被告の過失とA夫の死亡との因果関係を認める
原審は、(1)については被告の過失を否定したものの、(2)と(3)についてはそれぞれ本件部位について満足な検査がなされていない、レントゲン写真には正常構造とは異なる陰影が存在している以上、その陰影が何かを確定するために再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行う必要があったとして被告の過失を肯定した。しかし、結局、同過失とA夫の死との因果関係の立証が不十分であるとして原告の請求を棄却した。
控訴審では、控訴人らは被告の過失とA夫の死亡との因果関係を争うとともに仮に因果関係がないとしても、A夫は適切な治療を受ける機会と可能性を奪われたと主張。裁判所は次のように医師の過失とA夫の死亡との間の因果関係を認めた。
(1)A夫の本件部位には詳細不明な正常構造とは異なる陰影が存在し、これががんである可能性を否定できないのであるから、便潜血反応検査陽性者に対する精密検査として、注腸造影検査を担当する医師は、右陰影ががんであるかそうでないかを確定するために、再度の注腸造影検査か大腸内視鏡検査を行う必要がある。
(2)A夫の原発がんである上行結腸がんは大腸低分化腺がんであったが、これは非常に稀ながんで通常の大腸がんと比較すると進行が早く、初期像もいまだ十分に解明されていないし、早期がんで発見されることがほとんどない。しかし、大腸低分化腺がんにこのような特質があるということが、A夫の原発がんが本件レントゲン検査がされた以降に発生し、平成4年1月までの10ヵ月間という短期に進行して延命さえ不可能な高度進行がんになったことまでを具体的に推認させるものではなく、そのほかに大腸低分化腺がんがそのように短期間に発生から延命不可能になるまで進行することを特徴とするがんであると認められる証拠がない以上、前記推認を覆すに足りるものと言うことはできない。
(3)次に、本件レントゲン検査の時点で本件部位にがんが存在していたと言えたとしても、それを注腸造影検査や大腸内視鏡検査を行うことで発見できたかどうかであるが、控訴審で認定された事実によれば、同再検査によりがんを発見できた可能性は少なくない。それが、たとえ早期発見が困難である大腸低分化腺がんであったとしても前記推認を覆すに足りるものと言うことはできない。
(4)そして救命可能性について検討すると、A夫に関する経過であるが、同人は本件レントゲン検査を受ける数ヵ月前の平成3年はじめごろからときどき腹痛を訴えており、A夫の大腸がん原発がんは低分化腺がんであり、この種のがんで早期がんの段階で発見される例はきわめて稀である。しかし、認定事実によれば本件レントゲン検査から同人の死亡まで約11ヵ月の期間があり、医療文献によればA夫の大腸低分化腺がんがステージIをすぎたあとに発見されても適切な治療を行えば、意義のある程度に長期間の延命をもたらすことは不可能ではなく、これを期待することができたと推認するのが相当である。そうならばB医師らが本件診療契約に沿う適切な再検査をしていたとしたら、A夫は平成4年3月18日においてなお生存していたであろうと推認できると言うべきであり、延命可能性は存在した。
(5)以上によると、B医師らには本件レントゲンにおける本件部位の異常陰影について行うべき再検査をしないまま、がんの疑いがないものとして「異常がない」と判断し再検査をしなかった点で、本件診療契約上の義務違反に違反する不適切な診療行為があり、これと前記時点における死亡との間に相当因果関係があると認めるべきであるから、債務不履行責任により控訴人らが被った損害を賠償すべき義務がある。
(6)損害については、大腸低分化腺がんは発見されるとき早期がんであることはほとんどなく、予後も不良であるからB医師らの不適切な診療行為がなく早期に原発がんを発見することができたとしても、延命の期間自体はこれを高度な蓋然性をもって推認するに足りる証拠はないし、延命期間中の生活の質についてもこれが通常程度のものでありえたことを前記の蓋然性の程度に認定することは困難であるから、A夫に逸失利益は認めることはできず、慰謝料として300万円を認めることとした。