脳障害であるとし、b鑑定は分娩時低酸素原因の可能性は否定しえないものの、脳性麻痺の原因には分娩時低酸素以外の他原因も数多く存在し、またACOG基準にも合致しないことから原因は不明である、としている。
判決は以下の理由で分娩時低酸素の進行が脳性麻痺の原因であると認定した。
まず、モニタリング所見で20時47分ころから遅発一過性徐脈が出現し、やがて安心できない状態の所見となり、3時10分すぎから基線細変動減少等の所見へと移行し、胎児が呼吸性アシドーシスから代謝性アシドーシスを惹起したと認定して、この認定は転院先診断とも合致することを指摘した。
被告側によるACOG旧4基準のアプガースコアと多臓器不全要件を満たしていないとの主張については、医療記録上のアプガー診断が1分後6点(うち呼吸1、皮膚色2)、5分後9点については、臨床経過上、娩出後10分間マスクアンドバッグで酸素投与しても無呼吸がつづいたこと、娩出後チアノーゼがあったとの証言もあることから、アプガー判定については疑問があるとし、ACOG要件の「5分後3分以下」にまでは該当しないとしても、b鑑定が表現する如く分娩時低酸素が重度脳性麻痺の原因となっている可能性は否定できないとして退けた。
a鑑定の「21時17分ころの自然発生的な頭蓋内出血に合併した脳障害」については、モニタリング所見が安心できない状態なのは21時17分に突如に起こったことではなく一連の低酸素状態の持続の中で生起した所見であるのが合理的であるとして排斥した。
b鑑定は、その文面から必ずしも分娩時低酸素が脳性麻痺の原因であると積極的に展開しているわけではなく、脳性麻痺の諸原因を挙げて本件では不明だとのニュアンスが強いが、この諸原因指摘に対し判決は、「脳性麻痺の原因となる分娩時低酸素以外の他要因によるものであることを示す具体的な所見は見受けられないから、b鑑定中の諸処原因についての記述は一般論を述べるにとどまる」と述べ、採用していない。
(2) 早期娩出して脳性麻痺を回避すべき義務があったか
20時47分から始まり21時台の遅発一過性徐脈、22時13分に高度変動一過性徐脈が出現しているが、a鑑定では21時47分には安心できない状態であり、22時25分以降は急速遂娩も考慮すべき、b鑑定では結果的に20時30分から胎児の低酸素がつづき21時40分から55分にかけて安心できない状態であるとしている。判決は21時47分には急速遂娩も考慮し、基線が正常値を超え細変動が減少した23時10分すぎの時点では急速遂娩を決定し30分以内に娩出させるべきであり、そのように娩出していれば児には重大な後遺症が残らなかったと認定した。