医師の説明義務違反を認める
まず、裁判所は、インフォームドコンセントが必要か否かは本件クリニカルトライアルが比較臨床試験に該当するか否かによってアプリオリに決まるものではなく、インフォームドコンセントの趣旨に鑑みて、その説明を必要とするものであるか否かによって判断されるべきとして、本件クリニカルトライアルが比較臨床試験に該当するかについては、判断しなかった。
次に、医師の説明義務に関しては、C医師が、Aを本件クリニカルトライアルの被験者としたことを認定したうえで、(ア)「医師には、患者の自己決定権を保障するため、その患者に対し……、患者の現在の症状、治療の概括的内容、予想される効果と副作用、他の治療方法の有無とその内容、治療をしない場合及び他の治療方法を選択した場合の予後の予想等を説明し、その同意を得る診療契約上の、もしくは信義則上の義務があるというべきである。しかし、その薬剤を用いて一般的に承認されている方法の治療をする限りにおいて、医師が投与する薬剤の種類、用量、投与の具体的スケジュール、投与量の減量基準等の治療方法の具体的な内容まで説明しなくても」医師の裁量に委ねられているので違法とは言えない。医師にそのような裁量が認められる基礎は、「患者が自己決定し、医師と患者との間で確認された治療の目標……を達成することだけを目的として、許された条件下で」医師は患者にとって「最善と考える方法を採用するものと」患者が信じている点にある。
したがって、(イ)「医師が、治療方法の具体的内容を決定するについて」、本来の目的以外に他事目的を有していて、「この他事目的が治療方法の具体的内容の決定に影響を与え得る場合」、医師に治療方法の詳細について裁量を与えられる基礎を欠くことになるから、医師には「患者に対し、他事目的を有していること、その内容及びそのことが治療内容に与える影響について説明し、その同意を得る診療契約上の、もしくは信義則上の義務がある」とした。
そして、本件においては、患者をクリニカルトライアルの被験者とすれば、(a)CP療法とCAP療法との選択は、無作為割付に割り付けられること、(b)割付によって療法が決まると薬剤の投与量、投与スケジュールは本件クリニカルトライアルで定められたプロトコルによって定まること、(c)本件プロトコルどおりの実施が困難な場合、投与量を減量できるがその減量基準、減量幅も本件プロトコルにおいて定められていることから、「患者のために最善を尽くすという本来の目的以外に、本件クリニカルトライアルを成功させる」という他事目的が考慮されていることになる。そうすると、C医師がAを本件クリニカルトライアルの被験者とすることについて、本件プロトコルにこだわらず、Aにとって最善の治療方法を選択したと認められる特段の事情のない限り、説明義務に違反したと言うべきところ、本件ではそのような特段の事情を認めることはできないとして説明義務違反を認めた。