Vol.051 完全房室ブロックの患者に対する医師の義務

~緊急性を欠く医師の措置について責任が認められた事例~

-東京地方裁判所平成16年2月24日、判例タイムズ1176号243頁-
協力:「医療問題弁護団」鈴木 弘美弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

患者が不調を訴えて医師の診察を受けていたにもかかわらず、その疾患が原因で死亡した場合には、遺族は医師に対する不信を抱きがちです。
もちろん、疾患の内容や状況によっては、医師の治療を受けたからといって必ずしも患者が回復するわけではないことを理解していても、遺族が抱く「あのとき、先生がもう少し何かしていてくれれば」という気持ちを抑え切れないのは、自然な心情でしょう。
医師側としては、こうした家族の訴えをあるいは理不尽に感じるかもしれませんが、そのすべてに理由がないわけではありません。
以下に、家族の悔恨に医学的な理由があるとして医師の責任を認めた判例を紹介します。

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事件概要

本件は、Aが完全房室ブロックとの診断を受け、Y病院で恒久的ペースメーカー植え込み手術予定のため同病院に入院中、手術予定日の前日に同病院内で心臓発作を起こして脳死状態となり、約1週間後に死亡したことにつき、Aの遺族Xらが、病院と初診を担当した医師(担当医らの上司にあたる)、担当医らに対し債務不履行ないし不法行為にもとづく損害賠償請求をした事例である。

患者死亡までの経緯

当時56歳の主婦であったAは、平成9年10月17日にY病院を受診し、初診を担当したZ1医師から、完全房室ブロックであり恒久的ペースメーカー植え込みが必要であるとの診断を受けた。
Y病院を受診する前の経緯として、Aは同年5月20日に脈拍が遅いと感じてB病院を受診し、この時点での脈拍が毎分40~43回、心電図検査上2枝ブロックとの診断を受け、さらに、10月16日には、前日から脈拍が異常に少ないことを訴えて同病院を再度訪れ、完全房室ブロック(脈拍は毎分42回)との診断を受け、同病院の医師からただちにペースメーカー植え込み手術を受けるべきと指示されていた。
AはZ1に対し、10月16日ごろの症状として、「300mほど歩いたら、冷や汗が出て、目の前が暗くなり、自分がばかになったのではないかと思った」と伝えた。Z1は診察の結論として、恒久的ペースメーカー植え込み手術を行うことを決定した。また、この際、Z1は診療録上にAが訴えた「頭がぼーっとする」、「目の前が真っ白になった」などの症状があったことを記載し、完全房室ブロックでも危険度が高いものであることを明記している。
しかし、Z1は手術日が毎週火曜日であること、自分の予定が翌週、翌々週とも詰まっていることを理由に、手術日を3週後の11月4日、入院予定日を10月31日と指定し、主治医(執刀医)として部下にあたるZ2を指名したうえで、その間の措置をなんら講じることなくAをそのまま帰宅させた。
Aはその後、自宅での生活をつづけて10月31日に入院し手術を待っていたが、11月3日の早朝に病院内トイレで倒れ、うめき声に気づいて駆けつけた看護師によって発見された。発見時、Aは心停止・呼吸停止状態となっており、蘇生措置が行われたものの、間もなく脳死状態に陥り、肺炎などを併発し、同月11日に死亡した。

原告らの主張

(1) 10月17日初診時

1. ペースメーカーの絶対適応について
「心臓ペースメーカー植え込みに関するガイドライン(1995年)」は、我が国における心臓ペースメーカー植え込み適応の、客観基準を示したものであるが、これによれば症候性徐脈(一過性脳虚血による失神、失神感、ふらふら感、めまい等の症状が徐脈によるものであると認められるもの)がペースメーカー植え込み適応の判断根拠となり、成人における後天性房室ブロックに関しては、〔1〕第3度(完全)あるいは高度房室ブロックで、〔2〕症候性徐脈をともなうことが、ペースメーカー植え込みの絶対適応となる。
Aが10月17日にY病院を訪れた際、1分間に44回という徐脈の症状があり、完全房室ブロックの状態であったこと、Z1に対し「頭がぼーっとする」、「目の前が真っ白になった」などの一過性脳虚血症状を訴えていたのであるから、この時点でAは症候性徐脈をともなう完全房室ブロックであり、ペースメーカー植え込みの絶対適応の状態であった。

2. 措置の緊急性
Aは10月17日の時点で1分間に44回という高度徐脈、症候性徐脈をともなう完全房室ブロックに加え、心室固有調律の状態で、心室性期外収縮が頻発する状態にあり、心室細動等の致死性不整脈が発症し、死亡にいたる危険が高かった。他方、Aの心胸郭比は54%とほぼ通常に近い値を示しており、心肥大の状態ではなかったことや、症状の訴えが10月15日ころからであることを勘案すると、Aの危険な状態は10月17日ごろに発生した急性のものと認められるから心不全、心原性ショック、致死性不整脈などの異常な反応が起こる危険が高く、可及的速やかにペースメーカー植え込みを行うか、一時的ペースメーカーの植え込み、モニター管理、投薬等により、心室細動の発生を防止する措置をとるべきであったが、Z医師らはなんらの措置をとることもなくAを帰宅させた。

(2) 10月31日から11月3日

10月31日に入院した際のAの心電図はQRS延長RonTの出現など、初診時と比較しても重篤な症状を呈していた。また、Aは入院予診において「300mくらい歩いたら冷や汗がある」、「帰宅後や夜間動作後も冷や汗がある」などとも訴えている。こうした状況に鑑みれば、Z医師らは入院後ただちに緊急ペーシングの措置をとるべきであったが、これを放置した。

(3) 因果関係

Z医師らの前記義務違反の結果、Aは病棟内のトイレで徐脈性不整脈に起因する心室細動を起こし、死亡した。

被告らの主張

(1)10月17日初診時

1. ペースメーカーの絶対適応について
ガイドラインはペースメーカー植え込みの適応について記載したものであり、植え込み時期について述べたものではない。また、適応決定にあたっては徐脈と症状との因果関係が最優先とされ、患者の全身状態等の症状が重要になる。Aにはアダムスストークス症候群があることを示す症状はなく、徐脈も症状をともなう高度なものではなく低心拍出量状態と診断されるから、ペースメーカーについてはガイドライン上も相対適応となる。

2. 措置の緊急性
完全房室ブロックで緊急にペースメーカー治療を必要とするのは、頻回にアダムスストークス発作による失神発作を繰り返す場合、徐脈による血行動態の悪化のある場合、心筋梗塞にともなう完全房室ブロックで異所性心室性期外収縮が頻発する場合、心室頻拍が発生する場合に限られる。Aには、徐脈による症状はあったものの前記のいずれにもあたらず、緊急性を要しない状態であった。
また、Aは5月20日にB病院で2枝ブロックの診断を受けており、完全房室ブロックはこれが慢性的に進行したものであり急性に進行したものではないからこの点でも緊急性を要するとは言い難い。

(2)10月31日から11月3日

Aには自宅待機中も入院中もアダムスストークス発作はなく、したがって、この時点でもAのペースメーカー治療に緊急性があったとは言えない。

(3)因果関係

11月3日のAの発作は迷走神経発作などであり、原因不明の突然死である可能性が高い。

判決

原告らの主張をほぼ認める


判決は原告らの主張をほぼ認め、被告らに対し総額約2500万円の支払いを命じた(なお認容額は、 Aの法定相続人のうちの一部の提訴であったこととの関係で同様の死亡事件例に比較すると少額となっている)。
ペースメーカー植え込み適応の基準については、ガイドラインに従い、成人における後天性房室ブロックでは、完全房室ブロックで症候性徐脈をともなうものは絶対適応に分類されているとしたうえで、Aが10月17日の初診時に訴えていた動作後の冷や汗、目の前が暗くなったような感じなどを徐脈発生の時期などとの対比から完全房室ブロックの患者に起こりやすい脳虚血の一症状であるとして、この時点でAは症候性徐脈の完全房室ブロックでペースメーカーの絶対適応の状態であったと認定した。
被告らの主張は症候性徐脈をともなう症状をアダムスストークス発作に限局するものであったが、これは否定されている。
また、被告らが強く主張した「絶対適応ではあっても時期としては緊急性はなかった」という反論についても、完全房室ブロックが急性に発症した場合や、完全房室ブロックによる失神やめまいが認められる場合には、心室細動等の致死性不整脈や心不全、心原性ショック等に移行する危険性が高く、緊急にペースメーカー植え込み(ないしは一時的ペースメーカー植え込み等の応急措置)がとられるべきであったとして、被告らの反論を退けている。
同様の理論は、10月31日の入院以降の被告らの措置についても適用され、入院後、発作発生までの間、なんらの措置もとらなかった被告らには当然に責任があるとした。
なお、心室細動発生の原因については「完全房室ブロックの治療としてペースメーカー植え込み手術のため入院中の患者が心室細動を起こして倒れた場合、その原因が治療対象である心臓疾患と別個の原因であるとは考えにくい」とし、原因不明の突然死とする被告らの主張を排斥した。

判例に学ぶ

患者の治療に対し、専門家である医師は広い裁量を認められています。そのこと自体に異論を唱えるべきではないと思いますが、それだけに明白な基準のある状況では、それが守られなかった場合に責任を逃れることはできません。
本件については原審判決後、被告側が控訴し、控訴審でも複数の医師意見書が提出されましたが、高等裁判所の指導のもと原審を踏襲する内容での和解勧告がなされ、和解によって事件が終結しています。