Xの注意義務違反を認定
最高裁は、Xについて[1]VAC療法の適否とその用法、用量、副作用などについて把握したうえで、主治医らの立案した抗がん剤の投与計画についても踏み込んで具体的に検討し、これに誤りがあれば是正すべき注意義務、[2]使用される抗がん剤の副作用に関する主治医らの知識を確認し、主治医らに対し事前に的確な対応を指導するとともに、懸念される副作用が発現した場合にはただちに報告するように指示すべき注意義務、のそれぞれを怠った過失を認定し、Xの上告を棄却した。
最高裁は、Xの過失責任を認定する前提として、右顎下の滑膜肉腫が耳鼻咽喉科領域ではきわめて稀であり、Xをはじめ同科所属医師に当該症例を取り扱った経験がなく、VAC療法ついても未経験でその毒性や副作用等について十分な知識もなかったことに加え、主治医Yに医師としての経験が4年ほどしかなく、Xも同診療科に勤務する医師の水準から見て、平素からYらに対して過誤防止のため適切に指導監督する必要を感じていたことを認定した。
もっとも、副作用への対応については原判決(高裁)が、Xに対し前述の「治療医としての責任」を認定したのに対して、最高裁は、「原判決が判示する副作用への対応についての注意義務が、被告人(注:X)に対して主治医と全く同一の立場で副作用の発現状況等を把握すべきであるとの趣旨であるとすれば過大な注意義務を課したものといわざるを得ない」と述べて、前記のような副作用に関する事前指導、副作用発現時の報告指示についての注意義務違反(主治医らに対する監督上の過失)を認定するにとどめた。しかし、Xを執行猶予つき禁固刑に処した原審の結論自体には変更を加えなかった。