Vol.057 バックアップの体制も考慮して術式の選択を

~第一選択ではない術式の選択を検討する場合~

-高松高裁平成16年7月20日判決、判例時報1874号73頁-
協力:「医療問題弁護団」今泉 亜希子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件概要

肥満体であり、糖尿病を患っていたAは、平成8年7月5日、Y(地方公共団体)の設置するB病院を受診し、不安定狭心症と診断され心臓カテーテル検査を受けたところ、冠動脈のうち左前下行枝近位部に83%の狭窄、及び左回旋枝に4つの狭窄(74%の狭窄が2ヵ所、61%、48%の狭窄が各1ヵ所)が検出され、いわゆる二枝病変であることが判明した。もっとも、Aの病変は、実質的には三枝病変に匹敵する重症病変であった。
平成9年1月17日、AはB病院にて経皮的冠動脈形成術(以下、PTCA)を受けたが、心臓カテーテル室を出た直後に胸の違和感を訴え、再度心臓カテーテル検査を行ったところ、急性冠閉塞が認められたため、B病院では緊急PTCAを行おうとしたがAに心原性ショックが起こり全身の間代性の痙攣が起こった。そして心電図上洞性除脈を認めたため、心臓マッサージ等の心肺蘇生術及び経皮的心肺補助装置(以下、PCPS)が用いられたものの低酸素脳症が発症して、Aは平成10年4月8日に意識不明のまま死亡した。

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遺族らの主張

遺族らは、(1)冠動脈バイパス手術(以下、CAGB)を選択せず、PTCAを行ったことに過失がある、(2)Aが心原性ショックに陥ったにもかかわらず、ただちにPCPSを装着しなかった点に過失があるなどと主張して、Yに対し1億円あまりの損害賠償を求めた。

第1審判決

(1)術式選択におけるYの過失を認めず


裁判所は、Aに対するPTCAの適応について「一般的に、一枝病変はPTCAの適応とされるが、左冠動脈主幹部病変、三枝病変、左前下行枝近位部病変を含む二枝病変などはPTCAの適応ではないとされている。ただ病変部位や形態によってはPTCAの適応があるとされる場合もあり、絶対的な禁忌とされているわけではない」と判断した。
またPTCAによる合併症発症時の措置としては、「PTCAを実施した際に、解離または血栓による急性冠閉塞などの合併症が生じた場合においては、ただちに補助循環を行い、補助循環によっても心筋虚血が持続したり、間歇竜が十分に保てないときはCAGBを行うものとされている。
前記の補助循環法としては、IABPやPCPSなどがあり、一般的には血圧低下をともなった心筋虚血などであればIABPを行い、ショックや心不全に陥る左主幹部、多枝病変例の主要冠動脈の閉塞等、より重篤な合併症ではPCPSを用いるものとされている。
B病院においては、IABPもPCPSも設置されていた」と認定し、この点についての過失は特に認めなかった。


(2)容態急変後の処置におけるYの過失を認める


裁判所は、「Aは、左冠状動脈造影が施行された1ないし2分後に、血圧が著明に低下し、心拍数が急速に減少してショック状態となっているところ、そのころにはB病院医師らは、Aの左前下行枝が血栓により完全閉塞するとともにその一部の血栓により左回旋枝も閉塞していることを把握し、カテーテルにより血栓溶解薬を冠動脈内に注入したうえ、PTCAを施行し、これによって、現に閉塞部がある程度解除した」という事実から「医師らは、Aがショック状態に陥ったころには、すでに本件手術による合併症の部位・程度を把握し、冠動脈血行再建のために必要な措置をとりうる状態にあった」と判断した。
そして、この時点においては、医師らは「冠動脈の血行再建に加え、全身の血液循環の確保という観点から、PCPSによる循環補助の装置をとることを考慮すべき」であり、実際それが可能であったと判断している。
したがって、B病院医師らとしては、「Aがショック状態となり、その合併症の部位・程度を把握したころには、速やかにAにPCPSを装着すべき義務があったというべきである。しかるに、B病院医師らはPTCAによって冠動脈の血行再建を図ることを行うのみで、PCPSを選択することにより全身の血液循環を確保する義務を怠ったというほかな」く、かつ、「医師らは15分程度でPCPSを行うことが認められるから、医師らが、前記義務を履行し、Aがショック状態となったころからPCPSの装着にとりかかっていれば、Aに脳障害が生じることはなく、その結果、Aが死亡することはなかったというべきである」としてPCPS装着を怠った過失とA死亡との間の因果関係を認めたうえで、B病院医師らの過失を認定した。
なお、病院側はPCPSを装着したうえ、緊急CAGBを行った場合、冠動脈を疎通させるためには最低1時間を要し心機能が回復不能となった可能性が高い旨を主張したが、B病院医師らがPCPSを装着するとともにPTCAを行うことによってAの脳障害を避けることができた以上、前記措置をとるべき義務が左右されるものではないとの理由で認められなかった。損害賠償の認容額は約7400万円であった。
これに対しYは、B病院のとった一連の心蘇生術の手技はACLSマニュアルに定められた救命処置が適切に行われたものであることなどを主張し、PCPS装着義務の有無につき争った。

第2審判決

B病院医師らの過失を認める


高裁は、(2)については、B病院がAに装着した「IABP自体も、ACLSマニュアルにおいて使用を義務化されたものではない。にもかかわらず、医師らがAにIABPを装着したことからすれば、医師らが、当時のAの症状からして心マッサージのみでは心肺機能の蘇生が十分にできないと判断し、補助循環装置を装着したと認められるのであって、Aの当時の症状からすれば、緊急に補助循環装置を装着することが心肺機能の蘇生に必要であったが、Aの症状及びその後の状態からして、IABPでは全身循環補助機能としては十分ではなく、PCPSを装着し、行うべきであったと認められる」と認定し、そのほかのYの主張に対しても、ほぼ第1審を踏襲し、Aの症状及びその後の状態からして、IABPでは全身循環補助機能としては十分ではなく、PCPSを装着し、行うべきであったとしてB病院医師らの過失を認めた。
そして、(1)の術式選択の点についても第1審が過失を認めなかった点を変更した。
裁判所は「Aは冠動脈の内、左前下行枝と左回旋枝とに有意狭窄があったうえ右冠状動脈が小さく右非有意型と分類され、冠状動脈がその分だけ大きく、左の二枝で右の分を含む三枝分の広範な心筋領域を潅流していることになっていたので、事実上三枝病変と同様に考えるべき症例であったと認められること、Aが糖尿病も合併していたと認められることから重症多枝病変として術式選択を行う必要があったと認められ、平成9年1月当時、前記のような重症多枝病変の場合、通常、術式選択としては、CAGBが第一選択とされていたと認められる」と認定したうえで、「ただし、PTCAが禁忌であるとはいえないが(中略)PTCAを第一選択とした場合、補助循環装置を早急に設置したうえで緊急CAGBを行うことができるようなバックアップ体制を整えておく必要があり、それができないのであれば、PTCAを実施すべきではなかったと認めるのが相当である」とした。
そして、B病院においては、「早急な補助循環装置の挿入ができず、緊急CAGB実施もできない状態であった(CAGB開始までに約1時間、手術開始から終了まで約1時間半を要する)のであるから、そのような体制のもと、Aに対してPTCAを第一選択として同手術を実施した」B病院医師らには術式選択の過失があるとした。

判例に学ぶ

本判例によれば、CAGBが第一選択とされている際に、PTCAを選択する場合には、補助循環装置を早急に設置したうえで緊急CAGBを行うことができるようなバックアップ体制を整えておく必要があります。
PTCAの適応にあたってはACC/AHAガイドライン等が存在しますが、このようなガイドライン上、PTCAが禁忌とはされていない場合であったとしても、PTCAの不成功が十分に予想される場合には、前記のバックアップ体制の有無も考慮したうえで、術式を選択することが重要となります。
本件判例は、PTCAの適応に関してしか言及しておりませんが、術式選択一般においても、禁忌とはされていないが第一選択とされていない術式の選択を検討する場合、それが不成功となった場合のバックアップを考慮することは重要と思われます。
また、本判例はPTCAにより急性冠閉塞を発症した場合には、速やかにPCPSを装着すべき義務というものをきわめて明確に認めています。
仮にPTCAの術式選択自体が過失に該当しない場合であったとしても、合併症として急性冠閉塞が発症した場合には速やかにPCPSを装着し、全身の血液循環を確保することが必要となります。