Vol.041 医療事故を起こした場合には可及的速やかに届け出を

~医師法21条違反が刑事裁判で争われた事案~

-最高裁判所平成16年4月13日判決、最高裁判所刑事判例集58巻4号247頁-
協力:「医療問題弁護団」高野 裕之弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定している。
この点、同条にいう死体の「検案」の意義、及び死体を検案して異状を認めた医師が、その死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われる恐れがある場合にも同条の届け出義務を負うか否かは、憲法38条1項が「何人も自己に不利益な供述を強要されない」として、いわゆる自己負罪拒否特権を認めているために、医師の届け出義務が自己負罪拒否特権を侵害しないかというかたちで問題となる。
本件裁判例は、医師法21条違反が刑事裁判の場で争われた事案であるが、当該医療機関の院長が、医療事故により死亡した患者の遺族に対し死因の説明を適切に行わなかったことが診療契約上の説明義務違反にあたるとして民事裁判において損害賠償責任が認められている点でも注目された事案である(東京高裁判決平成16年9月30日、判例時報1880号72頁)。

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事件概要

被害者A子(当時58歳)は、慢性関節リウマチを患っていたが、都立甲病院の院長であるX医師の診察を受け、平成11年2月10日にX医師から主治医として指示された整形外科医師Bの執刀により左中指滑膜切除手術を受けた。手術は無事に終了し、術後の経過は良好であった。
ところが手術翌日の2月11日8時30分ころからA子に対し、抗生剤の点滴後に留置針の周辺で血液が凝固するのを防止するため、引きつづき血液凝固防止剤であるヘパリンナトリウム生理食塩水(以下、ヘパ生)を点滴器具に注入して管内に滞留させ注入口をロックする措置(以下、ヘパロック)を行うに際し、C看護師が、他の入院患者に使用する予定の消毒液ヒビテングルコネート液(以下、ヒビグル)を注入したために、A子の容態が急変し、同日10時44分ころ死亡した。
翌12日13時ころからB医師ら立ち会いのもとで行われた病理解剖の結果、A子の死因はヒビグルの誤投与にもとづく急性肺塞栓症による右室不全であることが判明したが、死因の報告を受けたX医師は死体検案後24時間以内に所轄警察署への届け出をしなかったため、医師法21条に違反するとして起訴された。

X医師が届け出を怠った経緯

B医師は、C看護師からあらかじめ誤投薬の可能性について報告を受けていたが、A子の死亡原因が不明であるとしてその病理解剖の了承を親族に対して求めこれを得た。その後、看護師らは死後の措置を行ったが、蘇生措置から死後処置をしている間、複数の看護師がA子の右腕血管部分に沿って血管が一見して紫色に浮き出ているという異状に気づいた。
X医師は、電話によって、患者が急死し、薬剤の取り違えによる薬物中毒の可能性があること、病理解剖が予定されていることの報告を受け、対策会議を開くことを決定した。
2月12日、X医師はB医師から、A子の死亡については、心筋梗塞の所見があるが、看護師が薬を間違えたかもしれないと言っている旨の報告を聞いた後、副院長2名、事務局長、医事課長、庶務課長、看護部長、看護科長及び副看護科長ら出席による対策会議を開いた。C看護師はヒビグルとヘパ生を間違えたかもしれない旨を涙声になりながら説明し、B医師は心筋梗塞の疑いがあることを指摘した。
X医師は出席者らの意見に従い、一度は警察への届け出を決定し、これを監督官庁である東京都衛生局病院事業部に電話連絡した。相談を受けて、甲病院に赴いたK副参事は、X医師に対し、「これまで都立病院では届け出をしたことがない。職員を売るようなことはできない。衛生局としては消極的に解釈している」旨の発言をしたため、X医師は警察への届け出をしないまま病理解剖を行うことを決定した。
同日13時ころ、B医師ら立ち会いのもとでA子の病理解剖が開始されたが、外表所見では右手根部に静脈ラインの痕、右手前腕の数本の皮静脈がその走行に沿って幅5~6ミリ前後の赤褐色の皮膚斑としてくっきりと見え、それは前腕伸側及び屈側に高度、手背・上腕下部に及んでいるのが視認された。B医師らはこれをポラロイドカメラで撮影した。
病理医のD医師は、A子の遺体の右腕の静脈に沿った赤い色素沈着は静脈注射による変化で、劇物を入れたときにできたものであると判断し、協力を依頼していた病理学の大学助教授で法医学の経験もあるE医師の到着を待って執刀することにした。
E医師は、A子の状況を見て、警察ないし監察医務院に連絡しようと提案したが、医事課長を通じてE医師の提案を受けたX医師は警察に届けなくても大丈夫である旨回答し、E医師はこれを監察医務院の許可が下りたものと誤解し、解剖を始めた。
解剖所見としては右手前腕静脈血栓症及び急性肺血栓塞栓のほか、遺体の血液が溶血状態(薬物が体内に入った可能性を示唆する)であることが判明し、心筋梗塞等をうかがわせる所見は得られなかったため、「右前腕皮静脈に、おそらく点滴と関係した何らかの原因で生じた急性赤色凝固血栓が両肺に急性肺血栓塞栓症を起こし、呼吸不全から心不全に至ったと考えたい」と結論づけられた。
解剖後、D医師はX医師に対し、A子が薬物の誤った注射によって死亡したことはほとんど間違いがない旨を報告。同日夕方、B医師はD医師と相談のうえ、死亡の種類を「不詳の死」とするA子の死亡診断書を作成し遺族に交付したが、以後B医師及びX医師は同月22日までA子の死亡を所轄警察署に届け出ることをしなかった。

上告趣意(弁護人の主張)

X医師は、医師法21条1項違反の罪を認定し、罰金刑とした第1審判決及び控訴審判決を不服として上告を行った。

上告趣意における第1の理由は、そもそも医師法21条1項にいうところの死体の「検案」とは医師が当該死体に死後初めて接して検分することを言うのであって、生前患者であった者について死後検分することは同条の「検案」にはあたらないというものである。
第2の理由は、仮に生前に患者であった者に対して行う死後の検分が「検案」にあたるとしても、B医師にはC看護師の点滴ミスについて自らも監督者等として業務上過失致死等の刑事責任を負うおそれのある立場にあったのであり、このような者にも警察への届け出義務を課すことは憲法38条1項の保障する自己負罪拒否特権を侵害するというものである。

判決

X医師らの医師法違反を認める


X医師は無罪であるとの上告趣意に対し、最高裁判所は次のように述べてこれを排斥した。
「医師法21条にいう死体の『検案』とは医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診察していた患者のものであるか否かを問わない」、「死体を検案して異状を認めた医師は、自己がその死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われるおそれがある場合も、本件届け出義務を負うとすることは、憲法38条1項に違反するものではない」。
最高裁は、医師法21条1項の届け出義務は、「警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にするという役割をも担った行政手続上の義務と解される」こと、「医師が死体を検案して死因等に異状があると認めたときは、そのことを警察署に届け出るものであって、これにより、届け出人と死体とのかかわり等、犯罪行為を構成する事項の供述までも強制されるものではない」とし、加えて「医師免許は人の生命を直接左右する診療行為を行う資格を付与するとともに、それにともなう社会的責務を課するものである」としたうえで、これら諸事情を総合考慮し、「医師が、同義務の履行により、捜査機関に対し自己の犯罪が発覚する端緒を与えることにもなり得るなどの点で、一定の不利益を負う可能性があっても、それは医師免許に付随する合理的根拠のある負担として許容されるものというべきである」と指摘した。

判例に学ぶ

最高裁の判断によると、本件においてB医師は遅くとも平成11年2月12日13時ころの時点でA子の死体の右腕血管部分の色素沈着を確認しており、死体の「検案」を行って異状に気づいていたことが明らかです。そうであれば、異状に気づいてから24時間以内に警察署への届け出義務を怠っている以上、B医師が医師法違反の罪に問われることは、やむをえません。また、X医師も病理解剖の結果、死体に異状があるとする報告を受けながら所轄警察署への届け出をしていませんから、やはり医師法違反になると言えます。
自らの過失ある医療行為に起因して患者が死亡した場合であっても医師法21条1項にもとづく24時間以内の届け出義務が課されており、これに違反した医師に対しては罰金刑が科されます。この点、患者の死亡が医療事故によるものか、病気等の自然の原因によるものかは、ただちには判断できない面があることも確かです。そして、「検案」の意義が死体の外表を検査することにとどまる以上、結果的に医療事故であったすべてのケースについて、届け出を怠ったからといって医師法21条1項違反となることはありえません。
もっとも、死体が自分の治療していた患者のものである場合、検案の結果、比較的容易に死因が医療事故に起因すると判断できる場合もままあることが予想され、そのような場合に医師が本件届け出義務を免れることはできません。
近時、帝王切開術実施時の大量出血により女性が死亡したケースで、手術を担当した医師が医師法21条違反で逮捕、起訴されたことに対して学会が抗議声明を出し、医師会が同法改正をめざすことを表明するなど注目を浴びていますが、医師免許が人の生命を左右する重大な国家資格であることを念頭に置き、万が一医療事故を起こしてしまった場合には可及的速やかに所轄警察署に届け出ることが肝要でしょう。