Vol.068 想定される重大事態については事前・事後の対策を万全にして臨むこと

~VBAC中の子宮破裂について医療機関の責任が認められた事例~

-福島地裁平成20年5月20日判決(平成14年(ワ)第114号損害賠償請求事件、控訴)-
協力:「医療問題弁護団」高木 康彦弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

 既往帝王切開後の経腟分娩(VBAC)については、子宮破裂のリスクがあり、またVBAC施行中に帝王切開に移行することも多いので、当初より帝王切開で臨む産科施設が多い。もしVBACを施行するのであれば、事前に妊婦のみならず家族に対して、予定帝王切開とVBACの利害得失を十分に説明し、同意を得て、緊急事態に対応できるように万全の準備で臨む必要がある。
本判決は、VBAC中の子宮破裂により、児が重度脳性麻痺となり、出生4年9ヵ月後に死亡した事案につき、医療機関の責任を認めた事例である。

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判決が認定した事実経過

X(昭和41年12月生)は、平成5年8月9日、同人が勤務していたY大学附属病院(以下「Y病院」という)で、双子を帝王切開術(子宮下部横切開)により出産していたが、平成6年12月1日、 Y病院を受診し(妊娠17週0日)、以後検診を受けていた。
平成7年5月9日、外来担当医師は、Xの子宮壁の厚さを測定した後、「2mmあるから大丈夫でしょう」などと発言した。
同月16日(妊娠40週5日)、XはY病院を午前中に受診したが、そのときの検査では、BPD(児頭大横径)99.9mm、子宮底長37cm、体重3667gと測定されていた。
同日午後11時30分、陣痛が始まり、その間隔が10分くらいになったので、Xは、同月17日午前0時15分、Y病院に入院となった。
当直の医師は、それまでXとは面識のない産科のA医師であり、当直助産婦はB助産婦ほか2名であった。
入院後、分娩室で、B助産婦は、Xの体重等を測定した(体重67kg、子宮底40cm)。午前1時9分すぎに行った内診及びエコー検査の結果、A医師は、異常な所見を認めず、助産婦に対し分娩監視装置の装着と浣腸の実施を指示して、当直室に戻った。
同日午前1時42分から2時15分ころまでの間、分娩監視装置によるモニタリングが実施されていた。このモニタリングでは、陣痛曲線の値が必ずしも正確な子宮内圧を示すものではないとしても、陣痛時には100mmHgを超える値を示していたが、B助産婦はモニタリングを中止し、Xは陣痛室に戻った。
午前3時10分ころ、B助産婦は、Xから腹緊時に「下の奥の方が痛い」との訴えがあったため内診を行ったところ、子宮口全開大であり、出血パッドに少量から中等量程度の出血があった。しかし、B助産婦は特に医師の診察を求めることもせず、Xを分娩室に車椅子で移動し、午前3時23分、午前2時15分以降行っていなかったモニタリングを再開した後、午前3時32分に分娩を促進するために人工破膜を施行した。その直後の児心音は140bpmであったが、午前3時35分、80bpmから50bpmに低下した。
児心音は回復せず、B助産婦はA医師を呼んだが、A医師は子宮破裂しているとはあまり考えないまま、児頭先進部下降度(SP)0~+1の位置から吸引分娩を試みた。2回目までは吸引カップを児に装着することができたが、これが滑落して娩出することができなかった。C助産婦は、右記吸引分娩とあわせて、Xの子宮底を圧迫するクリステレル胎児圧出術を行った。吸引分娩の3回目は児頭が上昇しており、吸引カップを装着できなかった。
A医師は3回目の吸引分娩後、午前3時38分、帝王切開を指示し、その直後、婦人科の当直医であったD医師が分娩室に到着した。D医師は、ただちに子宮破裂を疑い、超音波検査を行って子宮破裂との確定診断を行い、Xをストレッチャーで手術室に搬出することを指示した。しかし、手術室は鍵がかかっており、Xの血管確保は手術室の前で行われた。
午前3時50分ころ、Xを手術室に入室させた後、午前4時、麻酔を開始し、午前4時10分、呼び出されたE医師執刀による帝王切開手術が行われ、午前4時12分、女児が出生した(体重3438g)。
手術所見記録表には「皮膚の消毒時には既に正常な妊娠子宮の形態を認めず、胎児が直接触れるような印象を受けた。正中切開で腹膜を開くと同時に、胎児の体が直視できた。頭部は下方、頸管内に存在していた。胎児をすぐに引き出したが、特に抵抗もなく娩出できたが、仮死は相当のものと考えられた」と記載されていた。
女児は、重度脳性麻痺の後遺障害を負い、平成12年3月5日、急性肺炎を合併して死亡した。

裁判における争点

Xとその夫がY大学を相手方とした損害賠償請求訴訟では、(1)説明義務、(2)VBACの選択、(3)分娩監視上の注意義務違反及び帝王切開に移行すべき時期、(4)帝王切開に移行するまでの時間及びダブルセットアップ 体制などが争点となった。

争点に対する判断

結果との因果関係


裁判所は、次の2点において、結果との因果関係ある過失を認めた。
第一は、出産当日の午前3時10分ころの行為(不作為を含む)である。
「午前3時10分ころには、Xは、B助産婦に対し、『下の奥の方が痛い』と訴えているのであり、それまでにも陣痛が強いとも訴え、分娩監視装置の記録でも100mmHgを超える記録がされていたのであって、それが実際の値と合致するとは限らないとしても、かような記録があり、出血、局所的な痛みをXが訴えている以上、同人がVBACであること、しかも胎児の大きさや子宮壁の厚さに鑑みれば、この時点で医師の診察を仰ぐのが相当であった」
「B助産婦によりXの人工破膜が行われた午前3時32分ころから数分後(午前3時35分ごろ)に児心音が低下し、持続性徐脈が現れている。持続性徐脈の原因は、後の帝王切開時の所見によれば、子宮破裂により臍帯が圧迫されたためである。(中略)そうすると、破裂部位の菲薄化はそれ以前から生じていたことになり、切迫子宮破裂の状態にあったというべきであるから、Xが一定の部位の痛みを訴えたころに医師が診察していれば、切迫子宮破裂の診断ができた可能性があったと考えられるのであって、Y病院の医師等により慎重にXの分娩経過を観察すべき注意義務があったことからすれば、Xの訴え等により医師による内診や検査をして確認すべきであったといえる」
第二は、帝王切開移行準備義務違反である。
「VBACの試験分娩にあたり、帝王切開を決定してから手術に着手するまでの時間については緊急を要する場合が多く、短時間であればあるほど望ましい。
1988年のACOG(TheAmericanCollegeofObstetriciansandGynecologists)の報告では、30分以内が望ましいとされていたが、その後、18分以上になると障害を残す場合があることが報告されるなどし、また、日本においても、上記の時間を10分ないし15分であるとすべき意見や、実施している医療機関の報告がされるなどしており、より短時間であるほど望ましいとされていたのであって、上記30分は医療機関が遵守すべき基準として扱われていたものではなかった。(中略)胎児に影響が出ないための帝王切開が行われるまでの時間は、胎児の状態により緊急性の程度が異なることは当然であり、一律に基準として定めることができるものではない。(中略)本件では、胎児の持続性徐脈が発生していたのであり、上記の帝王切開への移行に遅れはなかったと評価できても、客観的には上記の時間では胎児に低酸素血症による重大な障害が発生する可能性を避け得なかったというほかはない」
「医療機関として一般的に取るべき体制と、Y病院において、Xの状態に対応してVBACにあたりいかなる注意義務を果たすべきであったかとは別の問題である。前記のとおり、Xは子宮壁の厚さが 2mmであり、胎児も大きめであったこと、経腟分娩の経験がないことなどからすれば、VBACによるべきでないとはいえないとしても、子宮破裂等により緊急帝王切開に至る可能性は高かったというべきであり、Y病院の医師としても、一般的に、VBACが結果的に帝王切開に移行する割合が3ないし4割程度あり、Xはその可能性が高いことを検査等により知っていたのであるから、本来、 XのVBACにあたっては、緊急の事態に対応できるようにすべきであった。
また、VBACの試験分娩開始後に、前記のようにXの陣痛が強いことが認められ、Xも強いことを訴えていたこと、限局した部位である『下の奥の方』の痛みを訴えていたのであるから、より一層、子宮破裂を確認する以前から、直ちに緊急帝王切開が行えるように準備しておくべきであったということができる」

被告病院の過失を認める


以上を述べたうえで、次のように判示した。
「分娩経過の監視及び適時の診察をして、子宮破裂等緊急事態にならないうちにVBACを止める判断をすべき注意義務と、緊急事態になっても迅速に対処できるように備えておくべき注意義務であるが、それは分娩時における一般的な注意義務に加え、Xの具体的な状態によって、Y病院において負うべき注意義務を前提として構成されているものである。
XのVBACは子宮破裂等の危険が高かったのであるから、Y病院は、一層、Xの分娩経過を注意深く監視すべき注意義務を負い、また、緊急の事態に対応すべき準備をしておくべきであったということができ、Y病院において、少なくとも前記のいずれかの注意義務が果たされていれば、本件の事態は避けられた可能性が高かったのであって、Y病院の過失が認められるというべきである」

判例に学ぶ

胎児に影響が出ないための帝王切開が行われるまでの時間は、胎児の状態により緊急性の程度が異なり、一律に基準として定めることはできません。VBAC施行中、子宮破裂の徴候がある場合にはただちに児を娩出することが必要になります。
判決は、ほかにも説明義務違反、助産婦が行った人工破膜が適切とは言えないこと、クリステレル胎児圧出術が事態をより悪化させたというべきであることなどを指摘しており、注意を要します。