(1)術式選択におけるYの過失を認めず
裁判所は、Aに対するPTCAの適応について「一般的に、一枝病変はPTCAの適応とされるが、左冠動脈主幹部病変、三枝病変、左前下行枝近位部病変を含む二枝病変などはPTCAの適応ではないとされている。ただ病変部位や形態によってはPTCAの適応があるとされる場合もあり、絶対的な禁忌とされているわけではない」と判断した。
またPTCAによる合併症発症時の措置としては、「PTCAを実施した際に、解離または血栓による急性冠閉塞などの合併症が生じた場合においては、ただちに補助循環を行い、補助循環によっても心筋虚血が持続したり、間歇竜が十分に保てないときはCAGBを行うものとされている。
前記の補助循環法としては、IABPやPCPSなどがあり、一般的には血圧低下をともなった心筋虚血などであればIABPを行い、ショックや心不全に陥る左主幹部、多枝病変例の主要冠動脈の閉塞等、より重篤な合併症ではPCPSを用いるものとされている。
B病院においては、IABPもPCPSも設置されていた」と認定し、この点についての過失は特に認めなかった。
(2)容態急変後の処置におけるYの過失を認める
裁判所は、「Aは、左冠状動脈造影が施行された1ないし2分後に、血圧が著明に低下し、心拍数が急速に減少してショック状態となっているところ、そのころにはB病院医師らは、Aの左前下行枝が血栓により完全閉塞するとともにその一部の血栓により左回旋枝も閉塞していることを把握し、カテーテルにより血栓溶解薬を冠動脈内に注入したうえ、PTCAを施行し、これによって、現に閉塞部がある程度解除した」という事実から「医師らは、Aがショック状態に陥ったころには、すでに本件手術による合併症の部位・程度を把握し、冠動脈血行再建のために必要な措置をとりうる状態にあった」と判断した。
そして、この時点においては、医師らは「冠動脈の血行再建に加え、全身の血液循環の確保という観点から、PCPSによる循環補助の装置をとることを考慮すべき」であり、実際それが可能であったと判断している。
したがって、B病院医師らとしては、「Aがショック状態となり、その合併症の部位・程度を把握したころには、速やかにAにPCPSを装着すべき義務があったというべきである。しかるに、B病院医師らはPTCAによって冠動脈の血行再建を図ることを行うのみで、PCPSを選択することにより全身の血液循環を確保する義務を怠ったというほかな」く、かつ、「医師らは15分程度でPCPSを行うことが認められるから、医師らが、前記義務を履行し、Aがショック状態となったころからPCPSの装着にとりかかっていれば、Aに脳障害が生じることはなく、その結果、Aが死亡することはなかったというべきである」としてPCPS装着を怠った過失とA死亡との間の因果関係を認めたうえで、B病院医師らの過失を認定した。
なお、病院側はPCPSを装着したうえ、緊急CAGBを行った場合、冠動脈を疎通させるためには最低1時間を要し心機能が回復不能となった可能性が高い旨を主張したが、B病院医師らがPCPSを装着するとともにPTCAを行うことによってAの脳障害を避けることができた以上、前記措置をとるべき義務が左右されるものではないとの理由で認められなかった。損害賠償の認容額は約7400万円であった。
これに対しYは、B病院のとった一連の心蘇生術の手技はACLSマニュアルに定められた救命処置が適切に行われたものであることなどを主張し、PCPS装着義務の有無につき争った。