債務不履行及び債務不履行と死亡との因果関係を認める
〈債務不履行〉
B医師は、平成4年10月5日、初診時の血糖値が289mgと高い数値であったことから、Aがそれほど重くない糖尿病に罹患していると判断し、尿素窒素とクレアチニンの数値から、軽い腎機能障害が生じているとも判断した。同日、B医師は、Aから、7、8年前から中間糖尿病と言われていたとの申告を受けているから、この申告と結びつけて考えれば、Aの腎機能障害が糖尿病を原因として生じているものであることを疑い、その糖尿病性腎症が早晩不可逆的な段階にまで悪化するかもしれないと予見することは容易であったと言うべきである。
糖尿病性腎症は、微量アルブミン尿の検査をすることにより、持続性蛋白尿発生以前の可逆的な時期に発見することができる。微量アルブミン尿は、糖尿病以外の疾患でも出現することが知られているので、糖尿病性腎症の存在を早期に特定するには、いったん糖尿病と診断されたら、1年に1回は微量アルブミンが出ていないかどうかを検査すべきである。
そうすると、B医師には、平成4年10月5日の時点で、Aが初期の糖尿病性腎症に罹患していることを疑い、これが早晩不可逆的な段階にまで悪化するかもしれないと予見して、これを回避するために、尿素窒素やクレアチニンの再検査、微量アルブミン尿の検査を行いながら厳格な血糖と血圧のコントロール等の治療を行うべき義務があったと認められる。
ところが、B医師は、Aの糖尿病は軽いので腎機能検査は行わなくて良いと判断し、交通事故後に外科で検査が実施されるまで尿素窒素やクレアチニンの再検査が行われることはなく、微量アルブミン尿の検査はいっさい行われなかった。
また、B医師は、Aに対し「太っているから腹八分目にして、毎日よく体を動かすように」という指示をしただけであり、これでは糖尿病の治療としての食事療法や運動療法を指導したことにはならない。加えて、糖尿病の進行程度を把握するために不可欠な血糖の検査も、初診の後は平成5年4月11日まで実施されておらず、Aに対し、厳格な血糖コントロールが行われていたとは認められないし、早期腎症に対する厳格な血圧コントロールが行われていたとも言えない。
したがって、被告病院には医療契約上の債務不履行があったと言わなければならない。
〈因果関係〉
Aの死因となった慢性腎不全の原因は糖尿病性腎症であったと認めることができる。交通事故前の8ヵ月間、尿素窒素やクレアチニンの検査は行われていないから、Aの腎機能が交通事故後に急激に悪化したかどうかは不明である。
Aの糖尿病に対し、早期腎症の段階で糖尿病性腎症を発見し、これに対する治療として厳格な血糖と血圧のコントロール等を行っていれば、少なくとも糖尿病性腎症の進行を遅らせることができたといえ、平成5年8月に人工透析を導入することにはならなかった蓋然性が高く、死亡時期も遅らせることができたと考えられる。
したがって、被告病院の債務不履行と糖尿病性腎症の悪化、そして死亡との間には相当因果関係があると認められる。