Yの医療行為の過失は否定
裁判所は、YにXが主張する証明妨害行為があったことを認め、改ざんされた診療録などについても証拠になりえないとしながらも、「本件において、改ざんされた診療録等の重要性は言うまでもないが、ほかの証拠及び弁論の全趣旨から認められる診療経過、原告らの主張する被告の過失の内容と診療録等の記載の関連性の程度、被告が、当初診療録等を改ざんすることを決意したのは、……看護師が記載すべき部分に不十分な点があり自分の行った処置で記入されていないものがあると感じたことにあった点なども総合考慮すると、被告の証明妨害行為からただちに原告らの主張する被告の過失を基礎づける事実が認定されることになるものはなく、その他の証拠にもとづいて認められる事実を前提として、原告らの主張する被告の過失を認められるか否かを判断すべき」と判示した。
そのうえで分娩前にAの血色素が測定されたのは、分娩の20日近くも前であり血色素の数値の減少が出血によるものとただちには言えず、ショック指数から失血量を推算するとAの出血量は500ccを超えていたものの、1500ccに達しないものであったと考えられるとした。
そして、DICは突然の発症が特徴的であり、しかも急性や超急性のケースが多いとされているから、YがXの主張する義務を尽くしたとしても、AについてDICの発症を疑わせるような異常を早期に発見でき、さらにはAの死亡の結果を回避できたとは認め難いとして、Yの過失を否定した。
証明妨害が説明義務違反にあたる
一方で、裁判所はYの診療録の改ざんや偽証工作についてXによる慰謝料請求を認容した。すなわち、医師には患者に行った診療の内容、死亡の原因、死亡にいたる経緯について、その専門的な知識をもとに説明を求める患者の遺族に誠実に説明する法的な義務があり、Yが診療録等の改ざんや偽証工作を行い、4年以上にもわたって真実を隠ぺいしつづけた行為は、Xに対して負う法的説明義務を故意に踏みにじったきわめて悪質な不法行為だとしたのである。
そして、Yの改ざんや偽証工作のために事案の解明が困難になり、訴訟が著しく長期化したばかりか、Xはこれらの工作を暴くために大きな努力を強いられ、Aの死亡以降、本件訴訟を通じてXが負った精神的負担、さらには社会的・経済的負担は相当大きなものであったと言わなければならないとし、これについての慰謝料1500万円を認めた。
新生児を死産とした責任を認める
また、本件ではBが死産であったのか、新生児死亡であったのかも争われた。Xは、診療録にアプガースコア3点と記載されている以上、死産ではなく、新生児死亡であったから、YにはBの出産証明書及び死亡届を作成する義務、父親であるXに対してそれらの事実を告げるべき義務があったと主張した。これに対しYはアプガースコアの判断は視触診によるものであり、主観が入ることは避けられず、あくまでも死産であったと主張した。
裁判所は分娩台帳の「アプガー指数」の欄に「0、3(?)」との記載があるので、アプガースコアが3点であるとの評価に疑問があることを示唆するとしながら、分娩台帳がそもそも改ざんされたものでありYが自らに有利になるよう内容を替えた可能性を指摘した。そして、YがXに対し、Bが生きて生まれたと説明したことがあるなどとして死産を否定した。
そのうえで、Yには出産証明書及び死亡届を作成する義務があったとし、Xが男児Bの出生に関する各種届出や命名を行う機会、死亡届を提出するなどして児を供養する機会を奪ったとして、慰謝料200万円を認めた。