Vol.037 検査不足による重症度不明のリスクの帰属

~要かつ十分な検査内容の吟味を~

-名古屋地方裁判所、平成11年(ワ)第313号、平成16年9月30 日判決-
協力:「医療問題弁護団」藤原 靖夫弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件概要

66歳の患者A(男性)は、平成8年7月末ころ、上腹部から下胸部にかけての腹痛が現れ、K病院での超音波検査の結果、胆石症と診断され治療を受けていたが、上腹部痛が再発したため、胆石の精査・手術を目的として、同年9月11日、被告病院に入院した。
Aが被告病院で再度超音波検査を受けたところ直径18.5mmの胆のう結石が確認され、総胆管径の拡張も認められた。そこで、主治医は9月20日、総胆管造影を目的としてERCP検査(内視鏡的逆行性胆道膵管造影検査)を実施し内視鏡下にカニューレを十二指腸乳頭開口部から挿入。造影剤を注入して膵管の造影をした後、胆管の造影を試みたが、結局、胆管像を得ることはできず、検査を終了した。
しかし、Aは本件ERCP検査後、腹痛や嘔気を訴え、少量の嘔吐も見られたため、鎮痛剤が投与されたが、その後も腹痛と腹部膨満感があり、嘔気が強かったことから、主治医は急性膵炎の発症を疑い、胃管を挿入して胃内容物を吸引し抗酵素剤FOY(100mg×2)の点滴を開始した。
検査翌日(9月21日)もAの上腹部痛はつづき、血液検査をした結果、血清アミラーゼ値が3311IU/1(正常値:80~200)との高値を示した。同日には、FOY(100mg×4)、ミラクリッド(5万単位×1)が点滴投与された。
9月22日、Aは朝から腹痛がつづいていたが、夕方からは血圧が低下傾向となり、夜にはショック状態となった。CT検査の結果、Aには腹水の貯留が見られた。主治医はAの症状から重症膵炎と診断し、中心静脈ルートを確保して昇圧剤の投与を開始し、経鼻胃管を挿入したうえで、Aを集中治療室に移した。
しかしながら、
その翌日(9月23日)、Aは多臓器不全となり、9月24日から人工呼吸が開始され、9月26日からは人工透析が開始されたが、11月5日には呼吸不全に陥り、昏睡状態となり、11月10日に死亡した。 そこで、Aの妻及び子どもらが原告となり、被告病院に対し、診療契約上の債務不履行、不法行為にもとづく損害賠償を請求した。

本件における主たる争点は、1.主治医がERCP検査の前に、A及びその家族に対して、ERCP検査が重篤な急性膵炎を合併する危険性があり、膵炎が重症化すると、死亡率が20~30%となる旨の説明を怠った過失があるか否か、2.本件ERCP検査は、総胆管造影を目的としたものであり、重大な合併症である急性膵炎を予防するために膵管へのカニューレ挿入を避けるべきであるにもかかわらず、胆管造影に先行して無用、不適応の膵管造影を実施した過失があるか否か、3.遅くとも本件ERCP検査翌日(9月21日)には、Aに対して急性膵炎の確定診断を行い、さらに重症か否かの診断及び重症膵炎治療を中心とする本格的な集中治療を開始すべきであったのにそれを怠った過失があるか否か、というものであった。

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判決

1.被告の説明義務違反を認めず

裁判所は、被告病院の診療録中の病状説明書には「→(時に重症化)」との記載があるものの検査前に主治医からAに交付された病状説明書のコピーにはそのような記載がないことに着目し、この記載は主治医が診療録を見直した際に追加して書き込んだものであると認め、「その記載どおりAに対し重症化することがある旨を説明したかどうか疑問を差し挟む余地がないではない」としたものの、主治医の供述・証言にもとづいて、主治医のAに対する説明内容は診療契約にもとづいて求められる説明義務を履行しているものと解することができるとした。また、Aの家族に対する説明については「殊に本件のように一定の危険性を伴う検査については、患者と家族とが十分に検討できるように家族に対しても医師が的確な情報を提供することが望ましい」としながらも、Aの判断能力に疑いを挟む事情をうかがうことはできず、むしろAは自分に関することは自ら判断し、決定していたことがうかがわれるとして、家族に対する説明がなかったことをもって説明義務違反があるとまでは言えないとした。


2.膵管造影とAの死亡の因果関係を否定

裁判所は、主治医が、Aが総胆管結石を合併している可能性があり、手術前に胆道系の精査が必要であると判断し、総胆管結石の有無等の異常を発見すること及び胆道系の解剖学的偏位の存在を調べるために実施することにした旨述べる一方で、ERCP検査として膵管造影を行う場合について、膵炎、膵がん、その他の膵臓の病気が疑われる場合を挙げながら、Aについて膵炎や膵がんの疑いはなかった旨証言するとともに、本件ERCP検査において膵管造影を行ったのは、ERCP検査を行う場合には当然のように膵管造影を行っている旨述べるのみであることなどを理由として、本件ERCP検査において「意図的に膵管を膵尾部まできちんと造影したことは、不必要であったばかりでなく不適切なものであった」と認定した。
しかしながら裁判所は、一般的にERCP後急性膵炎の発生病態はいまだに不明な点が多い等の理由から、膵管造影が不要であったことからただちにAの急性膵炎がこれによって生起されたものと解することは困難であるとして、結局、本件膵管造影とAの死亡との間の因果関係を否定した。


3.被告の注意義務違反を認める

裁判所は、主治医としては、9月20日(ERCP検査当日)の夜、Aにつき急性膵炎の疑いを持った以上、これが重症化した場合には早期にICUに移して十分な管理態勢のもとで治療にあたることができるように緊張感を持ってAの診療にあたるべき義務を有していたと認めたうえで、主治医がCT検査をすることもなく、膵炎の重症度判定に用いられる項目にかかる血液生化学検査を十分にはしていないとして、9月20日及び9月21日において急性膵炎の診断及びその重症化に対する対応において注意義務違反があったと認定した。そして、適切な血液生化学検査及びCT検査を実施していれば、9月21日の時点で急性膵炎の重症化の判断ができたものと推認され、その時点でただちにAをICUに移し、的確な全身管理及び集中治療を実施していれば、Aが死亡することは避けられた高度の蓋然性があったと認定して、注意義務違反と死亡との間の因果関係を肯定し、合計5488万3654円の損害賠償を認めた。

判例に学ぶ

本件では、ERCP検査において、Aの膵管造影を行ったことは「不必要であったばかりか不適切なものであった」と認定されています。ただし、ERCP後急性膵炎の発症病態についてはいまだ不明な点が多いとの理由から、膵管造影によってAの急性膵炎が発症したと認めることは困難であるとして、因果関係が否定されたため、結果的に不要な膵管造影を行った点についての損害賠償責任が否定されました。しかし、不要・不適切な検査が行われ、一般的に知られている当該検査の合併症が発症したとなれば、裁判上、因果関係が肯定されることも十分に考えられるでしょう。
いずれにしても、合併症等のなんらかの危険性をともなう検査については、仮にその危険性が顕在化する確率が高いものではないとしても、ルーチンで検査を実施するのではなく(ルーチンで実施していたことは抗弁にならない)、その必要性を事前に十分に吟味して、真に必要な範囲の検査のみを実施することが求められます。
また、本件では、主として「1日早ければ救命できた可能性を否定することができない」等の鑑定内容にもとづいて、適切な検査及び治療開始の遅れと死亡との間の因果関係が肯定されました。しかし、一般に重症膵炎は必ずしも救命可能性が高いとは言えず、適切な治療を開始すべきであった時点における重症度及び救命可能性がどの程度であったかが、問題となることが多いと思われます。ただし、そもそも重症度判定が適切に行われていれば、通常は治療開始の遅れもないという関係にありますから、治療開始の遅れが問題となる場合においては、当時の重症度を判定するための客観的な検査データがなく、不明であるというケースが一般的でしょう。
この点、「急性膵炎の重症度やその後の治療の有効性は必ずしも明らかではないというものの、それは被告病院の医師が上記検査の義務を怠り、その重症度の判定を行わず、また、治療義務を尽くさなかったからにほかならないのであって、そのために、原告らは、今日では、その際の重症度を立証するすべがないのである。このような事実関係の下では、その結果として生じる真偽不明の不利益を原告らに負わせるのは相当ではない」との理由で、いまだ患者は重症膵炎の状態にまではいたっていなかったと推認し、救命可能性を認め、死亡との間の因果関係を肯定した裁判例(大阪地方裁判所平成9年(ワ)第2992号、平成12年9月28日判決)があります。
本件でも、原告は同様の主張をしており、裁判所がAの重症度について特段言及することなく因果関係を肯定した前記認定の背景には、このような考え方があると見ることもできます。その意味では実施すべき検査を行わなかったことによる真偽不明のリスクについては、事実上立証責任が転換され被告に帰属する(すなわち、被告の側で積極的に救命可能性がなかったことを立証する必要がある)との価値判断があることに留意する必要があると思われます。