本件においては、看護師に過失があることは争いとならず、本件事故によりX及びその家族が被った損害の有無及びその内容について、以下の点を中心に争われた。
まず、Xは事故前からOPCAに罹患しており、四肢の運動機能障害はあったが、意識は清明だった。このようなXが本件事故により、遷延性意識障害となったことについて慰謝料はどのように算定すべきかが争われた。
Yは、Xの事故前の運動機能障害は後遺障害等級1級に該当し、すでに、後遺障害等級1級に該当する障害を負っており、本件事故前後では後遺障害等級に変化はないから、理論的に後遺症慰謝料は発生せず、無等級としての慰謝料が発生するのみであると主張した。
これに対してXらは、運動機能障害はあったものの大脳機能には問題はなく、意識も清明だったにもかかわらず、Xは本件事故により、社会につながるために残された唯一の手段である大脳の機能までも失ってしまったものであり、本件事故により失われたものの価値は、きわめて大きいと主張した。
また、理論的にも、慰謝料は非財産的損害である精神的損害を填補するという性質上、その計数上の差を観念できないため、前記Yの主張は誤っていると主張した。
次に、Yは、XがOPCAという疾患によって、寝たきり状態であったことから、素因減額(*1)を行うべきであると主張した。
(*1)素因減額とは、被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが、ともに原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様や、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平に失するときは損害賠償の額を定めるにあたり、民法722条2項を類推適用して、被害者の疾患を斟酌するという理論
これに対し、Xらは、一般に素因減額が認められる事例というのは、患者の既往症が事故の結果に寄与している場合であって、本件は運動機能障害を持っていた患者が、本件事故により、高次脳機能すなわち精神機能に障害を負ったのであるから、既往症が事故の結果に寄与している場合とは言えず、まったく事案を異にするものであると主張した。
さらに、Yは、本件事故によりB病院に入院することになったのであるから、Xはホームヘルパーを雇わなくてよくなり、Xの家族も被害者の介護から解放されたので、損益相殺(*2)できるとの主張をした。
(*2)損益相殺とは、被害者が不法行為によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性があり、その利益によって被害者に生じた損害が現実に填補されたと言うことができる限り、公平の見地から、その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から排除すべきだという考え