(1)1月19日の時点でくも膜下出血が発生していたかどうか
判決は、次の理由により、1月19日の時点でくも膜下出血が発生していたと認めた。
くも膜下出血と髄膜炎は臨床症状の多くが共通しているため、臨床症状のみによって、両者を鑑別することは困難である。頭痛の程度や起こり方、発熱の有無についても非典型的な症例が認められることから鑑別の決め手とはなりえない。通常はCT写真上において出血所見が認められるかどうかが最大の鑑別方法となるが、出血量が少ない場合や出血後数日を経過している場合は、 CT写真上異常所見が認められなくても、くも膜下出血を否定できない。そこで、髄液検査において血性髄液ないしキサントクロミーが認められるかどうかが重要な鑑別ポイントのひとつとなる。他方で、髄液中の細胞数や細胞の種類は、髄膜炎の種類やくも膜下出血を鑑別する際の目安とはなるが、両者を確定的に鑑別することはできない。したがって、1月19日及び21日に実施された髄液検査結果において認められたキサントクロミーは、くも膜下出血を疑わせる重要な徴表と言える。
Y病院は、同キサントクロミーはトラウマティックタップによるものと主張するが、鑑定人によれば、実際の臨床では出血から数日間は、血性髄液のために赤色調が主であり、出血から4、5日以降にキサントクロミーとなることが多いとし、文献にもビリルビンによる黄色は1週間ぐらいでピークになると記載されている。したがって、検査によって認められたキサントクロミーは、トラウマティックタップによるものではなく、同月13日ころに発生したくも膜下出血によるものと認めるのが相当である。
(2)B医師、C医師の過失の有無
1月19日に髄膜炎と診断したB医師には過失は認められない。なぜなら、Xが同月13日ころに頭痛を発症して以降の臨床症状は、いずれもくも膜下出血及び髄膜炎に共通する症状であるうえ、頭痛の程度は典型的なくも膜下出血の症状の程度と比較すれば軽度であると認められ、発熱という一般的にはくも膜下出血の典型的な臨床症状とはされていない症状も認められていたこと、血液検査で炎症所見が認められたこと、同月19日のCT写真には出血を疑わせる所見は認められていないこと、また、髄液検査の肉眼的所見で淡血性であったことについて、髄液検査の際に手間取り少量の出血があったことからトラウマティックタップによるものと判断したことは、その時点において詳細な検査結果が報告されておらず、あながち不合理な判断と言えないこと、 Xは当時28歳でくも膜下出血の好発年代ではなかったこと等を総合的に考慮すると、同月19日の時点で一般内科医が髄膜炎を疑ったとしても無理からぬことと言うべきであり、積極的にくも膜下出血を疑って鑑別診断を進めるべき義務があったとまでは認められない。
1月21日に髄膜炎と診断したC医師には、過失が認められる。なぜなら、1月19日及び21日に実施された各髄液検査において認められたキサントクロミーは、くも膜下出血を疑わせる重要な徴表だからである。
C医師は脳や脊髄領域における内科的疾患を日常的に取り扱う神経内科医であり、キサントクロミーがくも膜下出血を疑わせる重要な徴表であることは認識していたものと推認され、 1月19日及び21日の2回の髄液検査において、いずれもキサントクロミーという結果が出たことを認識した時点で、くも膜下出血を確実な根拠をもって否定する状況にはなかった以上、慎重にくも膜下出血の可能性も疑い、脳神経外科医に紹介するなどして鑑別診断を進めるべきであった。しかるに、C医師は、キサントクロミーはトラウマティックタップの影響によるものと速断し、髄膜炎と診断した結果、さらなる鑑別診断を進めることを怠り、くも膜下出血を見落とした過失が認められる。
(3)因果関係の有無について
C医師が、1月21日の時点でXを脳神経外科医に紹介するなどしていれば、MRIやCTを用いた脳血管撮影検査が行われることにより、くも膜下出血及び脳動脈瘤の存在が確定的に診断されていた可能性はきわめて高く、その場合、破裂脳動脈瘤に対し早急にクリッピング術などの再破裂を予防するための処置がとられることとなり、2月9日に発症したような重篤なくも膜下出血を防止することができたことが認められる。
C医師の過失がなければ、Xに発症した後遺障害が生じなかった高度の蓋然性が認められ、Y病院は、不法行為責任(使用者責任)にもとづきXが被った損害を賠償すべき義務がある。