患者を転院させる場合は適切な時期に適切な方法で

~転送元の病院の損害賠償責任が認められた事例~

-福岡地裁平成19年2月1日判決、平成14年(ワ)第441号損害賠償請求事件、 平成15年(ワ)第1347号債務不存在確認請求事件(判例タイムズ1258号272頁)-
協力:「医療問題弁護団」内山 知子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者Aは四肢の完全麻痺、瞳孔散大、眼球の完全麻痺、両顔面麻痺が発症するなど神経症状の悪化が見られて、千葉県内の病院に入院中にギラン・バレー症候群と診断された。その後、Aは呼吸の不規則がつづいたことから気管切開術による挿管を受け、人工呼吸器下で血漿交換療法、免疫吸着療法による治療を行っていたが、A本人または家族の希望によるのか病院側の事情によるのかの理由は不明であるが(被告病院は神経内科を主とする病院ではなく、主治医も脳神経外科の専門であった)、Aの地元である福岡県内の病院への転院を検討することになり、入院後2ヵ月半が経過した時期に主治医のひとりと看護師が立ち会い、携帯用人工呼吸器を装着したうえで福岡県内の病院に航空機で転送されたが、Aは転送先病院到着直後に無呼吸状態になって心停止となった。心臓マッサージ等により一命は取りとめたものの、低酸素状態により四肢体幹機能障害等の重篤な後遺症が残って寝たきりとなった。
そこで、Aの家族が転送元の病院を被告として、被告病院の担当医師が、[1]適切な転送時期を選択すべき義務があったのにこれを怠った、[2]転送の際には適切な搬送手段を選択し、かつ適切な呼吸管理を行うべき義務があったのにこれを怠った、[3]転送の際にはその必要性、患者の症状、転送の際に予想される危険性等について説明する義務があるのにそれを怠った各過失、患者の四肢体幹機能障害等の後遺障害の原因は、転送中に酸素供給が不十分であったために引き起こされた心停止によって無酸素脳症に陥ったことによるものとして、本件転送と後遺障害の間の因果関係を主張して損害賠償請求訴訟を提起した。
被告は前記各過失の有無と因果関係につき争った。
なお、本件訴訟には被告病院の加入していた賠償責任保険の保険会社が訴訟参加しているが(平成15年(ワ)1347号債務不存在確認請求事件)、本稿では取り扱わない。

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判決

被告病院の過失を認める


判決は、被告病院の担当医師に[1]、[2]の点につき過失があること、同過失と患者に生じた後遺障害との間の因果関係を認めたうえで、被告病院に対し8700万円の損害賠償を命じた。

[1]適切な転送時期について

判決は、被告病院の担当医師に[1]適切な転送時期を選択すべき義務があったのにこれを怠ったと言えるかの点について次のように判示している。
すなわち、ギラン・バレー症候群が、一般的に症状のピークをすぎた後には回復に向かう疾患であり、回復期に入ってからある程度の時間がたてば人工呼吸器からの離脱が可能であるケースが多いので、「ギラン・バレー症候群の患者について、航空機輸送を含めた転送を行う場合には、人工呼吸器から離脱するのを待ってから実施するのが望ましいが、人工呼吸器を装着したギラン・バレー症候群の患者であってもその生命・身体の安全を確保するための相当な条件が満たされている場合には、航空機輸送を用いること自体が許されないものではない」とした。
そのうえで、人工呼吸器を装着したギラン・バレー症候群の患者がいかなる状態にある場合に航空機輸送による転送が許されるのかについては「航空機内においても自律神経系の変動が生じない程度に自律神経の状態が回復していること」が必要であり「転送の途中で異変が生じた場合に付き添いの医師、または看護師がそれを察知できるようにするために、患者が息苦しさや動悸等の自分の呼吸状態の変化を指で文字を書くなどして、意思表示できる状態になっていること」、仮にそうした状況でない場合には、「パルスオキシメーター等により、医師が客観的にこれを把握できるような態勢でなければならない」とした。そのうえで、被告病院の担当医師には本件転送を行うにあたって、a・患者の自律神経の状態が安定していること、b・医師が患者の呼吸状態の変化を客観的に把握できる機器を携行していない場合には、患者が息苦しさ、動悸など自分の呼吸の変化及び自律神経障害にかかわる自覚症状を意思表示できる状態になっていることを確認すべき義務があるとした。
そして、本件転送時にはa・患者の自律神経の状態は安定しているとは言えなかった事実、b・本件は呼吸状態の変化の客観的な把握が可能な機器を携行しない場合であり、患者は四肢の筋力をほとんど消失していて、自発的な意思表示もできない状態にあった事実を認定し、被告病院の担当医師がこれら2点についての義務に反して転送が可能であると判断した点に過失があるとした。

[2]転送時の搬送方法、呼吸管理等について

判例は、前記のように本件転送当時、患者は自律神経が安定した状態でなかったのに加え、その呼吸状態の変化を意思表示できない状態であったとして、「医師がこれを客観的に把握できるよう、パルスオキシメーター等の機器を携行すべき義務があった」とした。
そして、本件転送の際に担当医師がこれを携行しなかったことから、転送時の呼吸管理の点につき担当医師の過失があるとした。

[3]転送時の説明義務について

判例は患者家族の固有の慰謝料の額を決めるにあたり考慮している。
すなわち、「医師が、入院患者を遠方の医療機関へ航空機輸送を経由して転送するにあたっては、長時間に及ぶ移動や航空機内における環境の変化等により患者の病状が悪化する恐れがあるため、診療契約にもとづいて患者本人(患者本人の意思疎通が不可能な場合は患者の近親者)に対し、転送の必要性、転送に適した時期、転送方法、転送に内在する危険性等について説明すべき義務がある」とし、被告病院の担当医には具体的には、「患者の治療を被告病院で継続可能であること」、「ギラン・バレー症候群が回復性の疾患であって将来的には人工呼吸器から離脱すると予想されるため、人工呼吸器から離脱させるのを待ってから転院させる方法も考えられること」、「人工呼吸器から離脱する前の航空機輸送による転送の場合、航空機内での気圧の変動等により患者の呼吸状態等に異変が生じる恐れがあること」、「異変が生じた場合には医療措置の範囲に限界があり、また、患者の罹患しているギラン・バレー症候群が積極的な意思表示を困難にさせる疾患であるため、発見が遅れる可能性があること」を説明すべき義務があったとした。
今回、被告病院の担当医は、転送にともなう危険性をまったく説明していなかったので、説明不十分で前記義務に違反していたとして、患者の家族固有の慰謝料を、この点を考慮して各200万円とした。

[4]因果関係について

前記過失と患者の後遺障害との間の因果関係をめぐっては、本件患者の心停止の原因は何かが争点となった。
この点、原告は心停止の原因は転送中の酸素供給不足であると主張し、被告は迷走神経の過反応に加えて転送先の病院の不適切な処置によるものであるとして争ったが、裁判所は、転送先到着後の患者の血液ガス分析で、動脈血炭酸ガス分圧が141.7mmHg(正常値40±5mmHg)、pH値が6.897であったこと、転送先病院に到着後、車外に出た患者が顔色不良であり、間もなくチアノーゼを発症していること、携帯用人工呼吸器に設定された吸入気酸素濃度が飛行中の航空機内で必要とされる濃度よりも若干低かったことなど携帯用人工呼吸器の換気不十分を推認させる事実があったこと、喀痰による気道閉塞の可能性があることから、心停止の原因が転送中の酸素不足による可能性が高いことを指摘した。
そして、転送にあたって患者がその呼吸状態について意思表示できる状態であるか、またはつき添った医師がこれを客観的に把握するためにパルスオキシメーター等の機器が携行されていれば、患者の呼吸状態の悪化を同医師が把握して適切な措置をとり、酸素供給不足の状態となる事態を回避できた蓋然性が高かったとした。
仮に迷走神経の過反応が原因であったにせよ、患者の自律神経の状態が安定していれば、迷走神経の過反応を発症させる危険性もより少なかったし、発症しても被告病院に入院中であれば適切な措置がとれ、発生した徐脈や心停止に対する処置が遅れることもなかったのであり、結局、担当医らの転送時期選択の誤りと転送時の呼吸管理の過失と患者の後遺障害の間に相当因果関係があるとした。

判例に学ぶ

本件は、千葉県から福岡県への航空機による患者転送という特殊なケースですが、特に重症患者を転送する場合に大いに参考になる判例だと思われます。
本誌2007年8月号でも述べられているとおり、医師には、常に医療水準に則った診療を行う義務があり、医療現場では病院の設備やスタッフ等の問題から他院への転送が必要な場合や専門外である場合に、それが可能な病院へ転送する義務があります。また、転送義務がある場合でなくても、患者やその家族等から強固な転院希望があった場合等に他院への紹介を考えなければならない状態に陥ることもしばしばあります。
ただ、そのような場合であっても、転送にあたっては、医師には基本にかえった冷静な判断が必要であり、[1]適切な病院を選定し、受け入れ先の承諾を得たうえで、転送先の医師に対して各種検査の結果、所見、病歴、診療経過などの情報を報告して十分に説明すること、[2]転送の時期は患者の症状に照らし適切な時期に行うこと、[3]転送方法についても慎重に検討すべきこと、[4]患者へ転送にともなうリスク説明等を十分に行うことが要求されます。これらを履践することが、医療事故を未然に防ぐことにつながり、結局は、医療機関の側の防衛にもなると思われます。