Vol.059 新たな術法の実施時はリスクの検討も十分に

~ステントグラフト内挿術で患者が死亡した例~

-名古屋地裁平成18年3月30日判決、判例時報1961号-
協力:「医療問題弁護団」雪竹 奈緒弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

近年、胸部大動脈瘤の治療として胸部ステントグラフト内挿術(経管的人工血管内挿術)の有用性が注目され、浸透してきています。今回は、ステントグラフト内挿術を受けた患者が手術の際の動脈破損により出血性ショックを起こして死亡した事例につき、その方法選択や担当医の手技の過失の有無などについて、判示した事例を紹介します。

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事件内容

患者Aは、平成11年に腹部大動脈瘤の診断を受け、同年9月、B病院にて腹部大動脈から総腸骨動脈にかけて、Y型ステントグラフト内挿術を受けた。
Aは、平成13年6月21日、再度B病院を受診し造影CT検査を受けた結果、直径約6cmの胸部大動脈瘤が認められた。そのため7月26日にB病院に入院し、8月1日、同院に勤務するC医師やステントグラフト内挿術の開発者であるD医師を含めた5名の医療チームによって、D式胸部ステントグラフト内挿術(D医師が開発し、関与しているステントグラフト内挿術)を受けた。
C医師は、右上腕動脈、左上腕動脈、左総頚動脈の3ヵ所からガイドワイヤーを挿入し、これに沿ってそれぞれダイレータ式シースを挿入した。
C医師はシースを押していったが、Y型グラフトの脚入口からやや末梢よりの箇所で抵抗を感じたため、いったん挿入を停止した。しかし、抵抗があると予想された総腸骨動脈と左外腸骨動脈の分岐部付近は強い屈曲ではなく、血管内径も十分にある部位なのでさらに押せば通過する可能性があると判断し、力を加えてシースを押していったところ、通過させることができた。その後、シースがY型グラフトの上端付近まできたところで、より抵抗が強くなったが、C医師は、その部位についても強い屈曲ではなく、内径も十分にあるため通過の可能性があると考え、さらに力をかけて押したが、シースが進まなくなった。
当初、本件手術ではシースを胸部下行大動脈まで進める予定であったが、C医師とD医師とは協議して、シースをその位置に留置し、ダイレータ及びガイドワイヤーを抜去した。 その後、C医師はステントグラフトの挿入を開始し、シース内にステントグラフトを押していった。シースと同様、Y型グラフトの脚入口からやや末梢よりのところで抵抗を感じたが、C医師は血管内径は十分にあり、シースは通っているから通過する可能性はあると推測し、さらに力を加えてステントグラフトを押したり、ガイドワイヤーの先端を引いて方向を変えたりして通過を試みたが、進まなかった。
C医師はD医師に対してステントグラフトが進まないと述べたところ、D医師は、術前検査によるとこの部分の屈曲は約50度と緩いものであり、血管内径がシースよりも大きく、もっと程度の重い屈曲、狭窄及び石灰化のものも通過できていた従来の経験からすると、さらに押せば通過させられる可能性があると考え、C医師に代わってステントグラフトを押したが、ほとんど進められなかった。そこでC医師とD医師は通過が困難と判断し、今回は手術を中止し、ステントグラフトのリングの数を減らし、ステントグラフトを小さくするなどの変更が可能かなどを検討したうえで再手術を行うこととした。
シースを抜去した後、血圧が39mmHgまで低下し、Aはショック状態となった。ただちに点滴を全開にして急速静注を行ったが、血圧上昇が見られず、Aは左下腹部の痛みを訴え、呼吸状態も悪化したので気管支内挿管等の応急措置がとられた。造影剤で血管破裂及びその位置を確認し、外科医により左大腿動脈の血管縫合手術がなされた。
その後、AはB病院において治療を受けたが、9月17日、虚血性多臓器障害、出血性脳梗塞及び、敗血症により死亡した。
Aの遺族は、(1)成功率の乏しい危険な手術を選択したことの誤り、(2)Aには本件手術の適応がなかったこと、(3)C医師の手技ミスによる血管破裂の過失、(4)説明義務違反等を主張して、B病院に損害賠償を求めた(紙面の都合上、(1)及び(3)のみ言及する)。

判決

本件手術の選択の誤りを認めず


原告らは本件手術当時、ステントグラフト内挿術は臨床治験段階の試行的治療であったこと、腹部ステントグラフトがシース挿入の障害になること、胸部動脈瘤には開胸手術による人工血管置換術の実施が一般的であることなどから、Aに対しステントグラフト内挿術を選択したこと自体が誤りであると主張した。
それに対し判決は、ステントグラフト内挿術は、本件手術のされた平成13年8月当時は保険適用がなく、完成された治療法として確立していたものとは言いがたいが、全国的規模で相当数の症例による施行の実績が積み重ねられており、D式ステントグラフト内挿術も相当数の症例に施行されていたこと、Y型グラフトが留置されていた症例についても、D式ステントグラフト内挿術を実施した例がすでに6件あり、そのうち4件は成功していたことから、Y型グラフトがあることのみから、ただちに本件手術がきわめて危険だったとの評価はできないなどとして本件手術を選択したことに過失はないとした。


手技に関するC及びD医師の過失を認める


判決は、「ステントグラフト内挿術を実施している医師の間では、経路血管損傷のおそれがあることから、シースの挿入や引き抜き時には、血管を損傷しないように注意する必要のあることが認識されていた」としたうえで、C医師及びD医師は、シース及びステントグラフトの挿入に際し、屈曲、狭窄及び石灰化の要素に照らすと通過が困難と考えられた場合においても結果的には所期の目的を達することが多いから、抵抗を感じてもより力を加えて押しつづけることを原則としていると考えられ、このような姿勢は「経路血管を破損するおそれのあることに対する緊張感が足りず、経路血管の安全性に対する配慮が薄弱である」と指摘した。
そして、前記の認定事実及び、AにY型グラフトが留置され、これによって当該部位が固定されて伸縮しない状態になっており、その近辺の血管に押したり引いたりする力が働くと、その伸縮の圧力が増幅されるものと推認されること、CとDが本件手術を中止した際、ステントグラフトを小さくすることを検討していることから、シースよりステントグラフトの太さに問題があったと認識していたと思われること、手術中にAが痛みを訴えており、麻酔薬投与等がなされている時間経緯から考えると、ステントグラフト挿入のために強い力が加えられ、これによって血管が損傷するにいたったことによる激痛のためにAが不穏な状態に陥ったものと推測できること、Cが手術後に、原告らに対し「血管が石のように硬くて管を無理に入れてさけてしまった」と述べたことなどから、「D式ステントグラフト内挿術を実施する医師に求められる注意義務に反し、従来の経験を頼りにして力を入れて押せば通過する可能性があると即断してステントグラフトを過度の力で押したために、Aの左外腸骨動脈壁を破損させるにいたった」ものであり、「殊に、Aの場合、外科手術の適応があったのであるから、無理な力を加えてステントグラフトの挿入を試みることは避けるべきであったと考えられる」と述べ、手技に関するC医師及びD医師の過失を認めた。

判例に学ぶ

胸部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術は比較的新しい技術で、平成14年に医療費の保険適用が認可され、最近では、市販のステントグラフト機器が保険適用になるなど研究が進んでおり、症例も増えています。
胸部大動脈瘤について一般的な治療法とされてきた開胸手術とくらべて侵襲が少なく患者への負担が少ないことから、全身状態が悪く外科手術に耐えられないような患者には有用な方法と言われていますが、一方でステントグラフトの運搬システム自体がいまだ開発段階にあり、遠隔成績も不明なこと、高度な技術を必要とし、合併症の危険も高いことなどが指摘されています。
患者の全身状態が悪い場合には、一般的に手術の危険度も上がるとも言えますが、本件のように、手術実施の過程で他の組織・器官に損傷を与えた場合には、手術上のミスとして、医師側に過失があると認められることが多いと思われます(大阪地方裁判所判決平成16年2月16日判例時報1866号など)。
本事例においては、Aは外科手術も適応とされているのですから、無理にステントグラフト内挿術を推し進める必要はなかったとも考えられます。
新しい術法はその有用性とともにリスクについても十分に注意を払い、患者や家族にきちんとした説明を行って理解を求め、また当然のことですが、手術の際には慎重の上にも慎重な作業が求められると言えるでしょう。