Vol.049 チーム医療における医療事故での当該科責任者の責任の有無

~主治医の犯した医療過誤に対して、当該科責任者が刑事責任を問われた事例~

-最高裁平成17年11月15日(刑集59巻9号1558頁)-
協力:「医療問題弁護団」細川 大輔弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者Aは、B医大総合医療センター耳鼻咽喉科(Xが診療科長兼教授)においてY医師執刀により右顎下部腫瘍の摘出手術を受けた。腫瘍は、滑膜肉腫で再発の危険性がかなりあったことが術後の病理検査で判明した。なお、滑膜肉腫は四肢大関節近傍に好発する悪性軟部腫瘍であり、頭頸部領域に発生することは稀、予後不良の傾向が高く、本件当時確立した治療法はなかった。また、同センター耳鼻咽喉科には同症例の臨床経験のある医師はいなかった。
Aには、耳鼻咽喉科専門医試験に合格した医師Z(医師9年目)を指導医、Y医師(同5年目)を主治医とし、これに研修医1名が加わった3名が医療チームとして治療にあたることとなった。
主治医Yは、同僚医師から「VAC療法」(横紋筋肉腫に効果的な化学療法で硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドの3剤を投与するもの)の実施を勧められ、図書館で文献を調査しVAC療法のプロトコルを見つけた。ところが、Yはプロトコルに記載されていた「week」の文字を見落とし、同プロトコルが週単位で記載されているのを日単位と間違え、実際には硫酸ビンクリスチンを2mgを限度に週1回の間隔で投与すべきところ、同薬2mgを12日間連続で投与するという誤った治療計画を立案した。Yから治療計画の了承を求められた指導医Zは、文献や薬剤添付文書の記載を確認することなく、漫然とYの治療計画を了承した。さらに、YはXに対してVAC療法を行いたい旨報告し了承を得たが、この際、Xは、Yに対しVAC療法の具体的内容やその注意点について説明を求めず、投与薬剤の副作用の知識や対応方法も確認しなかった。
その後、Yの誤った治療計画にもとづきAに対し硫酸ビンクリスチン2mgが7日間連続投与された。その間、Aには、歩行時のふらつきや起き上がれない、全身倦怠感、関節痛、手指のしびれ、口腔内痛、咽頭痛、摂食不良、顔色不良等の症状が現れた。
そのためY、Zらがプロトコルを再検討した結果、週単位を日単位と間違え、硫酸ビンクリスチンを過剰投与していたことが判明した。Aは、硫酸ビンクリスチンの過剰投与による多臓器不全により死亡した。
なお、Xは教授回診の際にAを診察しているほか、病棟内でAが車椅子に乗っているのを見かけたが、抗がん剤の副作用で身体が弱ってきたと思い、その後もAの様子を見て重篤な状態に陥っていることを知ったが、硫酸ビンクリスチンの過剰投与には思いいたらず、Yらに対しなんらの指示も行わなかった。

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第1審・第2審判決

X、Y、Zの過失を認める


第1審(さいたま地裁平成15年3月20日判決)では、主治医Yと指導医Zは自ら過失を認めたが、診療科長Xは過失の存在を争い、無罪を主張した。しかし、判決はXについても過失を認め、罰金20万円の有罪判決を言い渡した(主治医については禁固2年、執行猶予3年、指導医については罰金30万円)。そして、Xの刑事責任については、大意次のように判示した。
主治医を監督する立場にある診療科長は、主治医が一定の医療水準を保持するように指導、監督すれば足り、主治医の行う具体的診療行為のすべてについて逐一具体的に確認し、監視する義務を負うものではなく、主治医が医療過誤を犯してもその刑事責任を問われないのが原則である。しかし本件のような難治性で、きわめて稀な病気に罹患した患者に対して、有効な治療法が確立されていない場合には、医療行為に従事する者は症例を検討し、適切な治療法を選択するべきであって、主治医に全責任を負わせることは許されない。診療科長であるXとしては、一般的な診療と同様にYやZに任せることなく、滑膜肉腫及びVAC療法についての文献等の調査を通じて、その内容を十分理解し、硫酸ビンクリスチンについても、文献調査や添付文書を熟読して、その用法、用量を理解し、副作用についてもその発現の仕方やこれに対する適切な対応を十分に把握したうえで、Yの立てた治療計画の適否を具体的に検証したり、Yの副作用についての知識を確認するなどして、副作用に対する対応についても適切に指導すべきであった。
これに対し、第2審(東京高裁平成15年12月24日判決)は、Xについて第1審が認定した監督責任(副作用について主治医らを適切に指導しなかった過失)にとどまらず、「治療医としての責任」(X自ら副作用を的確に把握し、適切に対応するべき注意義務の違反)をも認定し、原判決の罰金刑を破棄して、Xに対し禁固1年、執行猶予3年の判決を言い渡した(指導医Zにも同様に執行猶予つき禁固刑が言い渡された)。第2審判決に対しては、Xのみが上告した。

最高裁判決

Xの注意義務違反を認定


最高裁は、Xについて[1]VAC療法の適否とその用法、用量、副作用などについて把握したうえで、主治医らの立案した抗がん剤の投与計画についても踏み込んで具体的に検討し、これに誤りがあれば是正すべき注意義務、[2]使用される抗がん剤の副作用に関する主治医らの知識を確認し、主治医らに対し事前に的確な対応を指導するとともに、懸念される副作用が発現した場合にはただちに報告するように指示すべき注意義務、のそれぞれを怠った過失を認定し、Xの上告を棄却した。
最高裁は、Xの過失責任を認定する前提として、右顎下の滑膜肉腫が耳鼻咽喉科領域ではきわめて稀であり、Xをはじめ同科所属医師に当該症例を取り扱った経験がなく、VAC療法ついても未経験でその毒性や副作用等について十分な知識もなかったことに加え、主治医Yに医師としての経験が4年ほどしかなく、Xも同診療科に勤務する医師の水準から見て、平素からYらに対して過誤防止のため適切に指導監督する必要を感じていたことを認定した。
もっとも、副作用への対応については原判決(高裁)が、Xに対し前述の「治療医としての責任」を認定したのに対して、最高裁は、「原判決が判示する副作用への対応についての注意義務が、被告人(注:X)に対して主治医と全く同一の立場で副作用の発現状況等を把握すべきであるとの趣旨であるとすれば過大な注意義務を課したものといわざるを得ない」と述べて、前記のような副作用に関する事前指導、副作用発現時の報告指示についての注意義務違反(主治医らに対する監督上の過失)を認定するにとどめた。しかし、Xを執行猶予つき禁固刑に処した原審の結論自体には変更を加えなかった。

判例に学ぶ

医療事故では、どの範囲で刑事責任を問うべきかはきわめて微妙な問題です。本件第1審判決の中でも、医療現場への刑事司法の過度の介入が医療に対し萎縮的効果をもたらしかねないことが指摘されています。もっとも、本件ではきわめて初歩的かつ重大なミスにより若い患者A(当時16歳)の尊い生命が奪われており、治療計画を立案した主治医Yや、医療チームの指導医であったZが刑事責任を負うことについて異論は少ないでしょう。
今回の問題は、患者Aに関する医療チームの一員ではなく、診療科長として診療科における診療全般を統括し所属の医師らを指導監督する立場にあったXが、診療科内で起こった本件医療事故について刑事責任を負うか否かという点です。
統括責任者の立場にある診療科長に対してといえども、当該診療科におけるすべての患者について、治療の具体的な実施状況を詳細に把握することを期待するのは現実的ではありません。したがって一般的な診療に関して発生した医療事故について診療科長が主治医らとまったく同一の刑事責任を負うと考えることはいきすぎであると思われます。この点、第1審判決は、前述のとおり診療科長は主治医が医療過誤を犯しても、刑事責任を問われないのが原則であると述べています(しかし、最高裁判決はこの点につき直接言及していません)。
ただ、本件のように当該診療科内の誰も経験していないような稀な症例で、しかも、その治療にあたって副作用などの重大な危険性が存在する場合には、一般的な診療と同様に考えることはできません。この場合には、診療科長は治療方針についての承認を与えるにとどまらず、治療計画の具体的内容についても踏み込んで検討し、主治医の立てた治療計画に誤りがある場合にはそれを是正する必要があります。また、副作用や合併症等の治療にともなう危険の発現にも十分に気を配るべきであり、少なくとも治療にあたる主治医らが副作用や合併症について十分な知識を有しているかを確認し、患者に副作用や合併症を示す徴候が認められたときは、診療科長に報告するよう事前に指導すべきだと言えるでしょう。そして、診療科長がこれらの義務を怠った結果、患者に副作用や合併症が発生し、死亡などの重大な結果にいたった場合には、診療科長も監督責任を根拠に刑事責任を負うことがあるわけです。
なお、本件では、診療科長が主治医の経験年数や診療レベルから同人に対し、過誤防止のための指導監督の必要性を感じていたことを根拠に、診療科長には主治医らが誤った治療計画を立てることについて事前の予見可能性が存在したと認定されています。したがって、普段の診療から治療を実施する医師の診療能力に疑問が感じられる場合には、当該医師についてより注意深い指導・監督が求められることになります。
本判決は、大学病院で発生した医療事故に関する診療科長の刑事責任について論じたものです。ただ、本判決で述べられていることは、大学病院以外の病院において発生した医療事故について、診療科の責任者(科長、部長)の刑事責任や民事責任の有無を判断する際にも参考となるでしょう。