Vol.038 骨盤位の分娩法の選択と産科医の説明義務

~産科医に求められるインフォームド・コンセントの範囲~

-最高裁判所2005年9月8日判決、最高裁判所ホームページ-
協力:「医療問題弁護団」長谷川 壽一弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件概要

X1とX2は夫婦である。1993年8月31日、妻のX2(出産時31歳)は、Y1開設のB病院を受診し、妊娠が判明。出産予定日は1994年5月1日であった。1994年2月9日、胎位が骨盤位であることが判明。同年4月13日(妊娠37週3日)のX2の診察時に、B病院のY2医師は、内診やレントゲン撮影の結果などから分娩時には殿位となり、母体の骨盤の形状や大きさからしてCPDなどの経膣分娩を困難とする要因もなく、経膣分娩が可能であると判断した。Y2医師は、X2に対し、「経膣分娩に問題はない」と説明し、経膣分娩によるとの方針を伝えた。
4月14日、X1とX2は骨盤位であるのに経膣分娩をすることに不安を抱き、Y2医師に対し、帝王切開術によって分娩をしたいとの希望を伝えた。さらに、X2は4月20日の検診時にもその旨の希望を述べた。これに対してY2医師はX1・X2、またはX2に対し、経膣分娩が可能であること、もしも分娩中に問題が生じればすぐに帝王切開術に移行できること、帝王切開術をした場合には手術部がうまく接合しないことがあることや、次回の出産で子宮破裂を起こす危険性があることなどを説明した。
X2は、4月27日の検診時にも帝王切開術による分娩の希望を伝えたが、Y2医師はどんな場合にも帝王切開術に移ることができるから心配はない旨を説明。また、Y2医師は、同日、超音波断層法により、胎児の体重を3057gと推定し、内診の結果ともあわせ、分娩時には殿位となるものと判断した。Y2医師は、4月27日を最後に、胎児の推定体重を測定しなかった。4月28日、X2はB病院に入院。Y2医師は、X1・X2に対し、骨盤位の場合の経膣分娩の経過や帝王切開術の場合の危険性等のほか、骨盤位の場合、前期破水をすると胎児と産道との間をとおして臍帯脱出を起こすことがあり、早期に対処しないと胎児に危険が及ぶことがあること、その場合は帝王切開術に移行することなどについて経膣分娩を勧める口調で説明した。その際、X2は、「逆子は臍帯がひっかかると聞いているので帝王切開術をお願いしたい」と申し入れたが、Y2医師は、「この条件で産めなければ頭からでも産めない。もし産道で詰まったとしても、口に手を入れてあごを引っ張ればすぐに出る。もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開に移れるのだから心配はない」と答えた。これに対し、X1は「それでも心配ですので遠慮せずにどんどん切ってください」と言い、あらかじめ手術承諾書を書いておくとも言ったが、Y2医師は心配のしすぎであるとして、取り合わなかった。
Y2医師は、出産予定日を経過した同年5月9日(妊娠41週1日)、内診の結果から子宮口が1指大に開大するなど成熟の徴候が認められたことから、X2に対し同月11日から分娩誘発を行うことを説明した。その際、X2は、子どもが大きくなっていると思うので下から産む自信がなく、帝王切開術にしてもらいたい旨述べた。Y2医師は、予定日以降は胎児はそんなに育たない旨答えたのみで、骨盤位の場合における分娩方法の選択にあたっての重要な判断要素となる胎児の推定体重や胎位等について具体的な説明をせず、かえって分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開術に移行することができるから心配ないなどときわめて断定的な説明に終始し経膣分娩を勧めた。
X1・X2は、帝王切開術についての強い希望を有しながらも、Y2医師の前記説明により、仮に分娩中に問題が発生した場合にはすぐに帝王切開術に移行されて胎児が安全に娩出され得るものと考えて、Y2医師の下での経膣分娩を受け入れた。
Y2医師は、5月11日午後3時20分ころに、機械的分娩誘発のバルンブジーをX2の子宮口に挿入し、午後7時20分ころ、分娩監視装置による胎児心拍数の測定を開始した。
X2は、5月12日午前6時から午前8時まで1時間おきに陣痛促進剤を1錠ずつ服用した。Y2医師は、午前8時ころ、X2を内診し、胎児の臀部とかかとの部分が触れたことから当初の診断と異なり分娩時には複殿位となると判断したが、X1・X2にこのことを告げず、陣痛促進剤の点滴投与を始めた。午後1時18分ころには、陣痛がほぼ2分間隔で発現するようになり、午後3時3分ころには、胎胞が膣外まで出てくる胎胞排臨の状態となったが、卵膜が強じんで自然に破膜しなかった。
このため、Y2医師は、分娩が遷延するのを避ける目的で人工破膜を施行したところ、破水後に、臍帯の膣内脱出が起こり、胎児の心拍数が急激に低下した。Y2医師は、臍帯を子宮内に還納しようとしたが奏功せず、午後3時7分ころ、骨盤位牽出術を開始した。
5月12日午後3時9分ころ、重度の仮死状態で、X1・X2の長男Aが出生。Aは、待機していた小児科医によって蘇生措置を受けたが、午後7時24分に死亡。死亡時の体重は3812g。
そこでX1・X2は、共同で、B病院の設置者であったY1との間で助産を委託する契約等を締結したことを前提に、X1・X2において、胎児が骨盤位であることなどから、帝王切開術による分娩を強く希望する旨をY2医師に伝えていたにもかかわらず、Y2医師が骨盤位の場合の経膣分娩の危険性や帝王切開術との利害得失について十分説明しなかったためX1・X2が分娩方法について十分に検討したうえで意思決定をする権利が奪われた結果、帝王切開術による分娩の機会を失し、Aが死亡したなどと主張して、Y2医師に対し不法行為による損害賠償請求権にもとづき、B病院開設者のY1に対し債務不履行または不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権にもとづき、損害賠償を求めた。

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原審判決

Y2医師の説明義務違反を否定


Y2医師は、X2や胎児の状態等から経膣分娩が可能かつ適当であると判断し、帝王切開術を希望するX1・X2に対して経膣分娩の方針を説明したものであり、Y2医師のX1・X2に対する説明内容は経膣分娩の優位性を強調する面のあったことがうかがわれるものの、経膣分娩の場合の危険性や対応方法などについての説明も加えられていることや、X2がすでに骨盤位の場合の分娩に関する一応の知識を有していることに照らし、相当かつ十分なものであった。したがってY2医師は、求められる説明義務を尽くしており、X1・X2において、帝王切開術の希望を抱きながらY2医師の説得に応じたとしても、自ら自由に意思決定をする権利を侵害されたものとは言えない。

最高裁判決(2005年9月8日判決、最高裁ホームページ)

Y2医師の説明義務違反を認める(破棄差し戻し)


最高裁判所は「帝王切開術を希望するというX1・X2の申出には医学的知見に照らし相応の理由があったということができるから、Y2医師は、これに配慮し、X1・X2に対し、分娩誘発を開始するまでの間に、胎児のできるだけ新しい推定体重、胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素となる事項を挙げて、経膣分娩によるとの方針が相当であるとする理由について具体的に説明するとともに、帝王切開術は移行までに一定の時間を要するから、移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じ得ることなどを告げ、その後、陣痛促進剤の点滴投与を始めるまでには、胎児が複殿位であることも告げて、X1・X2が胎児の最新の状態を認識し、経膣分娩の場合の危険性を具体的に理解した上で、Y2医師の下で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務があったというべきである。ところが、Y2医師は、X1・X2に対し、一般的な経膣分娩の危険性について一応の説明はしたものの、胎児の最新の状態とこれらに基づく経膣分娩の選択理由を十分に説明しなかった上、もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開術に移れるのだから心配はないなどと異常事態が生じた場合の経膣分娩から帝王切開術への移行について誤解を与えるような説明をしたというのであるから、Y2医師の前記説明は、前記義務を尽くしたものということはできない」として、Y2医師の説明義務違反を認めた(破棄差し戻し)。

判例に学ぶ

医師の説明義務には、(1)患者への医療行為について患者の有効な同意を得るための説明義務(患者の自己決定権を保障するためのインフォームド・コンセントの説明義務)、(2)療養方法の指導のための説明義務の2種類があります。
最高裁判例は、インフォームド・コンセントの一般的対象事項について次のように述べています。
「医師は、患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては、診療契約に基づき、特別の事情のない限り、患者に対し、当該疾患の診断(病名と病状)、実施予定の手術の内容、手術に付随する危険性、他に選択可能な治療方法があれば、その内容と利害得失、予後などについて説明すべき義務があると解される」(最高裁2001年11月27日判決、民集55巻6号1154頁)。
今回の最高裁2005年9月8日判決は、骨盤位の分娩法の選択・同意を患者から得るにあたって、産科医はどの範囲までインフォームド・コンセントで説明すべきかについて、具体的な判断を示しました。