本件手術の選択の誤りを認めず
原告らは本件手術当時、ステントグラフト内挿術は臨床治験段階の試行的治療であったこと、腹部ステントグラフトがシース挿入の障害になること、胸部動脈瘤には開胸手術による人工血管置換術の実施が一般的であることなどから、Aに対しステントグラフト内挿術を選択したこと自体が誤りであると主張した。
それに対し判決は、ステントグラフト内挿術は、本件手術のされた平成13年8月当時は保険適用がなく、完成された治療法として確立していたものとは言いがたいが、全国的規模で相当数の症例による施行の実績が積み重ねられており、D式ステントグラフト内挿術も相当数の症例に施行されていたこと、Y型グラフトが留置されていた症例についても、D式ステントグラフト内挿術を実施した例がすでに6件あり、そのうち4件は成功していたことから、Y型グラフトがあることのみから、ただちに本件手術がきわめて危険だったとの評価はできないなどとして本件手術を選択したことに過失はないとした。
手技に関するC及びD医師の過失を認める
判決は、「ステントグラフト内挿術を実施している医師の間では、経路血管損傷のおそれがあることから、シースの挿入や引き抜き時には、血管を損傷しないように注意する必要のあることが認識されていた」としたうえで、C医師及びD医師は、シース及びステントグラフトの挿入に際し、屈曲、狭窄及び石灰化の要素に照らすと通過が困難と考えられた場合においても結果的には所期の目的を達することが多いから、抵抗を感じてもより力を加えて押しつづけることを原則としていると考えられ、このような姿勢は「経路血管を破損するおそれのあることに対する緊張感が足りず、経路血管の安全性に対する配慮が薄弱である」と指摘した。
そして、前記の認定事実及び、AにY型グラフトが留置され、これによって当該部位が固定されて伸縮しない状態になっており、その近辺の血管に押したり引いたりする力が働くと、その伸縮の圧力が増幅されるものと推認されること、CとDが本件手術を中止した際、ステントグラフトを小さくすることを検討していることから、シースよりステントグラフトの太さに問題があったと認識していたと思われること、手術中にAが痛みを訴えており、麻酔薬投与等がなされている時間経緯から考えると、ステントグラフト挿入のために強い力が加えられ、これによって血管が損傷するにいたったことによる激痛のためにAが不穏な状態に陥ったものと推測できること、Cが手術後に、原告らに対し「血管が石のように硬くて管を無理に入れてさけてしまった」と述べたことなどから、「D式ステントグラフト内挿術を実施する医師に求められる注意義務に反し、従来の経験を頼りにして力を入れて押せば通過する可能性があると即断してステントグラフトを過度の力で押したために、Aの左外腸骨動脈壁を破損させるにいたった」ものであり、「殊に、Aの場合、外科手術の適応があったのであるから、無理な力を加えてステントグラフトの挿入を試みることは避けるべきであったと考えられる」と述べ、手技に関するC医師及びD医師の過失を認めた。