被告病院の過失を認める
判決は、被告病院の担当医師に[1]、[2]の点につき過失があること、同過失と患者に生じた後遺障害との間の因果関係を認めたうえで、被告病院に対し8700万円の損害賠償を命じた。
[1]適切な転送時期について
判決は、被告病院の担当医師に[1]適切な転送時期を選択すべき義務があったのにこれを怠ったと言えるかの点について次のように判示している。
すなわち、ギラン・バレー症候群が、一般的に症状のピークをすぎた後には回復に向かう疾患であり、回復期に入ってからある程度の時間がたてば人工呼吸器からの離脱が可能であるケースが多いので、「ギラン・バレー症候群の患者について、航空機輸送を含めた転送を行う場合には、人工呼吸器から離脱するのを待ってから実施するのが望ましいが、人工呼吸器を装着したギラン・バレー症候群の患者であってもその生命・身体の安全を確保するための相当な条件が満たされている場合には、航空機輸送を用いること自体が許されないものではない」とした。
そのうえで、人工呼吸器を装着したギラン・バレー症候群の患者がいかなる状態にある場合に航空機輸送による転送が許されるのかについては「航空機内においても自律神経系の変動が生じない程度に自律神経の状態が回復していること」が必要であり「転送の途中で異変が生じた場合に付き添いの医師、または看護師がそれを察知できるようにするために、患者が息苦しさや動悸等の自分の呼吸状態の変化を指で文字を書くなどして、意思表示できる状態になっていること」、仮にそうした状況でない場合には、「パルスオキシメーター等により、医師が客観的にこれを把握できるような態勢でなければならない」とした。そのうえで、被告病院の担当医師には本件転送を行うにあたって、a・患者の自律神経の状態が安定していること、b・医師が患者の呼吸状態の変化を客観的に把握できる機器を携行していない場合には、患者が息苦しさ、動悸など自分の呼吸の変化及び自律神経障害にかかわる自覚症状を意思表示できる状態になっていることを確認すべき義務があるとした。
そして、本件転送時にはa・患者の自律神経の状態は安定しているとは言えなかった事実、b・本件は呼吸状態の変化の客観的な把握が可能な機器を携行しない場合であり、患者は四肢の筋力をほとんど消失していて、自発的な意思表示もできない状態にあった事実を認定し、被告病院の担当医師がこれら2点についての義務に反して転送が可能であると判断した点に過失があるとした。
[2]転送時の搬送方法、呼吸管理等について
判例は、前記のように本件転送当時、患者は自律神経が安定した状態でなかったのに加え、その呼吸状態の変化を意思表示できない状態であったとして、「医師がこれを客観的に把握できるよう、パルスオキシメーター等の機器を携行すべき義務があった」とした。
そして、本件転送の際に担当医師がこれを携行しなかったことから、転送時の呼吸管理の点につき担当医師の過失があるとした。
[3]転送時の説明義務について
判例は患者家族の固有の慰謝料の額を決めるにあたり考慮している。
すなわち、「医師が、入院患者を遠方の医療機関へ航空機輸送を経由して転送するにあたっては、長時間に及ぶ移動や航空機内における環境の変化等により患者の病状が悪化する恐れがあるため、診療契約にもとづいて患者本人(患者本人の意思疎通が不可能な場合は患者の近親者)に対し、転送の必要性、転送に適した時期、転送方法、転送に内在する危険性等について説明すべき義務がある」とし、被告病院の担当医には具体的には、「患者の治療を被告病院で継続可能であること」、「ギラン・バレー症候群が回復性の疾患であって将来的には人工呼吸器から離脱すると予想されるため、人工呼吸器から離脱させるのを待ってから転院させる方法も考えられること」、「人工呼吸器から離脱する前の航空機輸送による転送の場合、航空機内での気圧の変動等により患者の呼吸状態等に異変が生じる恐れがあること」、「異変が生じた場合には医療措置の範囲に限界があり、また、患者の罹患しているギラン・バレー症候群が積極的な意思表示を困難にさせる疾患であるため、発見が遅れる可能性があること」を説明すべき義務があったとした。
今回、被告病院の担当医は、転送にともなう危険性をまったく説明していなかったので、説明不十分で前記義務に違反していたとして、患者の家族固有の慰謝料を、この点を考慮して各200万円とした。
[4]因果関係について
前記過失と患者の後遺障害との間の因果関係をめぐっては、本件患者の心停止の原因は何かが争点となった。
この点、原告は心停止の原因は転送中の酸素供給不足であると主張し、被告は迷走神経の過反応に加えて転送先の病院の不適切な処置によるものであるとして争ったが、裁判所は、転送先到着後の患者の血液ガス分析で、動脈血炭酸ガス分圧が141.7mmHg(正常値40±5mmHg)、pH値が6.897であったこと、転送先病院に到着後、車外に出た患者が顔色不良であり、間もなくチアノーゼを発症していること、携帯用人工呼吸器に設定された吸入気酸素濃度が飛行中の航空機内で必要とされる濃度よりも若干低かったことなど携帯用人工呼吸器の換気不十分を推認させる事実があったこと、喀痰による気道閉塞の可能性があることから、心停止の原因が転送中の酸素不足による可能性が高いことを指摘した。
そして、転送にあたって患者がその呼吸状態について意思表示できる状態であるか、またはつき添った医師がこれを客観的に把握するためにパルスオキシメーター等の機器が携行されていれば、患者の呼吸状態の悪化を同医師が把握して適切な措置をとり、酸素供給不足の状態となる事態を回避できた蓋然性が高かったとした。
仮に迷走神経の過反応が原因であったにせよ、患者の自律神経の状態が安定していれば、迷走神経の過反応を発症させる危険性もより少なかったし、発症しても被告病院に入院中であれば適切な措置がとれ、発生した徐脈や心停止に対する処置が遅れることもなかったのであり、結局、担当医らの転送時期選択の誤りと転送時の呼吸管理の過失と患者の後遺障害の間に相当因果関係があるとした。