カテーテルの挿入は患者の状態を鑑みて

~カテーテルによる血管損傷の手技ミスが認められた事例~

-千葉地裁平成18年9月11日判決(判例時報1979号93頁掲載)、平成15年(ワ)第202号損害賠償請求事件-
協力:「医療問題弁護団」佐藤 光子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事案概要

A(当時17歳)は、従前からの喘息治療のためYの経営する病院に入通院し、気管支拡張剤テオロングの処方を受けており、平成13年1月、その服用直後に嘔吐などの症状を訴え、被告病院Yを受診した。
担当した医師は、テオフィリン中毒との診断のもと、血液吸着療法等を行ったが、血液凝固、全身性痙攣発作等の症状を経て、約17時間後にAは死亡した。
Aの両親は、Aの死亡は抗凝固剤の使用方法を誤った過失、静脈ライン確保のためのカテーテル挿入の際に血管を損傷した過失、ヘパリン5000単位を投与した過失、出血に対する止血措置を怠った過失、適切な輸血を怠った過失によるものであると主張し、Yに対して不法行為、または債務不履行にもとづく損害賠償を請求した。
本件では各過失、因果関係が争点となり、各争点につき討議方式の複数鑑定が行われ、双方から私鑑定として意見書が提出されている。
そして、カテーテル挿入による血管損傷という医師の手技の過失の点、さらに同過失とAの死亡との因果関係の点について複数鑑定と私鑑定等がそれぞれ見解を異にした。
結論としては、Aの両親に対する各金4077万余円の損害賠償請求が認容された。

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事実経過

Aは、従前から喘息の治療のためYに入通院しており、気管支拡張剤テオロングの処方を受けていた。
Aは平成13年1月1日午前1時ころ、テオロングを服用した直後に嘔吐等の症状を訴え、同日午前4時30分ころ、被告病院Yを受診して医師の診察を受けた。医師が血中テオフィリン濃度の検査を実施したところ、103.50μg/mlの高値であった。
Yは、Aの症状の原因をテオフィリン中毒と判断し、同日午後2時23分ころから、抗凝固剤としてフサンを用いて血液吸着療法を実施したが、約27分後に回路内で血液凝固した。
その後、同日午後3時40分ころ、Yは抗凝固剤をヘパリン1000単位に変更し血液吸着療法を実施したが、約20分後に再度、回路内で血液凝固を起こした。 Aは、同日午後4時20分ころ及び午後4時40分ころ、全身性硬直痙攣発作を起こした。
同日午後4時45分ころ、Yが中心静脈ラインを確保するためにAの右鼠径部にカテーテルを挿入したところ、シリンジ内で凝血塊ができた。また、その数分後から、血尿が出現した。
Yは、肺塞栓の可能性を考え、同日午後5時10分ころ、Aに対し、ヘパリン5000単位を投与した。
Yは、同日午後6時40分ころ、Aの血圧が低下したためICUに収容して、治療と並行して輸血のためのクロスマッチ(交差適合試験)を行ったが結論が出なかった。
同日午後8時35分ころ、Aの血液中のヘモグロビン値が2.9に低下したため同日午後8時37分ころ、Yは人赤血球濃厚液(MAP)の輸血を開始し合計24単位を輸血した。同日午後8時40分ころ、Aの心拍が低下したため、心臓マッサージ、ボスミン、キシロカインの投与等の治療が行われたが、同日午後9時28分にAの死亡が確認された。
死亡診断書では、死因は出血性ショックによる肺出血とされた。しかし、後の剖検の結果ではテオフィリン中毒による急性左室不全並びに出血性ショックとされている。

判決

1 過失について

Aの血管を損傷したYの過失を認める

判決では、抗凝固剤の使用方法については「過失なし」と認定。そのうえで、カテーテル挿入の際にAの血管を損傷した過失の有無について判断した。
原告らは、「Aが抗凝固剤であるヘパリンの投与を受けており、出血すれば止血が困難な状態であったのだから、被告はAの鼠径部にカテーテルを挿入するにあたり、挿入操作を慎重にすべきであったにもかかわらず、これを誤り血管を損傷して出血を招いた。仮に痙攣があったのであれば、抗痙攣薬の投与により鎮静してから、カテーテルを挿入すべきであった」と主張した。
被告側は「被告がカテーテル挿入の際に、Aのいずれかの部位の血管を損傷したとの事実はない。仮になんらかの損傷があったとしても、間欠的に全身性の痙攣を起こしている状態で大腿動脈にカテーテルを挿入する場合、留置後にカテーテルの先端により偶発的に血管を損傷するのはやむをえないことであるから、被告に過失があったとは言えない。カテーテル挿入以前に相当量の抗痙攣薬が投与されていたこと、抗痙攣薬には血圧低下等の副作用があることを考慮すれば、カテーテル挿入時点での抗痙攣薬の追加投与は適切ではない」と反論していた。
この争点について、複数鑑定は「CT画像上、カテーテルが右大腿静脈及び下大腿静脈内に認められないことから、カテーテル挿入時に血管損傷が生じたと結論」し、カテーテル挿入時の手技等に不適切な点があったとするのに対して、Y側提出の医師意見書が「カテーテルよる静脈損傷等があったとは考えられない」として見解が分かれていた。
判決は、複数鑑定が具体的で説得的な説明であるのに対し、Y側提出の医師意見書は、具体的機序について説明がないことなどから複数鑑定の結論を採用し、Aの鼠径部に挿入されたカテーテルの先端が静脈に入った後、血管を損傷し、静脈外に留置されたものと認め、Yがカテーテルを適切に挿入しなかったためにAの血管を損傷するにいたった点において過失があったと認定した。


2 因果関係について

前記過失と死亡との間の因果関係を認める

さらに、前記過失とAの死亡との因果関係の有無について、Aの死因が出血性ショックであるとしたうえで、この原因も複数鑑定の結論を採用した。
原告側は「Aが血液吸着療法における2度の血液凝固により凝固因子を大量に消費し、凝固障害を引き起こしたうえ、持続的な血尿の流出、カテーテル挿入時の血管損傷及びその他の部位からの出血により、4000乃至5000ccの大量出血をきたし、出血性ショックから心停止に陥り死亡したのであるから、被告の過失とAの死亡との間には因果関係が認められる。テオフィリン中毒が血液凝固作用等を含む人体の生理にいかなる影響を与えるかは不明であり、出血とテオフィリン中毒とを結びつける論拠はないから、テオフィリン中毒がAの死亡に影響を与えたとは考え難い。そもそも、Aがテオフィリン中毒かも疑わしい」と主張した。
これに対し被告は、「Aの体重からは原告らが主張するような出血量は考えられず、Aの数値程度の血圧低下では短時間では多臓器に機能不全を生じることは考え難いから、Aの死因は出血性ショックではない。Aは、血中テオフィリン濃度が致死量を超えていたのであるから、主たる死因は、[1]テオフィリンによる脳血管の収縮により生じた脳虚血に起因する中枢性ショック、[2]テオフィリンの心筋毒性により生じた肺水腫に起因する心不全、[3]テオフィリンによる血管拡張による循環量の減少に起因するショックのいずれか、またはこれらが複合的に発生したものであるから、原告の主張する各過失と、Aの死亡との間には因果関係はない」と反論した。
この争点につき、複数鑑定の内容は、「血管損傷による急性出血があれば大量の凝固因子、血小板の消費を引き起こし血液凝固障害に影響を与えるとともに、腹腔内大出血と血尿を生じ、出血性ショック、重症代謝性アシドーシスから肺出血、多臓器不全へと進展し、死亡した可能性がある」、「文献においてテオフィリン中毒により出血傾向または血液凝固障害を生じた例は報告されていないこと、剖検において認められた出血が、後腹膜腔、腹腔内、膀胱周辺に局限していることからすれば、テオフィリン中毒は出血の原因及び程度に影響を与えていない」としたのに対して、Y側からの医師意見書等の内容は「仮に血管損傷があったとしても、カテーテルが留置されたままの状態であれば、カテーテルにより穴が塞がれるため出血性ショックにいたる程度の出血を生じることは考え難い」、「血管が破綻したことにより出血が生じていないとすれば、Aの出血の原因は凝固異常と考えられるところ、その原因はテオフィリン中毒以外に考え難い」として双方の見解は分かれていた。
判決は、AがYを受診時点でテオフィリン中毒であったことは認められるが、テオフィリン中毒により、出血、血液凝固障害を生じるという医学的知見が存在せず、さらに、Aの血中テオフィリン濃度は、Yを受診後改善傾向にあったことなどから、Aがテオフィリン中毒により出血性ショックを引き起こすことを積極的にうかがわせる事情がない一方、カテーテル挿入時に血管損傷が生じており、動脈損傷も疑われ、カテーテル挿入以前に2度にわたり血液吸着療法が実施され、その際に抗凝固剤としてフサン及びヘパリンが投与されたことにより、出血傾向が助長されていた可能性が高いことを考慮すれば、動脈及び静脈血管の損傷による出血が出血性ショックの原因であって、血管を損傷した前記過失と死亡との間に因果関係があると認定した。

判例に学ぶ

一般に手技のミスの立証は難しいとされますが、本件ではカテーテルの挿入による血管損傷という手技のミスが認められています。
複数鑑定と、被告側の医師意見書が真っ向から対立した中で、複数鑑定の具体性、医学的知見の有無などをもとに、判決は複数鑑定の結論を採用するにいたっています。
Aは抗凝固剤であるヘパリンの投与を受けており、出血すれば止血が困難な状態であるのだから、YはAにカテーテルを挿入するにあたっては挿入操作を慎重にすべきであったと言えるでしょう。
医師の手技ミスが問題となった事例としては、ほかに大阪高裁平成15年10月24日判決などがあります。