Vol.058 自己の専門領域に限定した決めつけ診断による誤診

~感染症の除外診断が十分に行われなかったために感染性心内膜炎を成人スチル病と誤診した事例~

-原審:東京地裁平成15年(ワ)第27245号・平成17年12月12日判決、控訴審:東京高裁平成18年(ネ)第466号・平成19年6月27日判決-
協力:「医療問題弁護団」井浦 謙二弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

本件は、感染性心内膜炎に罹患した患者(死亡時20歳の女子)が、成人スチル病と誤診されてステロイド剤投与を7ヵ月間つづけられたために重篤化し、脳合併症を抱えたまま心臓手術を余儀なくされ、術中に全脳虚血に陥り、術後覚醒しないまま多臓器不全により死亡した事案である。
患者には、2001年2月ごろから頻繁に38度くらいの発熱があり、公立病院で治療を受けるが解熱しなかった。そのため個人開業医の紹介で、4月10日、不明熱の精査目的で被告大学病院免疫血液内科を受診した。初診時、心雑音、CRP、WBCの上昇等が見られた。
被告大学病院は、4月17日、成人スチル病の疑いでステロイド剤の投与を開始し、5月29日、血液培養検査なしに成人スチル病と確定診断して、以後、通院中にステロイド剤を継続投与した。心雑音に対しては心エコー検査をしなかった。
5月から9月までは、週1~2回38度の発熱、WBC、CRP異常値がつづいたが、被告大学病院は診断の見直しをしなかった。なお、成人スチル病に特有な皮疹はなく、関節痛も一時的なものであった。
9月29日、患者は脳梗塞で同大学病院の神経内科に入院した。このときにも心雑音が見られ、心電図には左心房の拡大を示す所見が見られたが、それでも診断の見直しはなく、20歳の女性には珍しい脳梗塞の原因究明もなく、10月24日に退院した。
その後、心雑音、足趾に循環障害、Roth斑をともなう眼底出血も出現したため、11月13日、ようやく心エコー検査を行い、感染性心内膜炎の確定診断をした。
その後、右頭頂葉及び左前頭葉の皮質化梗塞、細菌性脳動脈瑠、右椎骨動脈途絶等の脳合併症を抱えたまま11月27日、僧帽弁置換手術施行、術中に全脳虚血に陥り、術後覚醒せず、多臓器不全により12月6日に死亡した。術後の脳動脈造影によると脳血管の緊張性変化、広範囲の血管攣縮が認められた。

遺族は、次のとおり主張して、被告大学病院に損害賠償請求をした。
(1)初診時ないし、これに近接する時期に、感染性心内膜炎または菌血症を疑い、または不明熱の鑑別診断もしくはスチル病の鑑別診断として、血液培養等の検査をしなかった点に過失がある
(2)その後の通院中も、スチル病の診断にもとづきステロイド剤を投与しているにもかかわらず、発熱が継続し、炎症反応も低下せず、依然として病状の回復が見られないのであるから、スチル病の診断を見直し、前記のとおりの検査をしなかった過失がある
(3)依然として病状の回復がない状態において、感染性心内膜炎の典型的合併症である脳梗塞が発症したときに、前記のとおりの検査をしなかった過失がある
(4)前記各過失がなければ、患者が死亡することはなかった

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判決

[1]原審は請求を棄却

初診時ないし通院中は、患者に心臓疾患の既往がなく、大量の細菌が体内に侵入するエピソードもなく、感染性心内膜炎の各種典型的症状も発現していないことから、感染性心内膜炎の罹患を疑えない。患者の臨床所見は、成人スチル病診断基準の複数を満たすから、同疾患に罹患していた可能性を否定できないとして過失を否定した。
脳梗塞発症時については、脳梗塞が感染性心内膜炎の典型的な合併症であること、その時期における客観的所見、臨床経過は感染性心内膜炎の発症を疑わせることから、感染性心内膜炎の罹患の有無について鑑別する義務があったと認定したが、死亡との因果関係は次のとおり否定した。
感染性心内膜炎が脳血管疾患を生じさせる機序は、疣贅から菌塊等が遊離し血流を通じて脳血管に塞栓を生じさせるというのが典型的なものであるが、本件全脳虚血の原因は塞栓ではなく血管攣縮であり、血管攣縮は成人スチル病による血管炎や僧帽弁置換術の際の麻酔及び人工心肺の影響、あるいは患者自身の特異体質といった要因が相互に関連して生じた可能性を否定できないから、脳合併症の程度が本件僧帽弁置換術実施時期よりも軽度であったと推認される時期に心臓外科手術が行われていたとしても、血管攣縮が生じることはなかったとは認められない。

[2]控訴審は原審を変更して請求認容

初診時ないし通院中は、本来行われるべき感染症の除外診断が十分でなかったことは認めたが、感染性心内膜炎の罹患を立証できていないとして、死亡との関係での過失になることは否定した。
脳梗塞発症時については、原審の判断に加えて、初診時から通院中の成人スチル病の診断は、感染症の除外診断を十分に行っていたとは言えないことから、患者の脳梗塞について成人スチル病以外の原因で生じているのか否かについて精査し、感染性心内膜炎の罹患を疑い、心エコー検査あるいは血液培養検査によって感染性心内膜炎の罹患の有無を鑑別すべき義務があり、それを怠ったとして過失を認めた。
死亡との因果関係も次のとおり肯定した。感染性心内膜炎による脳の血管炎の影響で広範囲に血管攣縮をきたしたことなどが全脳虚血の原因と考えられる。脳梗塞発症時ないし、これと近接した時期に感染性心内膜炎を発見し治療した場合には、術中の合併症がほとんどない状態で安心して僧帽弁置換術を行えることから、死亡との因果関係が認められる。
なお、被告は控訴審の終盤で、患者は感染性心内膜炎ではなく、リウマチ性心内膜炎に罹患していたと、これまでの主張を180度変える主張をしたが、裁判所は時期に遅れた攻撃防御方法として却下するだけでなく、主張内容を検討したうえで否定した。

[3]控訴審は成人スチル病の罹患を否定

原審は、僧帽弁置換術当時、患者が感染性心内膜炎に罹患していたことは明らかであったとしても、それ以前に成人スチル病に罹患していた可能性を否定していないが、控訴審では、除外診断が不十分であることから成人スチル病罹患を明確に否定した。
この点が因果関係の判断に影響を与え原審と控訴審の結論を左右した。すなわち原審は全脳虚血を導いた血管攣縮が、成人スチル病による血管炎の可能性が否定できないとしたのに対して、控訴審では成人スチル病の罹患を否定したことから、全脳虚血の原因として、感染性心内膜炎による血管炎その他の可能性を認めたものである。

判例に学ぶ

本件は、本来行われるべき除外診断が不十分なまま成人スチル病と誤診し、その後も長期間診断の見直しがされなかったことが悲劇を招いたものですが、その原因については、過失に関する患者側の意見書を作成した3人の医師の批判が参考になると思います。
循環器内科の医師は、「本件は、大学病院免疫血液内科の医師が、個人開業医から『不明熱』として患者を紹介された4月10日の初診時に不明熱の鑑別診断に取りかかることなく、患者の病態を『膠原病及びその類似疾患』と自らの専門領域に限定し、2度目の来院時に感染症の除外診断を十分にすることなく『成人スチル病』という決めつけ診断をしたことが、その後の臨床経過を誤った方向に導いた」として、鑑別診断が軽視された点を警告しています。
心臓外科の医師は、「9月28日、発熱に加えてしびれ、吐気(翌日にCTにてクモ膜下出血、脳梗塞と判明)で救急搬入されるまで、5ヵ月以上にわたりひとりの医師が、免疫血液内科という自分の専門領域からの視点のみで、本症例の発熱、炎症の治療管理を行っていた。これは一開業医が行っている診療と同じ体質である」として、多くの専門家が集まり総合力を生かして高度先進医療を行う使命を持つ大学病院でありながら、総合力が生かされていなかったことを批判しています。
膠原病科の医師も、「本件では方針を修正すべきすべての機会で、それがまったくなされていない。被告病院という組織において、診療過程のチェック機構が働いていないことは、組織としての重大な欠陥である」と組織の問題点を指摘しています。
本件の過失は、振り返ってみれば初歩的なミスと言えるものですが、現代医療が高度に専門化、細分化されている状況の中に潜む陥穽として教訓になると考えます。
これに対して死因が典型的な感染性心内膜炎の合併症ではなかったことから、過失と死亡との間の因果関係は単純ではありませんでした。しかし、初診時段階で成人スチル病と誤診され、長期間ステロイド剤を投与するという正反対の誤った治療をつづけられ、感染性心内膜炎と診断されたときには、すでに患者の全身状態がきわめて悪化していたことからすると、控訴審が明確な機序を一意的に確定することなく、過失と死亡との間の因果関係を認めたことは、うなずけると思います。
なお争点になっていることのほかに、本件では4月から7ヵ月間にわたってステロイド剤を投与していたにもかかわらず、11月に感染性心内膜炎の診断をした時点で急にこれを中止し、ステロイドカバーをしないまま、僧帽弁置換術を行った点にも問題があることを膠原病科の医師が指摘しています。