Vol.063 担当医師が絞扼性イレウスを単純性イレウスと誤診した事例

~類似の疾患との鑑別のため早期の確定診断を~

-金沢地方裁判所平成18年9月4日判決(判例時報1980号128頁)-
協力:「医療問題弁護団」藤田 充宏弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

医師は、問診、視診、触診、打診、聴診、さらには各種検査結果などを総合して患者の病名を診断しますが、類似の疾患との鑑別に困難がともなうことは少なくありません。そして確定診断が遅れ、適切な処置がとられなかったことにより患者の予後に重篤な結果を招来する可能性があるとするならば、早期の確定診断の重要性はますます増大します。
今回は、イレウス(腸閉塞)であることは当初から診断されていたものの、単純性イレウスであるか、絞扼性イレウスであるかの確定診断を怠った結果、開腹手術が遅れ、多臓器不全により患者を死亡させてしまった事故について、医師の過失が認められた事例を紹介します。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

事件内容

患者Aが腹痛を訴えて被告Y1市が運営する病院(以下、被告病院)を受診したところ、同病院の担当医師Y2は、診察の結果、単純性イレウスと診断し、それを前提として治療をつづけた。ところが、その後、容態が急変し患者はショック状態に陥り、多臓器不全により死亡した。死亡後の剖検の結果、絞扼性イレウスが認められた。
本件は患者Aの両親であるX1・X2が、Y2医師が絞扼性イレウスを単純性イレウスと誤診し、確定診断をするためにCT検査をすべきであったにもかかわらずそれを怠った過失があるとして、被告Y1市と被告Y2医師に対し損害賠償として総額約9200万円を請求した事案である。
第一審金沢地方裁判所は、被告の過失を認め、損害賠償として総額約7100万円を認容した。

事故発生の経過

事故当時19歳の男性Aは、2001年9月30日、朝から腹痛を訴え嘔吐を繰り返したため、同日午後7時25分ころ、被告病院の救急外来を受診した。内科の当直医であったB医師は、Aを診察し、Aの腹部がやや膨隆していたこと、グル音が弱かったこと、筋性防御反応がなかったこと及びレントゲン撮影の結果を総合し、Aが単純性イレウスに罹患していると判断して入院させた。入室後、減圧を目的とする胃チューブが挿入・留置され腸の蠕動を和らげ腹痛を緩和させるためブスコパンが注射されたところ、間もなく、Aの苦痛表情が軽減し、「少し落ち着いた」との発言があった。入院時におけるAの白血球数は1万2900/μl、体温は36.7度であった。
その後も、翌朝にいたるまで腹痛の増強傾向があり、痛み止めとしてブスコパン、ソセゴンが注射され、ボルタレン座薬も投与された。しかし、Aがなおも繰り返し強い腹痛を訴えたことから、午前7時30分ころ、再度ボルタレン座薬が投与された。
午前8時30分ころ、Y2医師は、医師Bより、Aがイレウスにより入院したことの引継ぎを受け、午前8時50分ころ、腹部エコー検査を実施したが、絞扼性イレウスとは判別できなかった。
午前9時50分ころ、Aに腹痛、腹満、苦痛顔貌、顔色不良が認められ、ブスコパンが注射されたが腹痛は変わらなかったため、午前10時35分にさらにブスコパンが注射されたものの効果はなく、午前11時5分には、苦痛表情が強く、顔面蒼白で冷や汗も認められたことからソセゴンが注射された。午後零時ころ、Aは看護師から苦痛を問われて、「ちょっとはいいかな」と答えた。 Y2医師は、午後零時前後ころ、Aの病室に赴いているが、その際、Aから概括的な様子を聞いただけで詳細な問診や触診はしていない。
Y2医師は、午後1時30分ころ、Aに対し、イレウス管の挿入を試みたが、午後2時35分の時点でもチューブを十二指腸側に進めることができず、午後3時45分ころ、再度Aに対し内視鏡を用いてイレウス管の挿入を試み、午後5時15分ころ挿入を終えたが、挿入前のAの血圧は60台(再測定では90台)であり、ショック状態に陥っていた。
Aはイレウス管の挿入が完了した午後5時15分ころ、Y2医師に対し、「息苦しい」などと訴え、顔色が不良で唇にチアノーゼも認められ、意識が朦朧とし、眼球の挙上も認められたことから集中治療室に搬送された。
Aは同月2日になっても症状の改善はなく播種性血管内凝固症候群(DIC)多臓器不全が発症し、同月3日午前7時17分、被告病院において死亡した。

原告の主張

絞扼性イレウスにおいては、患者を開腹して閉塞の原因を除去することがその治療方法として絶対に必要なので、患者にイレウスの症状が認められる場合で、絞扼性イレウスを否定する根拠がないときには、それを疑ったうえで検査を実施することが要求される。
本件においては、Aにはイレウスの症状が認められ、かつ絞扼性イレウスを否定する根拠がない。そして、本件事実経過からすると、Y2医師には10月1日の午前中のいずれかの時点において絞扼性イレウスを疑って経時的に超音波検査を行い、また腹部CT検査を行って絞扼性イレウスの診断をしたうえで、すみやかに遅くともイレウス管チューブ挿入に失敗した10月1日午後2時35分ころまでに開腹手術を行うべき注意義務があった。しかし、Y2医師はこれを怠り、CT検査等を実施しなかった過失がある。
CT検査実施後、すみやかに開腹手術を行っていれば、Aの死亡を回避することは可能であった。

被告の主張

イレウスの治療は、原則としてできる限り保存的に行い、手術の適応は保存的な治療が無効だと判断されて初めて考えられる。保存的な治療は、通常、絶食及び点滴による腸管の安静、胃ゾンデの挿入による胃内容物の排除と腸管の減圧、イレウス管の挿入による腸管内容物の排除と、腸管の減圧と順を追って実施される。イレウス管の挿入によっても患者の症状が改善しない場合に初めて手術が考慮されるべきであり、イレウス管の挿入をしないで手術に踏み切ることはきわめて困難である。
本件においては、被告病院は適切に治療を行っており、10月1日午後3時45分から内視鏡を使ってイレウス管挿入を試み、成功している。また、絞扼性イレウスを疑うべき臨床症状ないし身体所見は腹膜刺激徴候及び高度の腹痛であるところ、Aにおいて外来受診時から10月1日午後にいたるまでの間に吐気及び腹痛ともに程度の強弱があり、また、看護記録に「苦痛表情軽減」、「少し落ち着いた」、「吐気否定」、「苦痛顔貌なし」、「(苦痛を問われて)ちょっとはいいかな」などの記載があるほか、10月1日午前零時にはテレビを見ていた旨の記載もあり緩解している時期もあったことからすれば、Aには高度の腹痛はなく、持続的な腹痛があったとも言えない。また、Aには腹膜刺激徴候も見られなかった。さらに、Aは10月1日午前8時50分に腹部エコー検査を受けたが、絞扼性イレウスの所見を認めることはできなかった。
ところが同日午後5時15分ころ、Aの容態が急変したものであり、被告病院において超音波検査を繰り返したり、造影CT検査を行ったり、ましてや手術に着手する余裕がないほどにAの病状の進行が速かったのである。
以上のとおり、10月1日午後2時35分ころまではAのイレウスに対する保存的治療がいまだ無効とは言えず、かつ絞扼性イレウスを疑うべき所見がなかったことから、この時点までは経時的な超音波検査や腹部CT検査を実施すべき注意義務はなかった。
しかもAの血圧が低下した10月1日午後3時45分ころ以降のAの病状経過はあまりにも急激であったから、現実に開腹手術が実施できた可能性は乏しく、Aの救命は困難であった。

判決

病院側の不法行為責任を認める


Aは、入院当初は単純性イレウスであったとしても、ショック状態に陥る数時間前である10月1日午後零時前後には単純性イレウスから絞扼性イレウスに進展していたものと推認できる。
Aは、入院時点では単純性イレウスと診断されたものの、白血球数は絞扼性イレウス診断の基準値を大きく上まわる1万2900/μlであったし、同日の午前中に鎮痛剤であるソセゴンが繰り返し注射され、鎮痛剤であるボルタレン座薬も繰り返し投与されたにもかかわらず腹痛が治まる様子はなく、顔面に苦痛の表情が表れ、顔色不良、顔面蒼白となり冷や汗も認められるにいたったことが認められる。そうすると同日午前8時50分ころ実施された腹部エコー検査では絞扼性イレウスとの確定診断を下すことはできなかったとしても、Aの身体的所見及び検査所見、特に鎮痛剤の効果も乏しいほどの強い腹痛が持続していたことに照らすと、Y2医師は遅くとも同日午後零時までには、Aに対し絞扼性イレウスであるかどうかの確定診断を下すために、CT検査の実施を決断すべき注意義務があったものと解するのが相当である。
仮に午後零時ころ、Y2医師がAに対しCT検査の実施を決断していたならば、Aが一時ショック状態に陥った同日午後3時45分ころまでに開腹手術を開始できたものと認められ、Aの死亡を回避する蓋然性はあったと言える。

判例に学ぶ

イレウス(腸閉塞)とは、腸内容物の通過障害を言いますが、そのうち腸管の血行障害をともなうものが絞扼性イレウスと呼ばれます。絞扼性イレウスの場合には緊急開腹手術を要するため、早期の確定診断が必要であり、確定診断の遅れは致命的な結果を招きかねません。
判決が認定した事実経過を見る限り、患者の腹痛の訴えが激しいこと、繰り返し鎮痛薬を使用しても効果が乏しいことや血液検査のデータ(白血球の数)などから、少なくとも絞扼性イレウスを疑ってしかるべき状況にあったと言うことができるように思います。
本件では、なぜ絞扼性イレウスを疑わなかったのか、なぜ確定診断のためのCT検査を実施しなかったのか原因はわかりませんが、早期にCT検査が実施されてさえいれば、死亡という最悪の結果は避けられたものと思われます。
イレウスに限らず、早期の確定診断の重要性を再認識させられる事例と言えるでしょう。