Vol.055 薬剤投与は患者の体質・状態を十分に把握して

~手術後に抗生剤を変更投与された患者が死亡し医師の責任が認められた事例~

-最高裁判所平成16年9月7日判決、判例時報1880号64頁-
協力:「医療問題弁護団」高木 康彦弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

薬剤を投与された者がアナフィラキシーショックを発症し、死亡するなど重大な事態を招くことがある。本件は、手術後の点滴による抗生剤投与中の医療事故に関し、薬剤投与に関する医師の注意義務の内容について最高裁の判断を示したものである。

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事案の概要

本件は、Y1が開設したA病院(以下、本件病院)でS状結腸がん除去手術(以下、本件手術)を受けた患者B(男性、当時57歳)が、手術後、本件病院において、点滴による静脈注射により継続的に抗生剤を投与されていたところ、新たな抗生剤が投与された直後に呼吸困難そのほか薬物ショック性の各症状を発症し、その約3時間後に急性循環不全により死亡した事案である。
Bの妻子である上告人ら(以下、Xら)は、Bが死亡したのは、Bの主治医Y2が前記抗生剤投与後の経過観察をすべき注意義務及び救急処置の準備をすべき注意義務をそれぞれ怠った過失によるものであるなどと主張して、被上告人ら(Y1、Y2)に対し、損害賠償請求した。
一審は、Y2の観察義務違反、救急処置義務違反等の過失を認めたものの、各義務違反と死亡との間の因果関係は否定、Bが適切な治療を受ける機会を奪われたとして、総額510万円(慰謝料450万円、弁護士費用60万円)の支払いを命じたが、二審は、過失を否定しXらの請求をすべて棄却した。

事実経過

平成2年7月19日、Bは本件病院で診察を受け、注腸造影検査を受けた結果、S状結腸がんと診断されて、同年8月2日、本件病院に入院し、Y2が主治医となった。
Bは、前記受診の際、「申告事項」と題する書面の「異常体質過敏症、ショック等の有無」欄の「抗生物質剤(ペニシリン、ストマイ等)」の箇所に丸印をつけて提出し、また、入院時には、本件病院の看護師に対し、風邪薬で蕁麻疹(じんましん)が出た経験があり、青魚、生魚で蕁麻疹が出る旨を告げていた。Y2は前記書面の前記記載内容を見たうえで問診を行ったが、その際に、Bから、薬物アレルギーがあり、風邪薬で蕁麻疹が出たことがある旨の申告を受けた。これに対し、Y2は、風邪薬とは、抗生物質の使用されていない市販の消炎鎮痛剤のことであろうと解釈し、Bに対して具体的な薬品名等、申告に係る薬物アレルギーの具体的内容、その詳細を尋ねなかった。
平成2年8月8日、Bは、Y2の執刀により、本件手術を受けた。
Y2は、手術後の感染予防を目的として本件手術直後から2種類の抗生剤(パンスポリン、エポセリン)を皮膚反応による過敏性試験の結果(陰性)を確認したうえで投与した。
同月16日、本件手術の吻合部に留置したドレーンに便汁様の排液が認められ、小縫合不全と診断され、同月21日、Y2は前記ドレーンからの分泌物を細菌培養検査に出した。
同月23、24日、Bに38度位の発熱が認められたことから、縫合不全の炎症が持続していると考えられた。また、前記各抗生剤の投与が2週間以上となり、菌交代現象等により縫合不全部の炎症に対する前記各抗生剤の効果が低下している可能性があることから、Y2は、抗生剤を変更し、ペントシリンとベストコールを併用して投与するのが適当と判断し、Bに対する各抗生剤の過敏性試験を行い(陰性)、同月25日午前10時、ペントシリン2gとベストコール1gを点滴静注により投与したが、異常はなかった。
同日昼、前記細菌培養検査の結果、4種類の菌が確認され、ベストコールは2種の菌に、ペントシリンは3種の菌に感受性が認められたが、テトラサイクリン系抗生剤のミノマイシンは4種の菌すべてに感受性があることから、薬剤変更の緊急の必要性はなかったものの、Y2は、ベストコールをミノマイシンに変更し、同日夜からペントシリンとミノマイシンを投与することとした。なお、ミノマイシンは、過敏性試験をしても、アレルギーの有無にかかわらず反応が現れる薬剤とされているため、過敏性試験は行われなかった。
同日午後10時、本件病院のC看護師はBに対しペントシリン2g及びミノマイシン100mg(以下、両者を「本件各薬剤」という)の点滴静注を開始し、その直後の午後10時2分ころ、点滴静注開始によるBの状態の変化の有無等の経過観察を十分に行わないで、Bの病室から退出した。なお本件各薬剤の投与に際し、から、C看護師に対し、投与方法、投与後の経過観察等についての格別の指示はなかった。
点滴静注を開始してから数分後、Bにアナフィラキシーショック症状が発生したが、Bの妻X1のナースコールに応じてD看護師が午後10時10分、病室に入り、点滴静注を中止するまでの間、本件各薬剤の投与が継続された。
当直のE医師が午後10時15分に連絡を受け、病室に行き、人工呼吸、心臓マッサージを行った。午後10時40分には、応援に来たF医師が喉頭穿刺を行い、気管内挿管がされたが、そのころ呼吸停止、心停止が確認され、午後10時45分から強心剤であるアドレナリン(ボスミン)等が投与されたが、翌26日午前1時28分、Bの死亡が確認された。
Bの死因は、本件各薬剤のいずれか、または双方の作用にもとづくアナフィラキシーショックによる急性循環不全とされた。

判決要旨

過失を否定した原判決を破棄し、原審に差し戻す


(1)本件各薬剤は、いずれもアナフィラキシーショック発症の原因物質となり得るものであり、本件各薬剤の各能書きにはそのことが明記されており、抗生物質に対し過敏症の既往歴のある患者や、気管支ぜん息、発しん、蕁麻疹等のアレルギー反応を起こしやすい体質を有する患者には、特に慎重に投与すること、投与後の経過観察を十分に行い、一定の症状が現れた場合には投与を中止して、適切な処置をとるべきとされている

(2)Bは、受診の際に提出した前記申告書面及びY2による問診において薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしており、Y2は、その申告内容を認識しながら、その申告に係る薬物アレルギーの具体的内容、その詳細を尋ねなかった

(3)本件手術後、Bに対して、抗生剤が継続的に投与されてはいたが、本件のアナフィラキシーショック発症の原因となった前記点滴静注において投与された本件各薬剤のうち、ミノマイシンは初めて投与されたものであり、ペントシリンは2度目の投与であった

(4)医学的知見によれば、薬剤が静注により投与された場合に起きるアナフィラキシーショックは、ほとんどの場合、投与後5分以内に発症するものとされており、その病変の進行が急速であることから、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある薬剤を投与する場合には、投与後の経過観察を十分に行い、その初期症状をいち早く察知することが肝要であり、発症した場合には、薬剤の投与をただちに中止するとともに、できるだけ早期に救急治療を行うことが、重要であるとされている。特に、アレルギー性疾患を有する患者の場合には、薬剤の投与によるアナフィラキシーショックの発症率が高いことから、格別の注意を払うことが必要とされている

(5)しかるに、Y2は、本件各薬剤をBに投与するにあたり、担当の看護師に対し、投与後の経過観察を十分に行うようにとの指示をしておらず、アナフィラキシーショックが発症した場合に、迅速かつ的確な救急処置をとり得るような医療態勢に関する指示、連絡もしていなかった。そのため、本件各薬剤の点滴静注を行ったC看護師は、点滴静注開始後、Bの経過観察を行わないで、すぐに病室から退出してしまい、その結果、アナフィラキシーショック発症後、相当の間、本件各薬剤の投与が継続されることとなったほか、当直医による心臓マッサージが開始されたのは発症後、10分以上が経過した後であり、気管内挿管が試みられたのは発症後20分以上が経過した後、アドレナリンが投与されたのは発症から約40分が経過した後であった

以上の諸点に照らすと、Y2が薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告をしているBに対しアナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある本件各薬剤を新たに投与するに際しては、Y2には、その発症の可能性があることを予見し、その発症に備えて、あらかじめ、担当の看護師に対し、投与後の経過観察を十分に行うこと等の指示をするほか、発症後における迅速かつ的確な救急処置をとり得るような医療態勢に関する指示、連絡をしておくべき注意義務があり、Y2が、このような指示を何らしないで、本件各薬剤の投与を担当看護師に指示したことにつき、前記注意義務を怠った過失があるというべきである。

最高裁判所は、Y2らの過失とBの死亡との間の因果関係の有無等についてさらに審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した。

判例に学ぶ

本件では、患者から、薬物等にアレルギー反応を起こしやすい体質である旨の申告を受けながら、術後の薬剤投与にあたり、その情報が生かされていません。薬剤投与によるアナフィラキシーショックは稀ではあっても起こり得るものとして、薬剤の選択、投与後の経過観察、発症時の救急処置を含めた医療態勢を整備する必要があります。
内視鏡検査の、前処置として投与された薬剤によるアナフィラキシーショックについて、医師の責任を認めた判例もあり(福岡地裁小倉支部平成15年1月9日判決、福岡高裁平成17年12月15日判決など)、薬剤の投与に際しては、患者の体質や状態の把握(問診等)、患者に対する説明にも注意する必要があると言えるでしょう。