担当医師の義務違反と患者死亡の因果関係を認める
本件の争点は、[1]カテーテルを早期に抜去すべき義務が存在したか、[2]担当医師の義務違反と死亡結果との因果関係の存否、[3]損害の評価である。
被告である担当医師は、縫合不全が強く疑われ、その治療として高カロリー輸液が必要であったからカテーテル抜去の判断が困難であった、Aの死因はがんの再発による悪疫質とがん性出血である、大腸がんの脳転移(デュークスD、ステージIV期)からすれば、法的保護に値する程度の有意な生存可能性は発生していないなどと主張した。東京地方裁判所民事第34部は、担当医師について、カテーテルを抜去すべき義務を怠った過失及びA死亡との間の因果関係を認め、損害として慰謝料1200万円の支払いを認めた。
判決は、免疫抑制状態による易感染状態にあった患者に対しては感染症発症の有無をより慎重に観察すべきであった、IVHルートの滴下不良はカテーテル感染症の発症を疑わせる事実であった、5月31日午後7時の時点までには、ドレーンからの排出液にも異常が認められなかったことから、縫合不全を否定的に考えるべき要素が加わり、反対にカテーテル感染症については、強く疑わせる所見が生じていたのであるから、第一にカテーテル感染症を疑うべき状況にあったとして、この時点で、担当医師には、IVHカテーテルを抜去すべき義務があると認めた。
また、Aの死亡には再発した大腸がん切除術後の下血が大きく寄与したことが認められるものの、Y病院におけるカテーテル感染症を原因とする敗血症に続発した腎不全及び心不全による全身状態の低下が死期を有意に早めたものと認められることからすると、カテーテル感染症が敗血症性ショックにまでいたる以前に治癒していれば、その後の経過はAが現実に辿った経過よりも良好であったと認められ、Aは現実の死亡時点である平成13年12月19日になお生存していた高度の蓋然性が認められるとして因果関係を認めた。
そして、逸失利益と葬儀費用の損害は否定しつつも、「いかに亡Aにつき厳しい予後が予想されていたとしても、人生の最期の時期を自宅に戻って親しい人間と交流をしつつ身辺整理をする等の期待を奪われたばかりか、看病による疲れのために夫にも入院を余儀なくさせ、顔を合わせることすらままならなくなったのであるから、その間、平穏な日常生活に復帰し得たこととの差異はあまりにも大きく、若干にせよ死期が早まったことを考え合わせると、亡Aの精神的損害は大きいといわざるを得ない」として、慰謝料1200万円の支払いを認めた。