1.被告の説明義務違反を認めず
裁判所は、被告病院の診療録中の病状説明書には「→(時に重症化)」との記載があるものの検査前に主治医からAに交付された病状説明書のコピーにはそのような記載がないことに着目し、この記載は主治医が診療録を見直した際に追加して書き込んだものであると認め、「その記載どおりAに対し重症化することがある旨を説明したかどうか疑問を差し挟む余地がないではない」としたものの、主治医の供述・証言にもとづいて、主治医のAに対する説明内容は診療契約にもとづいて求められる説明義務を履行しているものと解することができるとした。また、Aの家族に対する説明については「殊に本件のように一定の危険性を伴う検査については、患者と家族とが十分に検討できるように家族に対しても医師が的確な情報を提供することが望ましい」としながらも、Aの判断能力に疑いを挟む事情をうかがうことはできず、むしろAは自分に関することは自ら判断し、決定していたことがうかがわれるとして、家族に対する説明がなかったことをもって説明義務違反があるとまでは言えないとした。
2.膵管造影とAの死亡の因果関係を否定
裁判所は、主治医が、Aが総胆管結石を合併している可能性があり、手術前に胆道系の精査が必要であると判断し、総胆管結石の有無等の異常を発見すること及び胆道系の解剖学的偏位の存在を調べるために実施することにした旨述べる一方で、ERCP検査として膵管造影を行う場合について、膵炎、膵がん、その他の膵臓の病気が疑われる場合を挙げながら、Aについて膵炎や膵がんの疑いはなかった旨証言するとともに、本件ERCP検査において膵管造影を行ったのは、ERCP検査を行う場合には当然のように膵管造影を行っている旨述べるのみであることなどを理由として、本件ERCP検査において「意図的に膵管を膵尾部まできちんと造影したことは、不必要であったばかりでなく不適切なものであった」と認定した。
しかしながら裁判所は、一般的にERCP後急性膵炎の発生病態はいまだに不明な点が多い等の理由から、膵管造影が不要であったことからただちにAの急性膵炎がこれによって生起されたものと解することは困難であるとして、結局、本件膵管造影とAの死亡との間の因果関係を否定した。
3.被告の注意義務違反を認める
裁判所は、主治医としては、9月20日(ERCP検査当日)の夜、Aにつき急性膵炎の疑いを持った以上、これが重症化した場合には早期にICUに移して十分な管理態勢のもとで治療にあたることができるように緊張感を持ってAの診療にあたるべき義務を有していたと認めたうえで、主治医がCT検査をすることもなく、膵炎の重症度判定に用いられる項目にかかる血液生化学検査を十分にはしていないとして、9月20日及び9月21日において急性膵炎の診断及びその重症化に対する対応において注意義務違反があったと認定した。そして、適切な血液生化学検査及びCT検査を実施していれば、9月21日の時点で急性膵炎の重症化の判断ができたものと推認され、その時点でただちにAをICUに移し、的確な全身管理及び集中治療を実施していれば、Aが死亡することは避けられた高度の蓋然性があったと認定して、注意義務違反と死亡との間の因果関係を肯定し、合計5488万3654円の損害賠償を認めた。