Y1市立病院とY2病院両者の注意義務違反を認める
Aの肺塞栓発症時期につき本判決は、[1]Aの臨床症状の連続性、[2]6月1日午前6時ころ以降に実施された心電図検査でT波逆転が見られること、[3]本件手術の実施とAの肥満(身長175cm、体重83kg、BMI27.1)という誘因があったことより、AがY1市立病院入院中に最初に胸部の異常を訴えた5月31日の1~2日前からとし、少なくともAが市立病院で最初に意識消失発作を来した6月1日早朝の症状は肺塞栓症によるものであると認定した。
次に、肺塞栓症の診断治療に関する医師の注意義務につき、肺塞栓症が可及的速やかな確定診断と治療開始を要し、さもなければ、死亡率が相当高くなる疾患である点を指摘して、前記所見に接した医師としては、少なくとも肺塞栓症の疑いを持つことが必要であり、かつ、それは十分可能であるとしたうえで、[1]肺塞栓症罹患の有無を確定診断すべく、それに適した諸検査(心エコー検査のほか、確定診断のための肺動脈造影検査、または肺換気・肺血流スキャン検査)を実施するか、[2]高次医療機関へ移送しなければならず、その際には肺塞栓症が疑われるとの申し送りをすることを要すると判示した。
そのうえで、Y1市立病院の過失につき本判決は、担当医師が肺塞栓症の疑いを持たなかったため鑑別診断のための諸検査を実施せず、高次医療機関であるY2病院への移送は行ったものの、肺塞栓症の疑いがあるとの申し送りをしなかったとして、前記[1]及び[2]の注意義務違反があると認定した。
さらに、Y2病院の過失につき、本判決は、Y1市立病院から提供された諸情報が肺塞栓症と矛盾する内容でなく、かつ肺塞栓症の誘引とされる事情(肥満、右膝異物除去手術)を含むものであり、Y2病院の医師もそれを把握していたこと、Aが6月1日午後10時ころ胸痛を訴えたため実施された心電図検査の結果が肺塞栓症と矛盾しなかったことから、遅くとも6月1日午後10時ころにはY2病院の担当医師は肺塞栓症を疑い、鑑別診断のための諸検査を実施すべきであったのに、6月2日朝まで肺塞栓症を鑑別対象に入れた措置をとらなかった点に前記[1]の注意義務違反があると認定した。
Y1市立病院、Y2病院ともに過失が認められた場合、両者の過失とAの死亡との法的因果関係が問題となるが、この点について本判決は、Aの死亡に近接するY2病院の過失とAの死亡との因果関係が認められることは確実であるが、だからといってY1市立病院の過失とAの死亡との因果関係が切断されることにはならないとして、Y1市立病院の過失とAの死亡との因果関係も肯定した。このような判断にいたる事情として本判決が重視したのは、Y2病院の診療は、前医であるY1市立病院の要請にもとづく後医としてのそれであり、かつY1市立病院の医師は引き継ぎに際して誤った情報を提供し、それがY2病院の過失の誘因となったという点である。
なお、原審における鑑定の結果、AがY2病院へ搬送された6月1日午前10時55分ころの時点及び同日午後10時ころの時点において、肺塞栓症を鑑別対象にした検査をさらに実施し、肺塞栓症との診断結果が得られればAの救命は十分可能であったとされている。