Vol.044 未破裂脳動脈瘤の治療の実施にあたっては十分な説明を

~術の危険性に関する説明義務違反と、患者の死亡との因果関係が認められた事例~

-東京地裁平成14年7月18日判決、平成9年(ワ)23169号-
協力:「医療問題弁護団」三枝 恵真弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

脳ドックは1988年ごろより我が国で始まり、その普及とともに、大小の未破裂脳動脈瘤が発見されるようになり、その破裂を未然に防ぐための予防的手術が行われるようになっている。しかし、このような手術の増加とともに、患者が死亡ないしは後遺症が残存した場合のトラブルも増加している。本件は、治療法の選択が適切であったか否か、手技上の過失があったか否かとともに、担当医師が未破裂脳動脈瘤の手術の危険性等についての説明義務を果たしたか否かが争われた事案である。

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事件概要

患者Aは私立大学の教授であったが、平成7年11月10日、講義中に意識障害を起こしたことから、同月下旬、訴外病院においてCT検査を受けたところ、脳動脈瘤の可能性を指摘された。そこで、同年12月7日に被告病院を受診し、同院において、同月18日に造影3次元CT検査を受けた結果、左内頸動脈分岐部に未破裂脳動脈瘤が発見された。さらに、平成8年1月19日に脳血管撮影を行ったところ、Aの動脈瘤は最大径7・9ミリ、ネックの大きさ約3.4ミリだった。Aは同年2月23日に外来受診した際に開頭手術を希望し、いったんは開頭手術を実施することが決定した。しかし、その後、被告病院内のカンファレンスによりAの脳動脈瘤の形状、部位から開頭手術に替えてコイル塞栓術を施行することが提案されたことから、B医師及び放射線科のC医師がAにこれを告げてコイル塞栓術の説明を行った結果、AはC医師の執刀によるコイル塞栓術を受けることを承諾した。
同年2月28日、C医師は、Aの脳動脈瘤に対するコイル塞栓術(以下、「本件手術」)を施行した。C医師は、同日午前11時5分ごろより手術を開始し11時50分ごろ、コイルの約半分を脳動脈瘤内に挿入した。しかし、このコイルが脳動脈瘤外に逸脱して内頸動脈内に移動し、中大脳動脈及び前大脳動脈を塞栓する可能性があると判断したため、正午ごろまでにコイル塞栓術の中止とコイルの回収を決めた。
C医師は、2回にわたってコイルを回収しようとしたが、全部を回収することができず、午後2時50分ごろにコイルの回収作業を中止した。コイルは、脳動脈瘤より大動脈にかけて残存し、その先端部分が脳動脈瘤から内頸動脈に一部移動したことにより、中大脳動脈の血流が悪化した。そこで、被告病院の医師は、開頭手術によりコイルの回収を試みることとし、午後4時5分ごろ全身麻酔を施行して、午後5時15分ごろより執刀を開始し、午後9時25分から同45分にかけてコイルの一部を摘出し、脳動脈瘤クリッピング術を施行した。
しかし、前記開頭手術によってもコイルを全部除去することはできなかった。そのためAは、平成8年3月13日、残存したコイル及びこれによる血流障害によって惹起された脳梗塞により死亡した。

判決

医師の説明義務違反と患者の死亡との因果関係を認める


(1)本件では、(a)コイル塞栓術を選択したことにつき過失があったか否か、(b)コイル塞栓術を実施するにあたり手術手技に過失があったか否か及び(c)説明義務違反の有無が争われた。
(2)(a)・(b)については簡略に記載するが、判決は、(a)コイル塞栓術を選択したことについての過失の有無について、本件事件当時、未破裂脳動脈瘤について、患者のインフォームド・コンセントを前提にし、年齢、手術による神経症状出現の可能性が少ない、重篤な全身合併症がない等の条件のもと、手術を積極的に施行することが一般的に勧められていたと認定したうえ、Aの脳動脈瘤の大きさ、高血圧症の既往症の存在等から、Aに対する未破裂脳動脈瘤手術の必要性がなかったとは言えないとし、本件においてコイル塞栓術を選択したことにつき医師の過失は認められないとした。
(b)手術手技上の過失については、1回目のコイル回収作業に医師の過失は認められず、(事後的に観察すれば回収可能性が少ないとしても)2回目の回収を試みたことを過失として捉えることはできないとして医師の過失を認めなかった。さらに、原告は、開頭手術に移行すべき時期が遅れた過失があると主張していたが、全身麻酔開始からコイル摘出まで5時間40分を要していることからすれば、Aの意識レベルが低下した直後から開頭手術に移行していたとしても、Aの死亡の結果を避けられたとは言えないと判事した。
(3)(c)説明義務違反の有無については、判決は医師に説明義務があったとしたうえで、同説明義務違反と患者死亡の結果との因果関係も認めた。

1 説明義務違反の有無

判決は、まず、医師に要求される説明義務の程度について、「一般に、治療行為にあたる医師は、緊急を要し時間的余裕がない等の格別の事情がない限り、患者において当該治療行為を受けるかどうかを判断決定する前提として、患者の現症状とその原因、当該治療行為を採用する理由、治療行為の内容、それによる危険性の程度、それを行った場合の改善の見込み、程度、当該治療行為をしない場合の予後等についてできるだけ具体的に説明すべき義務があるというべきである。殊に、本件のように患者の生死に係わる選択を迫る場合は、当該手術による死亡の危険性について当該患者が正確に理解し、当該手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定することができるだけの情報を提供する義務を負っているというべきである」と述べた。そして、本件における被告病院医師らの行った説明内容を時系列に沿って具体的に認定したうえで、「Aは、コイル塞栓術を受けることを承諾しているが、Aらは、『十数例実施したが全部成功している』、『うまくいかなかったときはただちにコイルを回収する』、『無理はしません』という C医師の言葉を聞いたことから、心配ないと考えて手術を承諾したものである。それは、Aらの入院前の言動や手術直前の会話からも明らかである。これらの言動は、手術中の死の危険性をいささかでも認識している者の言動としては極めて不自然だからである。手術中の死の危険性をいささかでも認識していたとすれば、Aらの手術前の言動は理解し難い(Aは、B医師から2、3週間で退院できるものと聞いていたことから、手術前に身辺の整理等の特別な準備もせず、自分の部屋も普段どおりにし、3月中旬以降の仕事の予定にも特段の配慮をすることなく通常どおりの予定を入れていた。また、手術当日、手術開始時間が急遽早まったことが家族には知らされていなかったが、Aはたまたま早く病院へ来た妻と会話でき、その際、Aは妻に対し『手術が急に早くなったので間に合わないから急いでこなくて良い、終わった後に居ればいいから、ゆっくり来るようにと電話を入れようとしたが、すでに出かけた後だった』などと話していた)」と認定し、他方、コイル塞栓術中の死亡の危険性を十分に説明したとするB医師及びC医師の供述はにわかに信用し難いところがあるとして、結果、「本件においては被告病院の医師は、本件手術を受けることによりAに死亡に至る危険性を、Aに対して十分に且つ正確に認識させることができなかったものといわざるを得ず、Aが、本件手術による死亡の危険性について正確に理解し、本件手術を受けるかどうかをその正確な理解に基づき決定し得たと認めるのは困難である」として、医師らの説明義務違反を認めた。

2 説明義務違反と死亡の結果との因果関係

判決は、「未破裂脳動脈瘤は年間破裂率が約2%程度と考えられており、それを手術しない選択肢も取り得たこと、手術をするにしても当初予定したとおり開頭手術を選択することもあり得たこと、Aらは、死亡の危険性があるのであれば手術を受けないと考えていたことが窺われることからすれば、仮に被告病院の医師らが説明義務を尽くしていれば、Aが本件手術を受けなかった可能性も高く、仮に本件手術を受けなければ本件手術中の原因不明の事故による死亡の結果も生じなかったことが認められるから、被告は、前記説明義務違反と因果関係を有するA死亡による損害を賠償する責任を負うものといわざるを得ない」と述べて、説明義務違反と死亡の結果との因果関係を認めた。

判例に学ぶ

本件では、被告病院医師の治療方針の選択及び手技上の過失については否定されましたが、本件手術の危険性に関する説明義務違反があるとして、同義務違反と、患者の死亡との間の因果関係を認め、被告に対し、遺族らに対して総額約6600万円の損害賠償義務を認めました。
このように、判決が医師の説明義務違反と患者の死亡結果との間の因果関係を認めたのは、未破裂脳動脈瘤については必ずしも現段階で手術をせず経過観察とする余地もあることに起因します。
ですから未破裂脳動脈瘤の治療に際しては、患者が十分かつ正確な情報にもとづいて自己決定することが必要であり、治療にあたっては、推定される将来の破裂の危険、破裂した場合に予測される予後、実施可能な積極的治療法の種類と現時点での治療の成功と合併症の可能性などについて十分な説明を行うことが肝要だと言えます。
加えて、本件手術は平成8年に行われていることに注意を要します。未破裂脳動脈瘤の破裂率については、これまで1~2%だと言われてきましたが、平成10年に国際共同研究グループ(ISUIA)が、後ろ向き症候群の観察で10ミリ未満の未破裂脳動脈瘤の破裂率を年0.05%と報告。それを受け、日本での未破裂動脈瘤の破裂率を前向きに検討しているUCASJapanが平成14年10月に行った中間報告では、破裂率は全体で年0.7%、5ミリ以上の動脈瘤については年1.1%としています。また、日本脳ドック学会による「脳ドックのガイドライン」は、平成15年9月に改訂されて、インフォームド・コンセントに関する記述が増大しています。
このような状況下、未破裂脳動脈瘤の治療を行うか否かについては、より慎重な検討と十分な説明が必要だと考えられるでしょう。
なお、未破裂脳動脈瘤に対する手術における手技上の過失が認定されたものとしては、名古屋地裁平成14年2月18日判決(判例時報1808号)、東京地裁平成12年5月31日判決(判例タイムズ1106号)、京都地裁平成12年9月8日判決(判例タイムズ1106号)などが存在します。