結果との因果関係
裁判所は、次の2点において、結果との因果関係ある過失を認めた。
第一は、出産当日の午前3時10分ころの行為(不作為を含む)である。
「午前3時10分ころには、Xは、B助産婦に対し、『下の奥の方が痛い』と訴えているのであり、それまでにも陣痛が強いとも訴え、分娩監視装置の記録でも100mmHgを超える記録がされていたのであって、それが実際の値と合致するとは限らないとしても、かような記録があり、出血、局所的な痛みをXが訴えている以上、同人がVBACであること、しかも胎児の大きさや子宮壁の厚さに鑑みれば、この時点で医師の診察を仰ぐのが相当であった」
「B助産婦によりXの人工破膜が行われた午前3時32分ころから数分後(午前3時35分ごろ)に児心音が低下し、持続性徐脈が現れている。持続性徐脈の原因は、後の帝王切開時の所見によれば、子宮破裂により臍帯が圧迫されたためである。(中略)そうすると、破裂部位の菲薄化はそれ以前から生じていたことになり、切迫子宮破裂の状態にあったというべきであるから、Xが一定の部位の痛みを訴えたころに医師が診察していれば、切迫子宮破裂の診断ができた可能性があったと考えられるのであって、Y病院の医師等により慎重にXの分娩経過を観察すべき注意義務があったことからすれば、Xの訴え等により医師による内診や検査をして確認すべきであったといえる」
第二は、帝王切開移行準備義務違反である。
「VBACの試験分娩にあたり、帝王切開を決定してから手術に着手するまでの時間については緊急を要する場合が多く、短時間であればあるほど望ましい。
1988年のACOG(TheAmericanCollegeofObstetriciansandGynecologists)の報告では、30分以内が望ましいとされていたが、その後、18分以上になると障害を残す場合があることが報告されるなどし、また、日本においても、上記の時間を10分ないし15分であるとすべき意見や、実施している医療機関の報告がされるなどしており、より短時間であるほど望ましいとされていたのであって、上記30分は医療機関が遵守すべき基準として扱われていたものではなかった。(中略)胎児に影響が出ないための帝王切開が行われるまでの時間は、胎児の状態により緊急性の程度が異なることは当然であり、一律に基準として定めることができるものではない。(中略)本件では、胎児の持続性徐脈が発生していたのであり、上記の帝王切開への移行に遅れはなかったと評価できても、客観的には上記の時間では胎児に低酸素血症による重大な障害が発生する可能性を避け得なかったというほかはない」
「医療機関として一般的に取るべき体制と、Y病院において、Xの状態に対応してVBACにあたりいかなる注意義務を果たすべきであったかとは別の問題である。前記のとおり、Xは子宮壁の厚さが 2mmであり、胎児も大きめであったこと、経腟分娩の経験がないことなどからすれば、VBACによるべきでないとはいえないとしても、子宮破裂等により緊急帝王切開に至る可能性は高かったというべきであり、Y病院の医師としても、一般的に、VBACが結果的に帝王切開に移行する割合が3ないし4割程度あり、Xはその可能性が高いことを検査等により知っていたのであるから、本来、 XのVBACにあたっては、緊急の事態に対応できるようにすべきであった。
また、VBACの試験分娩開始後に、前記のようにXの陣痛が強いことが認められ、Xも強いことを訴えていたこと、限局した部位である『下の奥の方』の痛みを訴えていたのであるから、より一層、子宮破裂を確認する以前から、直ちに緊急帝王切開が行えるように準備しておくべきであったということができる」
被告病院の過失を認める
以上を述べたうえで、次のように判示した。
「分娩経過の監視及び適時の診察をして、子宮破裂等緊急事態にならないうちにVBACを止める判断をすべき注意義務と、緊急事態になっても迅速に対処できるように備えておくべき注意義務であるが、それは分娩時における一般的な注意義務に加え、Xの具体的な状態によって、Y病院において負うべき注意義務を前提として構成されているものである。
XのVBACは子宮破裂等の危険が高かったのであるから、Y病院は、一層、Xの分娩経過を注意深く監視すべき注意義務を負い、また、緊急の事態に対応すべき準備をしておくべきであったということができ、Y病院において、少なくとも前記のいずれかの注意義務が果たされていれば、本件の事態は避けられた可能性が高かったのであって、Y病院の過失が認められるというべきである」