Vol.035 末期がん患者とその家族に対するがん告知の重要性

~患者のQOLに十分な配慮を~

協力:「医療問題弁護団」石井 麦生弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件概要

患者とその家族関係


77歳(死亡時)の男性Aは、B市内で妻X1と2人暮らし。子どもは3人おり、長女X2は近隣に居住し、日常から頻繁な行き来があった。また、長男X3は同じB市内に居住していた。


Aの診療の経過

(原審及び最高裁判決より)

1985・11▼相手方病院(以下Y病院)循環器外来に通院。虚血性心疾患等の治療を受ける
1991・10・26▼Y病院にて胸部X線撮影。コイン様陰影が見られた。その後の各検査結果なども総合すると、同日時点でAは病期に相当する進行性末期がんに罹患しており、救命・延命のための有効な治療方法はなく、疼痛などに対する対症療法を行うしかない状況にあった
1991・11・9▼Y病院M医師は読影の結果、「多発性転移巣あるいは転移性の病変である」と診断
1991・11・17▼M医師は、Aを診察し「転移性、多発性の腫瘍があることは間違いない」、「治癒的な手術は不可能であり、化学療法もあまり有用でない」などと判断し、「余命については、長くて1年程度ではないか」と予測
1991・12・29▼M医師は、Aのカルテに「末期がんであろう」と記載。内服鎮痛剤スルガムを投薬
1992・1・19▼M医師はAにスルガムを投薬。Aの「肺の病気はどうか」との質問に対し本人に告知するのは適当でないと考え、「前からある胸部の病気が進行している」と答えた。同医師は「患者の病状について家族に説明する必要がある」と考えたが、担当を外れる予定だったため、カルテに「転移病変につき、患者の家族になんらかの説明が必要」と記載。これがM医師による最後の診察となった。M医師は、患者が高齢の妻X1との2人暮らしであること以外に、家族関係に関する事情を聴取しなかった。以上の経過の中で、M医師はAに「受診の際、家族を同行するように」と求めたことが一度あったが、患者は終始ひとりで通院をつづけた
1992・2・9▼担当医はスルガムを投薬。家族への説明なし
1992・3・2▼担当医は鎮痛湿布薬ゼラップを処方。家族への説明なし
1992・3・5▼Aは痛みが悪化したため、X1とともにB大学医学部附属病院整形外科を受診
1992・3・12▼同病院内科を受診し末期がんと診断される
1992・3・19▼同病院S医師は、X3らを呼び、「患者は末期がんである」と説明
1992・3・23▼AはB赤十字病院に入院。以後、入退院を繰り返す
1992・10・4▼Aは死亡。左腎臓がん、骨転移を原因とする肺転移、肺炎が死因とされた
本判例において、もっとも争われた点は、「がん発見後に相手方病院の担当医らが患者及びその家族にその病状を説明しなかったことに法的責任(不法行為責任・債務不履行責任)があるか否か」であった。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

判決

1 被告の説明義務違反を認めず

(秋田地裁平成8年3月22日判決(判例時報1595号123頁以下))

X1らは、患者本人へのがん告知につき、「患者の自己決定権が確保されるためにも、患者自身に情報が正確に知らされることが必要である。これは、末期がんの患者であっても同様である。……余命を充実して送るために、十分な情報と知識が与えられるべきである」とし、患者の家族へのがん告知については、「家族に対しても適切な知識と情報が与えられる必要がある。とりわけ患者自身が自己の病状などへの理解が不十分である場合や、患者自身への告知ができない場合には、患者の家族に対し適切な知識と情報が与えられ、その家族の協力を得て、治療や措置を採ることが不可欠である」とそれぞれ主張した。
これに対し、Y病院は患者本人へのがん告知につき、「(本件では)がんの告知は、寿命がほぼつきていることを明確にし、死を覚悟させるだけの意味しか持たない。……したがって、がんの告知を行うかは病状、患者、家族の状況、治療についての協力の度合い、来院しなくなった事情などを総合して判断されるべきで、医師の裁量に委ねられており、本件において、Y病院の医師らに裁量の逸脱はない」と反論。また、患者の家族に対するがん告知については、1.本件では、Aはひとりで通院しており、その家族から病状の問い合わせはなかった、2.Aの病状は、もはや治療による改善の余地はない末期であったから、家族に対する説明は医療の選択や予後の問題とは無関係であり、がん告知がなかったことによる治療上の不利益はなかった、と反論をした。
両当事者の主張・反論につき、第1審裁判所は「確かに、死期、余命は個人に関する重要な情報であり、その情報が本人ないし家族に伝えられれば、……突然に死を迎える場合に比較し、死を予期したうえでその余命をより充実して送れる場合もあろう。しかしながら、末期がんであることの告知は、ある意味では死の宣告に等しいものであり、本人に与える精神的衝撃が非常に大きいものであることは容易に想像できることであり、本人に対しては告知すべきでない場合が多いであろうし、また、すべての家族が……末期がんの告知を望んでいるとは考えられず、最後まで死を予期しない生活を送ることを望む場合もあると考えられる。……また、現在、医療関係者間においても、末期がんの告知に関して、明確な基準が確立されているとは認められない。したがって、末期がんの告知を行うべきか、行うとしても、いつ、誰に対して、どのように行うかについては、一義的な基準を設けることが困難な性質のものであり、結局、患者本人の病状、予測される余命の期間、本人及び家族の人格、生活状況、告知を望んでいるか否か、患者などと医師との信頼関係、告知後の精神的ケア・支援の見込みなどの諸要素を検討したうえでの担当医師の判断に委ねられている医療行為というべき」、「末期がんであることを告知しなかったことは、担当医師に認められた裁量権を逸脱するものとまでは認められない」と判断し、「病院に責任はない」とした。


2 家族に対する被告の説明義務違反を認める

(仙台高裁秋田支部平成10年3月9日判決(判例時報1679号40頁以下))

第2審では患者側が一部逆転勝訴。高等裁判所は、以下のように判断し、Y病院の担当医らがA本人にがんを告知しなかったことには義務違反はなかったが、X1ら患者の家族への告知の適否を検討すべきであり、その義務を怠ったことに責任があるとした。慰謝料額は120万円。
「少なくとも平成2年当時の医療水準に照らせば、医師が末期がんの患者及びその家族に対して、がん告知をすべきかどうか、誰にいつどのように告知すべきか、ということについては、それまでの診療経過、病気の現状、必要な検査・治療及びこれに対する患者の対応、患者の年齢・性格・精神状態、家庭環境、病名を知らせることが治療に及ぼす影響、知らされた後の患者の心理面を支える態勢などの諸事情を考慮した上での当該患者を担当する医師の合理的裁量に委ねられているものというべきであるが、これは右に述べた諸事情を検討した上での専門家である医師がなした告知・不告知という判断を基本的に尊重すべきであるとするものであるから、医師が、積極的に右事情について情報収集をしなかったり、収集した情報を真剣に検討しないままに漫然とがん告知しないという判断に至ることを許容するものではなく、それゆえ医師としては右がん告知の適否、告知時期、告知方法などを選択するために、右に述べた患者に関する諸事情に注意を払い、できる限り右患者に関する諸事情についての情報を得るよう努力する医療契約上の義務がある」、「(相手方病院の担当医らは)患者の家族に対するがん告知の適否を検討する義務を尽くしていなかった」。


3 家族に対する被告の説明義務違反を認める

(最高裁平成14年9月24日第3小法廷判決)

最高裁判所は高等裁判所の判断を支持し、以下のように判示した。
「医師は、診療契約上の義務として、患者に対し、診断結果、治療方針などの説明義務を負担する。そして、患者が末期的疾患に罹患し余命が限られている旨の告知をすべきではないと判断した場合には、患者本人やその家族にとってのその診断結果の重大性に照らすと、当該医師は、診療契約に付随する義務として少なくとも、患者の家族などのうち連絡が容易な者に対しては接触し、同人又は同人を介して更に接触できた家族などに対する告知の適否を検討し、告知が適当であると判断できたときには、その診断結果などを説明すべき義務を負うものといわなければならない。なぜならば、このようにして告知を受けた家族などの側では、医師側の治療方針を理解した上で物心両面において患者の治療を支え、また患者の余命がより安らかで充実したものとなるように家族などとしてのできる限りの手厚い配慮をすることができることになり、適時の告知によって行われるであろうこのような家族などの協力と配慮は、患者本人にとって法的保護に値する利益であるというべきである」、「本件病院の医師らの……対応は、……末期がんに罹患している患者に対するものとしては不十分なものであり、同医師らには、患者の家族などと連絡を取るなどして接触を図り、告知するに適した家族等に対して患者の病状などを告知すべき義務の違反があった」

判例に学ぶ

本判決のポイントは2つあります。

1. 患者の家族などへの告知を検討すべき

医師が末期がん患者本人に対し、がんを告知すべきではないと判断したときには、最低限、連絡が容易な家族には連絡をとるなどして告知ができないかを検討しなければなりません。また、本判決の趣旨からすると、患者の家族に限らず、同居人等に連絡をとらなければならない場合もあります。

2. 患者のQOLは法的に保護される利益である

医療は患者の生命の延長にのみ向けられたものではなく「QOL(生命の質)」にも十分な配慮が必要です。患者が自らの死期を知ったうえで家族などとともに残りの人生をすごすことは当該患者にとっては重大な利益です。したがって、それを侵害すれば法的責任を問われることがあると言えるでしょう。