(1)本件手術による改善の効果を認める
裁判所は、手術前(平成12年4月)の写真と手術後(平成13年6月、8月)の写真とを比較し、外観的に季肋部突出については「相当の改善があった」と認定しつつ、手術後(平成16年6、7月)の写真によれば、季肋部は局所的に本件手術前には見られない新たな形態の突起(2つの丘状突起)が現れていると認定した。
丘状突起が現出した原因については、「肋軟骨のような硬組織は切除すれば減るが可動性があり、また周囲の腹壁は軟組織であるため、再び季肋部の軟骨が時間の経過とともに前に出てきたものであり、また、前記2つの丘状突起は、第七ないし九肋軟骨の削りないし切除等により生じたもので、軟骨が経年変化により前に出てくるのにともない少し目立つようになったものと推定される」とした。本件手術後に新たな形態の突起が現出したことを認定しつつも、その原因は経年的変化によると認定したのである。
(2)本件手術における手技上の過失を認めず
(1)のとおり、裁判所は季肋部肋軟骨に2つの突起が現れた原因は、本件手術における手技上の過失によるものではなく、経年的変化にあると認定した。また、プレート挿入部位の凹みはNuss法による手術を行う際に必然的に生じるものであって、手技上の過失によるものではないと認定し、結論として手技上の過失はないと判断した。
(3)本件手術の選択は不合理ではない
YはXを診察したうえ、Xの胸部が凹んでいることからXの胸部の状態が漏斗胸であり、その程度はただちに手術しなければ健康上の支障が生ずるほどのものではないものの、手術適応にならないほど軽度ではなく標準的なものであると判断した。また、Yは、Xが季肋部の突出を指摘している点について、季肋部が人の標準的状態にくらべて突出しているのではなく、胸部が凹んでいるために季肋部が突出しているように見えているので漏斗胸を改善し、あわせて季肋部軟骨に操作を加えることで、Xの主訴に対応した治療ができると判断し、本件手術をした。Yの判断は、医学的知見に照らして不合理ではない。
なお、Xの主張は、[1]季肋部突出解消のためには、B病院が行ったような肋骨軟骨形成術のみを行えば足りた、[2]Nuss法は本件手術が行われた平成12年当時において試行的な術式にとどまっており、これを選択したのは不適切であったというものだったので、裁判所は、以下のとおりこれに対する判断をくだした。
[1]Xのような漏斗胸患者の場合、季肋部軟骨切除のみで季肋部突出に対処しようとすると大量の切除は避けられず、逆に腹部が突出するなど予想のつかない害悪が生ずる恐れがあり、医学的に適切とは言えず、Yが本件手術を選択したことは不合理とは言えない
[2]平成14年8月1日付のC大学病院のパンフレットにNuss法が紹介され、平成17年12月11日の時点においても複数の大学病院においてNuss法が紹介されていること等を認定して、Nuss法は平成12年当時においても試行的な術式ではなく、選択は不適切ではない
(4)説明義務違反を認めず
イ 説明義務の一般的内容について
「患者は、医師から診察及び治療を受けるに当たり、治療を受けるか否かについて自らの意思で判断できるものというべきところ、患者は自らの病態及び行うべき治療内容等、医療全般に対する正確な知識を欠くのが通常である。したがって、医師は、患者の判断に資するため、患者と診療契約を締結するに当たり、患者に対し、患者の病態、治療内容及び治療結果の見込み等
について説明をする義務を負うというべきである」。
ロ 本件にて行われた説明の内容
「Yは、Xの季肋部突出は胸部正中部の凹みが原因となっているから、治療法として漏斗胸の手術をするが胸骨を持ち上げると季肋部も上がるので季肋部に操作を加える必要があると判断し、そのことをXに手術症例をまとめたアルバム等を示して説明している」。他方、「本件手術施行後の数年経過後に、再び肋軟骨の可動性や軟組織である腹壁のふくらみ等から、Xの季肋部突出が再燃する可能性などについてまでは言及していない」。
ハ 本件で行われた説明に対する評価
・A病院における手術後にXの漏斗胸による胸部の凹みが改善され、あわせて行った肋軟骨の切除等の季肋部の操作により季肋部の突出も相応に改善されたと認められることからすると、Yの説明は適切なものであったと言うべきであると裁判所は認定した。これは、Yの説明どおり本件手術が一応所期の目的を達したことを重視したものであると思われる。
・本件手術の数年経過後に再び肋軟骨の可動性や軟組織である腹壁のふくらみ等から、Xの季肋部突出が再燃する可能性等に対してYが言及していない点について「診療は、各種の診察、検査を経て診断がなされ、これに対する治療手段の決定がなされ施行されるものであり、人体の組織機能の複雑さゆえに、その反応の予測はしばしば困難であり、患者の希望する疾患の治癒を確実かつ永続的に約束するものではない。そして、特に身体の整容という目的で手術した場合、手術後に身体の経年的変化や加齢現象が生じ、外観にどのような変化が生ずるかを予測することは極めて困難な事柄であると考えられ、また、その変化の程度が外見上問題になる程度であるかどうかも患者の主観に左右されることが大きいことからすれば、医師がこれらについて逐一説明する義務を負うとすることは相当ではないというべきである」。Xが、季肋部に「2つの丘状の突出を意識するようになったのは、証拠上、本件手術から約4年経過した平成16年夏頃以降と認められ、そうした状態が出現するかどうかは手術の時点では予測不可能のことであったと認められるから、Yにおいて手術から数年経過後の状態まで予測してこれをXに説明する義務があったということはできない」とした。
裁判所のこの判断は、本件のような経年的変化が現れたのが本件手術の約4年後であって、医師によって予測不可能であったことを重視しているものである。