[1]原審は請求を棄却
初診時ないし通院中は、患者に心臓疾患の既往がなく、大量の細菌が体内に侵入するエピソードもなく、感染性心内膜炎の各種典型的症状も発現していないことから、感染性心内膜炎の罹患を疑えない。患者の臨床所見は、成人スチル病診断基準の複数を満たすから、同疾患に罹患していた可能性を否定できないとして過失を否定した。
脳梗塞発症時については、脳梗塞が感染性心内膜炎の典型的な合併症であること、その時期における客観的所見、臨床経過は感染性心内膜炎の発症を疑わせることから、感染性心内膜炎の罹患の有無について鑑別する義務があったと認定したが、死亡との因果関係は次のとおり否定した。
感染性心内膜炎が脳血管疾患を生じさせる機序は、疣贅から菌塊等が遊離し血流を通じて脳血管に塞栓を生じさせるというのが典型的なものであるが、本件全脳虚血の原因は塞栓ではなく血管攣縮であり、血管攣縮は成人スチル病による血管炎や僧帽弁置換術の際の麻酔及び人工心肺の影響、あるいは患者自身の特異体質といった要因が相互に関連して生じた可能性を否定できないから、脳合併症の程度が本件僧帽弁置換術実施時期よりも軽度であったと推認される時期に心臓外科手術が行われていたとしても、血管攣縮が生じることはなかったとは認められない。
[2]控訴審は原審を変更して請求認容
初診時ないし通院中は、本来行われるべき感染症の除外診断が十分でなかったことは認めたが、感染性心内膜炎の罹患を立証できていないとして、死亡との関係での過失になることは否定した。
脳梗塞発症時については、原審の判断に加えて、初診時から通院中の成人スチル病の診断は、感染症の除外診断を十分に行っていたとは言えないことから、患者の脳梗塞について成人スチル病以外の原因で生じているのか否かについて精査し、感染性心内膜炎の罹患を疑い、心エコー検査あるいは血液培養検査によって感染性心内膜炎の罹患の有無を鑑別すべき義務があり、それを怠ったとして過失を認めた。
死亡との因果関係も次のとおり肯定した。感染性心内膜炎による脳の血管炎の影響で広範囲に血管攣縮をきたしたことなどが全脳虚血の原因と考えられる。脳梗塞発症時ないし、これと近接した時期に感染性心内膜炎を発見し治療した場合には、術中の合併症がほとんどない状態で安心して僧帽弁置換術を行えることから、死亡との因果関係が認められる。
なお、被告は控訴審の終盤で、患者は感染性心内膜炎ではなく、リウマチ性心内膜炎に罹患していたと、これまでの主張を180度変える主張をしたが、裁判所は時期に遅れた攻撃防御方法として却下するだけでなく、主張内容を検討したうえで否定した。
[3]控訴審は成人スチル病の罹患を否定
原審は、僧帽弁置換術当時、患者が感染性心内膜炎に罹患していたことは明らかであったとしても、それ以前に成人スチル病に罹患していた可能性を否定していないが、控訴審では、除外診断が不十分であることから成人スチル病罹患を明確に否定した。
この点が因果関係の判断に影響を与え原審と控訴審の結論を左右した。すなわち原審は全脳虚血を導いた血管攣縮が、成人スチル病による血管炎の可能性が否定できないとしたのに対して、控訴審では成人スチル病の罹患を否定したことから、全脳虚血の原因として、感染性心内膜炎による血管炎その他の可能性を認めたものである。