Vol.061 証明妨害行為は患者への説明義務違反に値する

~証拠改ざん等に高額な慰謝料が発生した例~

-甲府地裁平成16年1月20日、判例時報1848号、判例タイムズNo.1177-
協力:「医療問題弁護団」亀井 真紀弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件概要

出産のため、妊婦女性A(以下、A)が産婦人科Y医院(以下、Y)に入院し、分娩して男児Bを出産したが、出血が継続したため大学附属病院に転送された。大学附属病院でAは播種性血管内凝固症候群(DIC)と診断され、治療を受けたが間もなく死亡した。
Aの夫であるXは、Yを相手方に診療録等の証拠保全を申し立てたところ、Yは証拠保全決定の送達(証拠調べ開始の1時間前に執行官が現地に行くのが通常である)を受けた後、診療録の一部の記載を看護師Zに書き直させ、もとの記録を廃棄した。XがYに対し損害賠償請求訴訟を提起したところ、Yは実際には分娩に立ち会っていなかったZを証人申請して分娩時の状況を証言させたとともに自らも虚偽の証言をした。また、分娩台帳、賃金台帳を廃棄し、改ざんした分娩台帳を証拠として提出するなどした。
Xは、看護師のすり替えを疑い、YとZを偽証罪(刑法第169条)で告発。Yは偽証教唆、Zは偽証罪で起訴され、刑事裁判ではともに執行猶予判決つきの懲役判決を受けた。

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争点

(1) 主張された過失の内容

本件民事裁判においては、YにおいてAがDICであることを疑い、フィブリノゲンやヘパリンを投与すべき義務があったか否か、より早期に大病院に転院させるべき義務があったか否かが問題になった。

(2) 出血量の争い

当該義務違反の有無を判断する前提として事実認定上最大の争点になったのはYにおけるAの出血量であった。
X側は、DIC発症の前兆状況として大量出血があり、1500ccを超える出血があった場合には大病院へ転送すべきとされているところ、それにもかかわらずAが大学附属病院に搬送された時点での血色素から、児の娩出後、転送されるまでの間の出血量は1598mlに達していたと主張した。
また、Xは、Yが本件民事裁判でもっとも重要な証拠となるべき診療録などを改ざんしたのみならず、裁判中にX側が文書提出命令を申し立てた後に、分娩台帳、賃金台帳、勤務表などを廃棄した行為は証明妨害であるとして、X側の主張する事実が真実であると認められるべきだとした。

判決

Yの医療行為の過失は否定

裁判所は、YにXが主張する証明妨害行為があったことを認め、改ざんされた診療録などについても証拠になりえないとしながらも、「本件において、改ざんされた診療録等の重要性は言うまでもないが、ほかの証拠及び弁論の全趣旨から認められる診療経過、原告らの主張する被告の過失の内容と診療録等の記載の関連性の程度、被告が、当初診療録等を改ざんすることを決意したのは、……看護師が記載すべき部分に不十分な点があり自分の行った処置で記入されていないものがあると感じたことにあった点なども総合考慮すると、被告の証明妨害行為からただちに原告らの主張する被告の過失を基礎づける事実が認定されることになるものはなく、その他の証拠にもとづいて認められる事実を前提として、原告らの主張する被告の過失を認められるか否かを判断すべき」と判示した。
そのうえで分娩前にAの血色素が測定されたのは、分娩の20日近くも前であり血色素の数値の減少が出血によるものとただちには言えず、ショック指数から失血量を推算するとAの出血量は500ccを超えていたものの、1500ccに達しないものであったと考えられるとした。
そして、DICは突然の発症が特徴的であり、しかも急性や超急性のケースが多いとされているから、YがXの主張する義務を尽くしたとしても、AについてDICの発症を疑わせるような異常を早期に発見でき、さらにはAの死亡の結果を回避できたとは認め難いとして、Yの過失を否定した。

証明妨害が説明義務違反にあたる

一方で、裁判所はYの診療録の改ざんや偽証工作についてXによる慰謝料請求を認容した。すなわち、医師には患者に行った診療の内容、死亡の原因、死亡にいたる経緯について、その専門的な知識をもとに説明を求める患者の遺族に誠実に説明する法的な義務があり、Yが診療録等の改ざんや偽証工作を行い、4年以上にもわたって真実を隠ぺいしつづけた行為は、Xに対して負う法的説明義務を故意に踏みにじったきわめて悪質な不法行為だとしたのである。
そして、Yの改ざんや偽証工作のために事案の解明が困難になり、訴訟が著しく長期化したばかりか、Xはこれらの工作を暴くために大きな努力を強いられ、Aの死亡以降、本件訴訟を通じてXが負った精神的負担、さらには社会的・経済的負担は相当大きなものであったと言わなければならないとし、これについての慰謝料1500万円を認めた。

新生児を死産とした責任を認める

また、本件ではBが死産であったのか、新生児死亡であったのかも争われた。Xは、診療録にアプガースコア3点と記載されている以上、死産ではなく、新生児死亡であったから、YにはBの出産証明書及び死亡届を作成する義務、父親であるXに対してそれらの事実を告げるべき義務があったと主張した。これに対しYはアプガースコアの判断は視触診によるものであり、主観が入ることは避けられず、あくまでも死産であったと主張した。
裁判所は分娩台帳の「アプガー指数」の欄に「0、3(?)」との記載があるので、アプガースコアが3点であるとの評価に疑問があることを示唆するとしながら、分娩台帳がそもそも改ざんされたものでありYが自らに有利になるよう内容を替えた可能性を指摘した。そして、YがXに対し、Bが生きて生まれたと説明したことがあるなどとして死産を否定した。
そのうえで、Yには出産証明書及び死亡届を作成する義務があったとし、Xが男児Bの出生に関する各種届出や命名を行う機会、死亡届を提出するなどして児を供養する機会を奪ったとして、慰謝料200万円を認めた。

判例に学ぶ

本件は、民事訴訟提起後に診療録等を破棄し、また替え玉の看護師を証人申請して偽証させ、刑事事件にまで発展した稀に見る悪質な事件です。
ただ、医療訴訟において病院側のカルテ等改ざんや破棄などが問題になること自体は珍しくなく、仙台高裁平成2年8月13日判決(判例タイムズ745号206頁)、東京地裁平成6年3月30日判決(判例時報1523号106頁)、東京地裁平成15年3月12日判決(判例タイムズ1182号260頁)などをはじめ数多くの判例があり、一部については本誌2004年3月号(vol.14)でも紹介されています。
カルテ改ざんなどが認められた裁判でポイントとなるのは2点です。
ひとつは、カルテ改ざんなどに対する原告の証明を妨害する行為が事実認定にどう影響するか、すなわち証明を妨害した事実から原告主張事実を真実と認めていいかという点です。
民事訴訟法上、当事者が提出義務のある文書(医療記録等)を滅失あるいは使用できないようにした場合、裁判所は「文書に関する相手方の主張」を真実として認めることができるとされていますが(民事訴訟法224条)、これが真実の擬制まで要求しているのか、裁判所の自由心証との関係はどうなるのかという点が必ずしも明らかではなく、解釈が分かれているのです。
本件の場合、証明妨害行為があったとしても、そのことからただちに原告主張事実をそのまま認めることはできないとし、そのほかの証拠から判断して被告の過失を否定しました。判例の中には、原告の立証を困難にした不利益は被告が負うべきとして、もっと積極的に被告の過失を推定しているものもあります。結局はケース・バイ・ケースで裁判官個々の考えに委ねられているのが実情です。
ただ、いずれにしても改ざんや隠滅などの行為は、被告医師の供述等の信用性には多かれ少なかれ影響するはずなので(ひとつ嘘をつけばほかの点も嘘をついているかもしれないという経験則があります)、まったく過失の認定や評価に影響しないことはないと思われます。
2つ目は、証明妨害自体を不法行為としてどの程度の慰謝料を認めるかです。
この点、証明妨害行為の態様によって慰謝料の金額は数十万円から数百万円とかなりの幅があるように思います。本件のように、医療行為自体については医師の過失を否定しながら、証明妨害行為を独立の不法行為として1500万円もの高額の慰謝料を認めたのはたいへん注目に値します(控訴審においてはこれを上まわる金額で和解が成立したようです)。それだけ、本件でのYの行為が悪質であると評価されたわけですが、医師には真実の解明を欲している遺族に対して誠実な態度が要求される点について警鐘を鳴らしたとも言えるでしょう。
Yは診療録の改ざんや偽証工作などを何もしなければ、これほどの責任を負わなかったでしょう。患者や遺族に真摯に向き合えなかった代償は、あまりにも大きかったと言わざるをえません。