予後不良患者の死亡と損害賠償

~死亡との因果関係が認められた事案~

-平成18年11月22日東京地裁民事第34部判決、最高裁ホームページ掲載-
協力:「医療問題弁護団」藤田 裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

予後不良の重症患者が、合併症により亡くなった場合、訴訟となるケースは多い。それは「いずれ亡くなる患者の死」ではなく、その時点での合併症による死亡を患者やその家族が想定していなかったからであろう。予後不良であっても、死亡との因果関係が肯定されている裁判例が増加している。本判例を通じて、近時の裁判所の考え方を紹介する。

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事件概要

本件は、当時71歳の女性Aが、病床数24床のY病院において、大腸がんの切除手術を受けたところ、約7ヵ月後に転院先の病院で死亡したことについて、Y病院担当医師には早期にカテーテル感染症を疑ってカテーテルを抜去すべき義務を怠った過失があるとして、Aの夫X1及び子X2が、債務不履行または不法行為にもとづいて損害賠償の請求をした事案である。

事件の経過

平成13年4月24日、Aは足元がふらつき、頭痛があると訴えてY病院を受診した。同25日の脳CT検査で、脳に腫瘍及び梗塞が認められたため同26日にY病院に入院した。入院後の検査で、Aの脳腫瘍の原発巣は大腸であり、脳腫瘍は大腸がんの転移であると判明した。診察にあたった担当医師は、5月2日、Aが腸閉塞直前の状態だと判断し、絶食を指示したうえで右鎖骨下に高カロリー輸液等のための中心静脈カテーテル(以下、IVHカテーテル)を留置し、高カロリー輸液を行った。5月8日、Aは他院にて脳腫瘍の手術を受け、同9日にY病院に帰院した。同12日、担当医師はA及びX1に対し、術後1週間~10日間で飲水及び食事の開始が可能となり、術後1~2ヵ月で退院が可能となる予定である旨を説明した。同22日、Aの大腸がんの摘出手術(低位前方切除術)が行われ、術後29日ごろまでは特に異常な所見は見られずAはX1と通常どおりの会話ができる状態だった。また、この日に飲水が許可され、尿道バルーンカテーテルも抜去され、介助されながらもベッドを降りて自ら用を足せるようになった。
5月30日午前7時ごろ、Aは絶食以降ほぼ1ヵ月ぶりに経口摂取したところ午後4時ごろに38度7分の熱を発し、「胸がえらい」と訴えたが腹痛はなかった。発熱に対しては解熱剤が投与されたが、流動食は継続され、午後8時には体温37度となった。担当医は、カテーテル感染症及び腎盂腎炎とともに、縫合不全を疑い、胸部及び腹部のレントゲン撮影をしたが、小腸ガス及び大腸ガスが認められた以外に異常を示す所見が認められなかった。また、ドレーンからの排出液にも異常は見られなかった。担当医師は抗生剤をより広域スペクトラムのものに変更し、発熱の原因を検索するために採血及び採尿をするよう指示をして経過観察をすることとした。
翌31日朝、Aは流動食を摂取し、午前10時に38度3分の発熱があった。発熱に対しては解熱剤が投与されたが、その30分後に非常に強い腹痛を訴えた。医師が診察したところ、腹部に強い疝痛が見られたがドレーンからの排出液はきれいなままであった。同日午後4時にも38度8分の発熱が見られたため、午後5時、解熱剤が投与された。午後7時ごろ、IVHカテーテルの滴下不良が見られたためIVHセットの交換が行われた。
6月1日午後0時15分ごろ、Aに38度7分の発熱が見られた。また、腹部CT検査を行ったところ、低吸収域が数ヵ所見られたものの明らかな膿瘍は見られなかった。午後4時ごろ、再度IVHカテーテルからの滴下速度が遅くなったため担当医師は末梢静脈にも点滴ルートを確保し、点滴を開始した。また、尿量は午後4時から午後8時すぎまでは約60mlと低下が見られ、血圧も85/50に低下し、末梢ルートから血管作動薬であるイノバンの投与が開始された。午後9時ころ、再度IVHカテーテルの滴下不良が生じ側管から生理食塩水などを一気に注入して管を通す処置(フラッシュ)を行ったが改善は見られなかった。担当医師は、翌日にIVHカテーテルを入れ替えることを指示し、そのままカテーテルを留置した。この時点では、Aに発熱はなかったが不整脈があり、苦しいとの訴えがあった。以後も呼吸促迫気味であり、深大性呼吸も見られた。
6月2日午前5時、再度IVHカテーテルの側管からフラッシュするも、滴下不良は改善しなかったため、午後0時にIVHカテーテルルートの入れ替えを行った。抜去したカテーテルの先端について培養検査をした結果、カンジダ菌が検出されたが、その報告は6月4日以降であった。
その後、尿量が再度減量し、午後3時ごろ不整脈と頻脈が生じ、午後11時の時点では、Aの呼吸は深大性となっており頻脈及び不整脈が見られ、脈拍は140台まで上昇したが、ドレーンからの排出液はきれいなままであった。
6月3日午後3時30分には39度7分の発熱があり、導尿しているウロガード管内に膿のかたまりのようなものが付着していたため、午後3時には膀胱洗浄が行われ、午後9時ごろ、IVHカテーテルを抜去し、末梢からの点滴を行った。そのころには無尿となっており、バルーンカテーテルに膿様のものの付着が認められ膀胱洗浄が行われた。担当医師らは、午後11時10分ごろ、腎不全及び心不全と診断し、Y病院では治療が不可能と判断したことから、救急車でC病院に転院した。転院時、Aは意識がない状態で、転院先の病院では敗血症性ショックとこれによる急性腎不全及び心不全との診断のもと、ICUにて治療が開始され、再度IVHカテーテル及びスワンガンツカテーテルが挿入された。
Aには6月22日より下血が認められ、7月3日まで下血が継続した。7月10日にAはICUから一般病棟に転室した。全身状態が徐々に改善したため、10月12日から流動食を開始したが、腎不全に対する透析を継続するため、10月18日にD病院に転院した。11月21日、下血が見られたため、11月22日にS状結腸カメラ検査を行ったところ肛門からすぐの位置に約2cmの腫瘍があり、そこから出血していることが判明した。そこで内視鏡的粘膜切除術を行い、腫瘍を切除したがクリッピングはできなかった。生検の結果、がん細胞が認められ、断端が陽性であると診断された。その後も下血が見られ、12月12日ごろには血小板の値は7000台程度に低下した。また、左肺に胸水が見られ胸水穿刺が行われた。12月17日、Aの血圧は低下し、39度台の発熱が見られ、翌18日には昏睡状態に近い状態となり、12月19日、死亡した。

判決

担当医師の義務違反と患者死亡の因果関係を認める


本件の争点は、[1]カテーテルを早期に抜去すべき義務が存在したか、[2]担当医師の義務違反と死亡結果との因果関係の存否、[3]損害の評価である。

被告である担当医師は、縫合不全が強く疑われ、その治療として高カロリー輸液が必要であったからカテーテル抜去の判断が困難であった、Aの死因はがんの再発による悪疫質とがん性出血である、大腸がんの脳転移(デュークスD、ステージIV期)からすれば、法的保護に値する程度の有意な生存可能性は発生していないなどと主張した。東京地方裁判所民事第34部は、担当医師について、カテーテルを抜去すべき義務を怠った過失及びA死亡との間の因果関係を認め、損害として慰謝料1200万円の支払いを認めた。

判決は、免疫抑制状態による易感染状態にあった患者に対しては感染症発症の有無をより慎重に観察すべきであった、IVHルートの滴下不良はカテーテル感染症の発症を疑わせる事実であった、5月31日午後7時の時点までには、ドレーンからの排出液にも異常が認められなかったことから、縫合不全を否定的に考えるべき要素が加わり、反対にカテーテル感染症については、強く疑わせる所見が生じていたのであるから、第一にカテーテル感染症を疑うべき状況にあったとして、この時点で、担当医師には、IVHカテーテルを抜去すべき義務があると認めた。
また、Aの死亡には再発した大腸がん切除術後の下血が大きく寄与したことが認められるものの、Y病院におけるカテーテル感染症を原因とする敗血症に続発した腎不全及び心不全による全身状態の低下が死期を有意に早めたものと認められることからすると、カテーテル感染症が敗血症性ショックにまでいたる以前に治癒していれば、その後の経過はAが現実に辿った経過よりも良好であったと認められ、Aは現実の死亡時点である平成13年12月19日になお生存していた高度の蓋然性が認められるとして因果関係を認めた。
そして、逸失利益と葬儀費用の損害は否定しつつも、「いかに亡Aにつき厳しい予後が予想されていたとしても、人生の最期の時期を自宅に戻って親しい人間と交流をしつつ身辺整理をする等の期待を奪われたばかりか、看病による疲れのために夫にも入院を余儀なくさせ、顔を合わせることすらままならなくなったのであるから、その間、平穏な日常生活に復帰し得たこととの差異はあまりにも大きく、若干にせよ死期が早まったことを考え合わせると、亡Aの精神的損害は大きいといわざるを得ない」として、慰謝料1200万円の支払いを認めた。

判例に学ぶ

死亡の場合の慰謝料額について、交通事故の場合には一定の基準が存在し、たとえば被害者が母親の場合には2400万円が基準とされています。本判決は、予後の厳しさから減額されたものと思われますが、本判例と同様、予後が厳しい場合でも2400万円の慰謝料を認めた裁判例もあります(東京地裁平成18年4月27日民事第35部判決、最高裁ホームページ)。
医師が注意義務にしたがって行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係は、医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば、患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認しえる高度の蓋然性が証明されれば肯定され(最高裁平成11年2月25日第一小法廷判決、民集53巻2号235頁参照、『ドクターズマガジン』医療過誤判例集No.20掲載)、仮に、高度の蓋然性が認められず死亡との因果関係が否定された場合であっても、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときは、損害賠償責任を負うとされていますが(最高裁平成12年9月22日第二小法廷判決、判タ1044号75頁参照)、死亡との因果関係が肯定された場合と比して賠償額はかなり低額となっています。
最高裁の言う「高度の蓋然性」と「相当程度の可能性」の区別は実際のところ判断が難しいところですが、本判決は予後不良の重症患者において、その死亡との因果関係を認めつつ、慰謝料のみを損害とすることでバランスをとったものと評価できます。本判決を、予後不良患者で、比較的高額な慰謝料が認められた事案として紹介します。