医師の説明義務違反と患者の死亡との因果関係を認める
(1)本件では、(a)コイル塞栓術を選択したことにつき過失があったか否か、(b)コイル塞栓術を実施するにあたり手術手技に過失があったか否か及び(c)説明義務違反の有無が争われた。
(2)(a)・(b)については簡略に記載するが、判決は、(a)コイル塞栓術を選択したことについての過失の有無について、本件事件当時、未破裂脳動脈瘤について、患者のインフォームド・コンセントを前提にし、年齢、手術による神経症状出現の可能性が少ない、重篤な全身合併症がない等の条件のもと、手術を積極的に施行することが一般的に勧められていたと認定したうえ、Aの脳動脈瘤の大きさ、高血圧症の既往症の存在等から、Aに対する未破裂脳動脈瘤手術の必要性がなかったとは言えないとし、本件においてコイル塞栓術を選択したことにつき医師の過失は認められないとした。
(b)手術手技上の過失については、1回目のコイル回収作業に医師の過失は認められず、(事後的に観察すれば回収可能性が少ないとしても)2回目の回収を試みたことを過失として捉えることはできないとして医師の過失を認めなかった。さらに、原告は、開頭手術に移行すべき時期が遅れた過失があると主張していたが、全身麻酔開始からコイル摘出まで5時間40分を要していることからすれば、Aの意識レベルが低下した直後から開頭手術に移行していたとしても、Aの死亡の結果を避けられたとは言えないと判事した。
(3)(c)説明義務違反の有無については、判決は医師に説明義務があったとしたうえで、同説明義務違反と患者死亡の結果との因果関係も認めた。
1 説明義務違反の有無
判決は、まず、医師に要求される説明義務の程度について、「一般に、治療行為にあたる医師は、緊急を要し時間的余裕がない等の格別の事情がない限り、患者において当該治療行為を受けるかどうかを判断決定する前提として、患者の現症状とその原因、当該治療行為を採用する理由、治療行為の内容、それによる危険性の程度、それを行った場合の改善の見込み、程度、当該治療行為をしない場合の予後等についてできるだけ具体的に説明すべき義務があるというべきである。殊に、本件のように患者の生死に係わる選択を迫る場合は、当該手術による死亡の危険性について当該患者が正確に理解し、当該手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定することができるだけの情報を提供する義務を負っているというべきである」と述べた。そして、本件における被告病院医師らの行った説明内容を時系列に沿って具体的に認定したうえで、「Aは、コイル塞栓術を受けることを承諾しているが、Aらは、『十数例実施したが全部成功している』、『うまくいかなかったときはただちにコイルを回収する』、『無理はしません』という C医師の言葉を聞いたことから、心配ないと考えて手術を承諾したものである。それは、Aらの入院前の言動や手術直前の会話からも明らかである。これらの言動は、手術中の死の危険性をいささかでも認識している者の言動としては極めて不自然だからである。手術中の死の危険性をいささかでも認識していたとすれば、Aらの手術前の言動は理解し難い(Aは、B医師から2、3週間で退院できるものと聞いていたことから、手術前に身辺の整理等の特別な準備もせず、自分の部屋も普段どおりにし、3月中旬以降の仕事の予定にも特段の配慮をすることなく通常どおりの予定を入れていた。また、手術当日、手術開始時間が急遽早まったことが家族には知らされていなかったが、Aはたまたま早く病院へ来た妻と会話でき、その際、Aは妻に対し『手術が急に早くなったので間に合わないから急いでこなくて良い、終わった後に居ればいいから、ゆっくり来るようにと電話を入れようとしたが、すでに出かけた後だった』などと話していた)」と認定し、他方、コイル塞栓術中の死亡の危険性を十分に説明したとするB医師及びC医師の供述はにわかに信用し難いところがあるとして、結果、「本件においては被告病院の医師は、本件手術を受けることによりAに死亡に至る危険性を、Aに対して十分に且つ正確に認識させることができなかったものといわざるを得ず、Aが、本件手術による死亡の危険性について正確に理解し、本件手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定し得たと認めるのは困難である」として、医師らの説明義務違反を認めた。
2 説明義務違反と死亡の結果との因果関係
判決は、「未破裂脳動脈瘤は年間破裂率が約2%程度と考えられており、それを手術しない選択肢も取り得たこと、手術をするにしても当初予定したとおり開頭手術を選択することもあり得たこと、Aらは、死亡の危険性があるのであれば手術を受けないと考えていたことが窺われることからすれば、仮に被告病院の医師らが説明義務を尽くしていれば、Aが本件手術を受けなかった可能性も高く、仮に本件手術を受けなければ本件手術中の原因不明の事故による死亡の結果も生じなかったことが認められるから、被告は、前記説明義務違反と因果関係を有するA死亡による損害を賠償する責任を負うものといわざるを得ない」と述べて、説明義務違反と死亡の結果との因果関係を認めた。