Vol.065 美容整形手術における目的の達成と術後の経年的変化

~手術の目的は達成されたが、数年後に外観変化が生じたとされた事例~

-東京高裁平成19年7月26日判決(判例時報1993号15~22頁)-
協力:「医療問題弁護団」山田 昌典弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事実経過

平成12年6月28日、Xは両側季肋部の突出を訴え、A病院形成外科(以下、A病院)を外来受診した。担当医Yは、Xに対し「プレートを入れて胸郭を挙上し(Nuss法)、かつ季肋部の肋軟骨の突出を軽減するために肋軟骨を一部削り取る」手術(以下、本件手術)を行うとの方針を示した。Xは、同年8月11日、A病院に入院し、Yの執刀により本件手術を受け、同月23日に退院した。
しかし、Xは本件手術によっても季肋部の突出が改善されていないと感じ、平成16年8月6日、B病院にてプレートの抜去と肋軟骨形成の手術を受け、同月12日に退院した。
Xは、Yによる本件手術によっては季肋部突出が改善しなかったとの認識を前提に、Yに対し季肋部突出解消に対する療法選択を誤った、適切な説明義務を尽くさなかった、本件手術に手技上の過失があるなどとして損害賠償請求訴訟を提起した。
第1審は、Yの本件手術に関する手技上の過誤を否定したが、本件手術によっては季肋部には改善が見られなかったと認定したうえで、YはXの季肋部の状態を十分観察せず、その症状や改善の程度等を十分説明しなかった過失があるとして、Xの請求を一部認める判決をくだした。これの控訴審が本件である。

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主な争点

(1) 本件手術による季肋部突出の改善の有無
(2) 本件手術における手技上の過失の有無
(3) 季肋部突出を解消する療法としての本件手術の選択が不合理であったか否か
(4) 本件手術の選択についての説明義務違反の有無

判決

(1)本件手術による改善の効果を認める

裁判所は、手術前(平成12年4月)の写真と手術後(平成13年6月、8月)の写真とを比較し、外観的に季肋部突出については「相当の改善があった」と認定しつつ、手術後(平成16年6、7月)の写真によれば、季肋部は局所的に本件手術前には見られない新たな形態の突起(2つの丘状突起)が現れていると認定した。
丘状突起が現出した原因については、「肋軟骨のような硬組織は切除すれば減るが可動性があり、また周囲の腹壁は軟組織であるため、再び季肋部の軟骨が時間の経過とともに前に出てきたものであり、また、前記2つの丘状突起は、第七ないし九肋軟骨の削りないし切除等により生じたもので、軟骨が経年変化により前に出てくるのにともない少し目立つようになったものと推定される」とした。本件手術後に新たな形態の突起が現出したことを認定しつつも、その原因は経年的変化によると認定したのである。

(2)本件手術における手技上の過失を認めず

(1)のとおり、裁判所は季肋部肋軟骨に2つの突起が現れた原因は、本件手術における手技上の過失によるものではなく、経年的変化にあると認定した。また、プレート挿入部位の凹みはNuss法による手術を行う際に必然的に生じるものであって、手技上の過失によるものではないと認定し、結論として手技上の過失はないと判断した。

(3)本件手術の選択は不合理ではない

YはXを診察したうえ、Xの胸部が凹んでいることからXの胸部の状態が漏斗胸であり、その程度はただちに手術しなければ健康上の支障が生ずるほどのものではないものの、手術適応にならないほど軽度ではなく標準的なものであると判断した。また、Yは、Xが季肋部の突出を指摘している点について、季肋部が人の標準的状態にくらべて突出しているのではなく、胸部が凹んでいるために季肋部が突出しているように見えているので漏斗胸を改善し、あわせて季肋部軟骨に操作を加えることで、Xの主訴に対応した治療ができると判断し、本件手術をした。Yの判断は、医学的知見に照らして不合理ではない。
なお、Xの主張は、[1]季肋部突出解消のためには、B病院が行ったような肋骨軟骨形成術のみを行えば足りた、[2]Nuss法は本件手術が行われた平成12年当時において試行的な術式にとどまっており、これを選択したのは不適切であったというものだったので、裁判所は、以下のとおりこれに対する判断をくだした。

[1]Xのような漏斗胸患者の場合、季肋部軟骨切除のみで季肋部突出に対処しようとすると大量の切除は避けられず、逆に腹部が突出するなど予想のつかない害悪が生ずる恐れがあり、医学的に適切とは言えず、Yが本件手術を選択したことは不合理とは言えない
[2]平成14年8月1日付のC大学病院のパンフレットにNuss法が紹介され、平成17年12月11日の時点においても複数の大学病院においてNuss法が紹介されていること等を認定して、Nuss法は平成12年当時においても試行的な術式ではなく、選択は不適切ではない

(4)説明義務違反を認めず
イ 説明義務の一般的内容について

「患者は、医師から診察及び治療を受けるに当たり、治療を受けるか否かについて自らの意思で判断できるものというべきところ、患者は自らの病態及び行うべき治療内容等、医療全般に対する正確な知識を欠くのが通常である。したがって、医師は、患者の判断に資するため、患者と診療契約を締結するに当たり、患者に対し、患者の病態、治療内容及び治療結果の見込み等 について説明をする義務を負うというべきである」。

ロ 本件にて行われた説明の内容

「Yは、Xの季肋部突出は胸部正中部の凹みが原因となっているから、治療法として漏斗胸の手術をするが胸骨を持ち上げると季肋部も上がるので季肋部に操作を加える必要があると判断し、そのことをXに手術症例をまとめたアルバム等を示して説明している」。他方、「本件手術施行後の数年経過後に、再び肋軟骨の可動性や軟組織である腹壁のふくらみ等から、Xの季肋部突出が再燃する可能性などについてまでは言及していない」。

ハ 本件で行われた説明に対する評価

・A病院における手術後にXの漏斗胸による胸部の凹みが改善され、あわせて行った肋軟骨の切除等の季肋部の操作により季肋部の突出も相応に改善されたと認められることからすると、Yの説明は適切なものであったと言うべきであると裁判所は認定した。これは、Yの説明どおり本件手術が一応所期の目的を達したことを重視したものであると思われる。
・本件手術の数年経過後に再び肋軟骨の可動性や軟組織である腹壁のふくらみ等から、Xの季肋部突出が再燃する可能性等に対してYが言及していない点について「診療は、各種の診察、検査を経て診断がなされ、これに対する治療手段の決定がなされ施行されるものであり、人体の組織機能の複雑さゆえに、その反応の予測はしばしば困難であり、患者の希望する疾患の治癒を確実かつ永続的に約束するものではない。そして、特に身体の整容という目的で手術した場合、手術後に身体の経年的変化や加齢現象が生じ、外観にどのような変化が生ずるかを予測することは極めて困難な事柄であると考えられ、また、その変化の程度が外見上問題になる程度であるかどうかも患者の主観に左右されることが大きいことからすれば、医師がこれらについて逐一説明する義務を負うとすることは相当ではないというべきである」。Xが、季肋部に「2つの丘状の突出を意識するようになったのは、証拠上、本件手術から約4年経過した平成16年夏頃以降と認められ、そうした状態が出現するかどうかは手術の時点では予測不可能のことであったと認められるから、Yにおいて手術から数年経過後の状態まで予測してこれをXに説明する義務があったということはできない」とした。
裁判所のこの判断は、本件のような経年的変化が現れたのが本件手術の約4年後であって、医師によって予測不可能であったことを重視しているものである。

判例に学ぶ

美容整形は、本来的な医療行為にくらべて、一般に緊急性や医学的適応性に乏しい場合が少なくありません。この点を重視して、美容整形においては医師に厳格な注意義務を課す見解が有力です。裁判例の中にも、美容整形の実施にあたっては、その進行につれ漸次予測が容易となるマイナスの結果の可能性とマイナスの程度に十分配慮し、患者に生理的・機能的障害を残すことのないよう、できる限り慎重かつ小刻みにこれを実施し、施術後の状態にも十分な配慮をすべきであるとするもの(大阪地判昭和48年4月18日、東京地判昭和52年9月26日、京都地判昭和54年6月1日など)があります。また、患者が説明によって与えられた情報を十分に検討・吟味したうえで適切な判断をくだせるよう、場合によっては説明と手術を別の日に行うくらいの慎重さが要求されるとするもの(広島地判平成6年3月30日)や、患者の誤解や過度の期待を解消するような説明を行うべきであるとするもの(東京地判平成7年7月28日)もあります。
美容整形では、患者が過剰な期待を抱きがちであることを考えると、後日の紛争を避けるためにも、患者の誤解や過度の期待を解消するような説明を行うことや、できる限り経過を観察しつつ、慎重かつ小刻みに施術を行うことは検討に値すると思われます。もっとも、不可能を強いることはできないので、本裁判例は手術が目的を一応達成したものの4年経過した時点で経年的変化が発生することを予測できなかったと認定し、予測できない事項について説明する義務はないと判断しました。
この点、本判例は4年経過した時点で生じる経年的変化は一般的に予想しえないと判断したものではないので注意が必要です。経年的変化であっても、また、数年経過した時点で生じる変化であっても、手術前に予測ができるのであれば患者に説明しておかなければいけません。本判例は、1審と2審で判断の分かれた限界事例であったと思われます。