Vol.069 チーム医療の総責任者が患者やその家族に対して負う説明義務

~チーム医療の総責任者が、手術についての説明を主治医に委ねた場合には、たとえ当該主治医の説明が 不十分であっても、説明義務違反の責任を負わないとされた事例~

-最高裁平成20年4月24日判決、平成18年(受)第1632号損害賠償請求事件(判例タイムズ1271号86頁、最高裁ホームページ)-
協力:「医療問題弁護団」鶴見 俊男弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

X(男性・当時67歳)は、平成11年1月、近医で大動脈弁狭さく及び大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術が必要であると診断された。Xは同年9月20日、A大学医学部附属病院の心臓外科に入院し、B医師がXの主治医となった。手術の執刀はC医師が行うこととなったが、同医師は、A大学医学部心臓外科教室の教授であり、チーム医療の総責任者であった。
手術前日の9月27日、主治医であるB医師は、Xに対し翌日に予定された手術の必要性、内容、危険性について説明したが、C医師自身は説明をしなかった。9月28日、C医師が術者、B医師らが助手となって大動脈弁置換術が行われたが、Xは手術翌日に死亡した(※1)。
Xの死亡について、Xの妻や子は、チーム医療の総責任者であるC医師らに対し、(1)手術手技上の過失、(2)手術についての説明義務違反を理由として、不法行為にもとづく損害賠償請求訴訟を提起した。
1審は、Xの妻らの(1)、(2)の請求をすべて棄却したが、2審の大阪高裁は、(2)の説明義務違反を認め、同義務違反とX死亡との因果関係は否定したが、患者の自己決定権を侵害したとしてC医師らに対し慰謝料の支払いを命じた(※2)。
これを不服として、C医師が上告、上告受理申立をしたのが本件である。

※1 原審が認定した、手術開始からX死亡までの事実経過は、以下のとおりである。
9月28日午前10時10分ころ、本件手術が開始されたが、Xの大動脈壁は、通常の大動脈壁と比較して、薄く、ぜい弱であった。C医師らは、人工弁を逢着して大動脈壁の縫合閉鎖をし、大動脈遮断を解除したが、血圧を上げると大動脈壁の縫合部から出血があり止まらなかった。そこで縫合を追加し、人工血管パッチを逢着する等したが、右冠状動脈の閉塞による心筋梗塞も疑われたため、同日午後10時36分ころから、Xに対し大動脈冠状動脈バイパス術が開始された。Xはバイパス術の終了後、ようやく体外循環から離脱することができたが、循環不全を克服することができず、翌29日午後2時34分ころ死亡した。

※2 原審(大阪高裁平成18年6月8日判決、平成17年(ネ)第9号)は、本件においては、
(1)臨床的には、大動脈の拡大があれば、大動脈壁がぜい弱であるとの推測が可能であるとされていること、
(2)動脈壁ぜい弱化の原因となる大動脈中膜の退行性変成を来す要因として、加齢、大動脈弁閉鎖不全、高血圧、粘液状弁等があること、
(3)大動脈が薄く、ぜい弱な症例は、高齢者の大動脈弁閉鎖不全、特に上行大動脈が拡大している場合かなりの頻度で見られること、
(4)大動脈弁置換術の縫合部からの中等度または重度の出血は、大動脈壁が薄く、中膜の退行性変成があると推測される症例において起こりやすいとされていること、
(5)本件手術当時、Xは高血圧症、脳梗塞、高脂血症の既往歴のある67歳の男性であり、大動脈弁閉鎖不全により大動脈弁置換術が必要であると診断されていたこと、
(6)Xに対する術前の胸部レントゲン撮影の結果及びCT像は、Xの胸部大動脈が、全体に拡張及び延長していることを示していたこと、
(7)平成11年1月29日にF病院で実施された心臓カテーテル検査の結果からみて、Xの左心室はそうとう弱っており、同時点ですでに心不全の状態であったこと
などの事実を認定し、これらの事実からすれば、C医師自身、本件手術前のXの大動脈弁閉鎖不全の状態が重症であることを認識していたことが認められるとした。
そのうえで、右記各事実に照らせば、本件病院におけるチーム医療の総責任者であり、かつ、実際に本件手術を執刀することになったC医師には、Xまたはその家族に対し、Xの症状が重症であり、かつXの大動脈壁がぜい弱である可能性もそうとう程度あるため、場合によっては重度の出血が起こり、バイパス術の選択も含めた深刻な事態が起こる可能性もありうることを説明すべき義務があったと言うべきであるとし、上記説明をしなかったC医師には、信義則上の説明義務違反があったとした。

関連情報 医療過誤判例集はDOCTOR‘S MAGAZINEで毎月連載中

判決

原判決の上告人敗訴部分を破棄


本判決は、チーム医療の総責任者の説明義務の内容について以下のように述べて、原判決の上告人敗訴部分を破棄し本件を原審に差し戻した。

(1)チーム医療として手術が行われる場合、チーム医療の総責任者は、条理上、患者やその家族に対し、手術の必要性、内容、危険性等についての説明が十分に行われるように配慮する義務を有すると言うべきである。

(2)しかし、チーム医療の総責任者は右記説明を常に自ら行わなければならないものではなく、手術にいたるまで患者の診療にあたってきた主治医が右記説明をするのに十分な知識、経験を有している場合には、主治医に右記説明を委ね、自らは必要に応じて主治医を指導、監督するにとどめることも許されるものと解される。そうすると、チーム医療の総責任者は、主治医の説明が十分なものであれば、自ら説明しなかったことを理由に説明義務違反の不法行為責任を負うことはないと言うべきである。

(3)また、主治医の右記説明が不十分なものであったとしても、当該主治医が右記説明をするのに十分な知識、経験を有し、チーム医療の総責任者が必要に応じて当該主治医を指導、監督していた場合には同責任者は、説明義務違反の不法行為責任を負わないと言うべきである。このことはチーム医療の総責任者が手術の執刀者であっても変わることはない。

これを本件についてみると、前記事実関係によれば、上告人は、自らXまたはその家族に対し、本件手術の必要性、内容、危険性等について説明をしたことはなかったが、主治医である B医師が上記説明をしたというのであるから、B医師の説明が十分なものであれば、上告人が説明義務違反の不法行為責任を負うことはないし、B医師の説明が不十分なものであったとしても、 B医師が上記説明をするのに十分な知識、経験を有し、上告人が必要に応じて、B医師を指導、監督していた場合には、上告人は説明義務違反の不法行為責任を負わないと言うべきである。
ところが、原審は、B医師の具体的な説明内容、知識、経験、B医師に対する上告人の指導、監督の内容等について審理、判断することなく、上告人が自らXの大動脈壁のぜい弱性について説明したことがなかったというだけで上告人に説明義務違反を理由とする不法行為責任を認めたものであるから、原審の判断には法令の解釈を誤った違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるとした。

判例に学ぶ

医療技術の進歩や専門分化にともなって、チーム医療という診療形態が常態化していますが、かかる診療体制のもとで手術が行われる場合、その総責任者は患者や家族に対し、いかなる説明義務を負うのでしょうか。
本判決は、従来あまり論じられてこなかったチーム医療の総責任者の説明義務についての最高裁の判断です。今後、本判決は、先例として裁判実務に影響を与えていくことになると思われます。
本判決は、まずチーム医療の総責任者の説明義務につき「チーム医療として手術が行われる場合、チーム医療の総責任者は、条理上、患者やその家族に対し、手術の必要性、内容、危険性等についての説明が十分に行われるように配慮する義務を有すると言うべきである」としました。
つまり、チーム医療の総責任者の義務は、説明が十分に行われるように「配慮すべき義務」であり、直接自らが説明すべき義務とはされていません。したがって、主治医等に説明を委ね、自ら説明を行わなくても、それだけでは説明義務違反は成立しないということになります。チーム医療の現場において、常に総責任者が説明しなければならないとするのは困難であり、実際的でないという配慮がうかがえます。
しかし、他方で、チーム医療の総責任者が、主治医に手術の必要性等の説明を委ねた場合にはいっさい責任を負わないとするのも、説明義務の重要性からして妥当とは思われません。
そこで本判決は、チーム医療の総責任者に対し、説明が十分に行われるように「配慮すべき義務」を課しました。具体的には、チーム医療の総責任者が主治医に説明を委ねる場合には、当該主治医が上記説明をするのに十分な知識、経験を有する者であることが必要となるのであり、さらに必要に応じて説明が十分に行われるように当該主治医を指導、監督しなければならないのです。そして、チーム医療の総責任者が、これらの義務を尽くしていれば、たとえ主治医の説明が不十分であったとしても、同責任者は説明義務違反の不法行為責任を負わないとしたのです。
したがって、本判決は、チーム医療の総責任者の説明義務を否定したものではなく、右記のような意味での「配慮すべき義務」として、これを肯定したものと言えるでしょう。