Vol.034 狭心症患者に対する投薬変更につき、被告病院の過失が認められた事例

-千葉地方裁判所平成17年5月30日判決、平成16年(ワ)第175号-
協力:「医療問題弁護団」早瀬 薫弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件概要

本件患者であるX(66歳)は、平成8年7月3日から被告病院内科に通院治療中であったところ、同年8月11日早朝、自宅で発作を起こし死亡した。
このためXの家族が、被告病院に対し、1・発作を訴える患者に対して入院検査を怠った過失、2・投薬上の説明を怠った過失、3・投薬の継続が必要であったにもかかわらずこれを中止し変更した過失、4・病院内における引き継ぎを怠った過失を主張して、損害の賠償を請求した事案である。

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判決

前記3及び4における被告病院の過失を認める


裁判所は、前記3の過失、附随的に4の過失を認めたうえで、被告病院に対しXの死亡によって生じた損害を賠償すべき責任があると判断した。

(1) 認定された事実経緯等

裁判所が、争いのない事実を含めて認定した事実は以下のとおりである。
Xは、平成8年7月3日に、胸痛発作を訴えてY病院救命救急センターを受診し、内科のA医師の診察を受けた。A医師は、ニトログリセリンを処方したうえで、次回の診察の予約を行い、Xに帰宅を指示した。
Xは7月4日午前6時50分ころ、自宅で胸痛発作を生じ、1~2分程度で自然軽快した。同日午前8時ころに再び胸痛発作を生じ、ニトログリセリンを舌下したところ、まもなく軽快した。翌7月5日午前7時ころにも胸痛発作を生じ、ニトログリセリンの舌下により軽快した。度重なる発作のため、Xは7月5日午前11時ころ、Y病院救命救急センターを受診し、内科のB医師の診察を受けた。B医師は、狭心症の治療薬アイトロール錠20ミリグラム及びアダラート10ミリグラムを処方したうえで、Xに帰宅を指示した。
Xは7月5日午後11時ころから腹痛及び下痢を発症したため、6日はアイトロール錠及びアダラートの服用を中止したところ、7日午前7時35分ころ自宅で強度の胸痛発作を起こして失神状態に陥ったが、ニトログリセリンを舌下投与したところ、まもなく軽快した。
診察予約日の7月9日午前11時ころ、XはY病院を受診し7日の発作の様子を説明したところ、B医師より「アイトロール、アダラートは中止しないように」との指示を受けた。
その後、Xは、B医師の指示どおり服用をつづけ、服薬している間は特段の発作もなくすごしていた。この間、XはY病院において、ホルター心電図による検査、トレッドミル検査を受けた。
予約日の8月9日にXが被告病院の診察を受けたところ、A医師らが不在のため代わりにXの診察を担当したC医師は「検査の結果に異常はない」と報告し、アダラートの服用を中止し、アイトロール錠の服用量を10ミリグラムに減量するように指示した。Xは同日以降、服用量を変更したところ、8月11日早朝、自宅でこれまでにない激しい胸痛発作を起こし、救急車で搬送されたが、同日午前5時20分ころ、搬送先の病院で死亡した。死因は急性心不全であった。

(2) 過失に関する争点と裁判所の認定

被告病院の過失に関し、問題となった争点は、1・被告病院医師らがXを入院させ精密検査を実施しなかったことに過失があるか否か、2・アイトロール錠、アダラートを処方するにあたって、被告病院医師らが服用上の注意ないし指示を十分に行わなかった過失があるか否か、3・C医師が投薬変更を行ったことに過失があるか否か、4・C医師はA医師らの診察内容、診療情報を確認しないまま診察を行った過失があるか否か、の4点である。
裁判所は結論として、3の過失、附随的に4の過失を認定し、そのほかの過失に関する争点1・2につき、検討するまでもなくXの死亡によって生じた損害を賠償すべき被告病院の責任を認めた。

(3) Xの狭心症

裁判所は、冠攣縮性狭心症の病態につき、「冠動脈の異常収縮により冠血流の絶対的減少をきたし、虚血を生じるもので、発作は多くの場合安静時に出現し、出現頻度は夜間から早朝に多く、日中は少ない」、「検査を行う以前に発作時の症状から一応の診断をすることも可能とされる」、「症状からの診断においては、(イ)発作が安静時に出現、また夜間から早朝に多く、日中に少ないこと((ロ)~(ホ)略)、(ヘ)発作はCa拮抗薬により予防されるがβ遮断薬単独では予防されず、むしろ悪化しやすいことが臨床的特徴であり、以上(イ)ないし(ヘ)のうち一つでも認められれば冠攣縮性狭心症との一応の診断が可能とされる」としたうえで、Xの発作の経緯(服用を中止した際の発作、服用を継続していた期間には一度も発作を起こしていないことなど)、発作時間帯は冠攣縮性狭心症の臨床的特徴に該当するものであり、また実際の診療経過においてもB医師が7月5日時点で冠攣縮性狭心症の可能性が高いとの診断をしており、A医師もまた冠攣縮性狭心症との診断をしていたものであるとして、C医師が診察をした8月9日時点において、Xが冠攣縮性狭心症であった可能性が高いと認定した。

(4) C医師の過失(争点3・4)

ところが、C医師はその陳述書において、「担当するはずだった医師が重篤な心疾患を考えていないからだろう」と考えて心疾患の可能性は低いと診断したとする趣旨の陳述をしている。
裁判所は、C医師が診療録(A医師の狭心症という記載、B医師の冠攣縮性狭心症の可能性が高いとする記載等)の各記載を看過した趣旨だとすれば、そのこと自体が争点4の前任医の診察内容等の確認を怠った過失があるとした。そしてC医師が診療録の記載自体は確認したものの、自らの診察内容とあわせて検討した結果、心疾患の可能性は低いと判断した趣旨であった場合につき、「冠攣縮性狭心症の可能性が存在することを前提に治療方針を決定すべきであったのに、これを怠り、安易に本件投薬変更を指示した過失(争点3)がある」と判断した。
裁判所が、冠攣縮性狭心症の可能性が存在することを前提に治療方針を決定すべきであったとする根拠は、ホルター心電図検査はアイトロール錠及びアダラートを服用した状態で実施され、検査中に自然発作が生じたものではないこと、トレッドミル検査の結果が陰性であったことをもって狭心症の可能性を確実に除外することもできないこと、高血圧等の危険因子がなかったことからただちに狭心症の可能性を否定できるものではないこと、すなわち検査結果等から狭心症の可能性を確実に除外することはできなかったこと、これに加え、前任医がいずれも冠攣縮性狭心症の可能性があると診断していたことである。
また、裁判所は、「アダラートについては投与を急に中止したとき、症状が悪化した症例が報告されているため、休薬を要する場合は、徐々に減量し、観察を十分に行うべきとされる」と投薬に関する注意義務を認定したうえで、「C医師は、十分な観察をしながら投薬変更をすべきであったのに、これを行わなかった点においても過失(争点3)がある」とした。

判例に学ぶ

本件においては、Xのホルター心電図検査中に自然発作をとらえることはできず、トレッドミル検査の結果も陰性とされ、冠動脈造影等の精密検査も行われていません。ただし、本判決は検査結果等から狭心症の可能性を確実に除外することはできなかったとして、「冠攣縮性狭心症の可能性が存在することを前提に治療方針を決定すべきであった」としています。これは、長時間記録の心電図(ホルター心電図)は自然発作時の心電図変化を見ることを目的とするものの自然発作をとらえることは必ずしも容易ではないこと、冠攣縮性狭心症の場合、労作中の発作について労作をつづけると発作が自然緩解することがあることなどの医学的知見に沿う判断であるとともに、狭心症における問診の重要性、つまり胸痛発作が狭心痛であることを問診により確認することの重要性を示すものです。
特に、本件では前任医が狭心症(もしくはその疑い)の診断をし、投薬による治療がなされ、投薬を継続している間は発作が抑制されていました。そのため、医師が狭心症を「診断」すべきか否かという側面よりも、前任医がもっぱら問診で確認していた狭心症(もしくはその疑い)の診断につき、後任医が「除外」できたか否か、という側面が問題とされました。
また、本判決ではC医師による投薬の変更(中止・減量)そのものの過失の認定とともに、「十分な観察をしながら投薬変更をすべきであったのにこれを行わなかった」点も問題となり過失が認められました。
このほか、本事案では前任医(A医師、B医師)と代診をしたC医師の、Xの病気に対する認識の食い違い(前述のようにC医師はその陳述書において、「担当するはずだった医師が重篤な心疾患を考えていないからだろう」と考えて心疾患の可能性は低いと診断したとする趣旨の陳述をしています)が投薬変更という重大な注意義務違反につながっています。C医師がA医師らの診察内容、診療情報を確認しないまま診察を行った可能性があり、この点にも附随的に過失が認められています。
一定規模の病院においては、それまでの担当医が不在となり、代診となることは十分に考えられますが、本事案はそのような場合の引き継ぎの重要性を示すものと言えます。もちろん、これは病院における医師の医療業務に限られません。どのような業務にも共通する問題だと言えるでしょう。