Vol.070 類似症状を示す複数疾患の鑑別診断は慎重に

~軽度くも膜下出血を髄膜炎と誤診した神経内科医の過失が認められた事例~

-大阪地裁平成18年7月28日判決、平成16年(ワ)第7198号-
協力:「医療問題弁護団」小倉 京子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

    事件内容

     頭痛と発熱を訴え、前医から「髄膜炎の疑い」との診断を受けてY病院に来院した患者X(当時28歳・男性)に対し、複数の医師による髄膜炎との診断を経た後、神経内科医が担当医となり、ウイルス性髄膜炎と診断して治療を行い、軽快したとして退院させた。しかしXは、退院から7日目にくも膜下に大出血を起こして重度の後遺症を残す結果となった。
    本件は、Y病院入院時にXが軽度くも膜下出血を起こしていたかどうか、Y病院の医師らは軽度くも膜下出血の診断をすることが可能であったかどうか、くも膜下出血の診断にもとづく治療が行われていれば後の大出血を防止することが可能であったかどうかが、争われた事案である。
    判決は、Xは軽度くも膜下出血を起こしており、Y病院の神経内科医はくも膜下出血の診断が可能であり、治療を行っていれば大出血が防げたとして、Y病院の責任を認めた。

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    事実経過

    Xは、平成14年1月13日ころから頭痛と関節痛を訴え、同月15日から19日までPクリニックに通院した。同月19日、頭痛、熱発がつづき、頸部硬直も認められたため、Pクリニックの医師は傷病名を「髄膜炎の疑い」とした診療情報提供書を作成した。
    Xは、同日Y病院救急内科でA医師の診察を受けた。A医師は、Xが持参した診療情報提供書を見て髄膜炎を疑い、Xを入院させた。同日午後1時ころ、当直医であるB医師(糖尿病を専門領域とする内科医)が腰椎穿刺により髄液を採取したところ、肉眼的に淡血性で混濁していたが、これをトラウマティックタップによるものと判断し、ヘルペス髄膜炎や細菌性髄膜炎を疑い、抗生物質の投与を開始した。また、頭部単純CT撮影検査の結果、脳浮腫の傾向があると判断し、抗脳浮腫剤であるグリセオールの投与も開始した。その後Xは、断続的に頭痛を訴え、37℃台の発熱もあったため、同日夕方から翌朝にかけて4回坐薬の挿肛を受けた。
    同月20日、別の当直内科医が診察したところ、頭痛の訴えが強く、体温は37・6℃であり、項部硬直が強く認められたが、四肢脱力はなく、知覚は正常で、てんかん(痙攣)も認められなかった。同医師は、グロベニンとリンデロンを投与した。Xは、頭痛のため、同日午後0時ころと同5時30分ころの2回坐薬の投与を受けた。
    同月21日、神経内科を専門とするC医師がXを診察したところ、Xは、まだ頭痛はあるが坐薬の効く時間が長くなっていると述べた。同医師は各種神経学的検査を実施した結果、意識障害や知覚異常を認める徴候はないが、項部硬直及びケルニッヒ徴候の髄膜刺激症状が認められるとの所見を得た。C医師は髄液検査も実施、肉眼的にキサントクロミーが認められたが、B医師から同月19日に行われた髄液検査において髄液採取に手間取り出血があったと聞いていたので、同日の検査で認められたキサントクロミーは、19日の出血の影響によるものと考えた。同医師は、頭部単純及び造影CT撮影検査を実施し、同月19日に撮影されたCT写真もあわせて見たが、特記すべき異常所見はないと判断した。
    C医師は、これらの検査所見やそれまでの臨床経過等から、髄膜炎と診断し、抗ウイルス剤を投与する一方、抗生物質は常用量しか投与しなかったにもかかわらず、髄液細胞数の減少が認められ、髄液糖の低下が認められなかったことなどから、細菌性ではなく、ウイルス性髄膜炎の可能性が高いと判断した。同年2月2日、Xはウイルス性髄膜炎が軽快したとしてY病院を退院した。
    同月9日午後5時20分ころ、Xは自宅において意識のない状態で倒れているところを母親に発見され、M救急センターに搬送。頭部CT撮影検査において、右シルビウス裂を中心に中脳周囲にも広がるびまん性くも膜下出血及び右側頭葉硬膜下血腫が認められ、D医師の執刀により、破裂動脈瘤クリッピング術、硬膜下血腫除去術、脳槽ドレナージ、硬膜外減圧術が実施された。なお、D医師は同手術の際、視神経の周囲にやや褐色を帯びた所見を認めたため、以前に出血があった可能性があると考えた。
    その後Xは、M救急センターで、脳低温療法、バルビツレート昏睡療法、脳室腹腔シャント術及び頭蓋形成術、従前のシャントチューブ抜去術、人工骨除去術及び再度の脳室腹腔シャント術、硬膜外血腫を除去するための開頭血腫除去術等の治療を受けた後、同年10月21日から平成15年11月29日まで、別の2ヵ所の病院でリハビリを行ったが、医師により左上下肢運動障害(神経麻痺、筋力低下)と診断され、同年9月30日、症状が固定したものと判断された。

    判決

    (1)1月19日の時点でくも膜下出血が発生していたかどうか

    判決は、次の理由により、1月19日の時点でくも膜下出血が発生していたと認めた。
    くも膜下出血と髄膜炎は臨床症状の多くが共通しているため、臨床症状のみによって、両者を鑑別することは困難である。頭痛の程度や起こり方、発熱の有無についても非典型的な症例が認められることから鑑別の決め手とはなりえない。通常はCT写真上において出血所見が認められるかどうかが最大の鑑別方法となるが、出血量が少ない場合や出血後数日を経過している場合は、 CT写真上異常所見が認められなくても、くも膜下出血を否定できない。そこで、髄液検査において血性髄液ないしキサントクロミーが認められるかどうかが重要な鑑別ポイントのひとつとなる。他方で、髄液中の細胞数や細胞の種類は、髄膜炎の種類やくも膜下出血を鑑別する際の目安とはなるが、両者を確定的に鑑別することはできない。したがって、1月19日及び21日に実施された髄液検査結果において認められたキサントクロミーは、くも膜下出血を疑わせる重要な徴表と言える。
    Y病院は、同キサントクロミーはトラウマティックタップによるものと主張するが、鑑定人によれば、実際の臨床では出血から数日間は、血性髄液のために赤色調が主であり、出血から4、5日以降にキサントクロミーとなることが多いとし、文献にもビリルビンによる黄色は1週間ぐらいでピークになると記載されている。したがって、検査によって認められたキサントクロミーは、トラウマティックタップによるものではなく、同月13日ころに発生したくも膜下出血によるものと認めるのが相当である。

    (2)B医師、C医師の過失の有無

    1月19日に髄膜炎と診断したB医師には過失は認められない。なぜなら、Xが同月13日ころに頭痛を発症して以降の臨床症状は、いずれもくも膜下出血及び髄膜炎に共通する症状であるうえ、頭痛の程度は典型的なくも膜下出血の症状の程度と比較すれば軽度であると認められ、発熱という一般的にはくも膜下出血の典型的な臨床症状とはされていない症状も認められていたこと、血液検査で炎症所見が認められたこと、同月19日のCT写真には出血を疑わせる所見は認められていないこと、また、髄液検査の肉眼的所見で淡血性であったことについて、髄液検査の際に手間取り少量の出血があったことからトラウマティックタップによるものと判断したことは、その時点において詳細な検査結果が報告されておらず、あながち不合理な判断と言えないこと、 Xは当時28歳でくも膜下出血の好発年代ではなかったこと等を総合的に考慮すると、同月19日の時点で一般内科医が髄膜炎を疑ったとしても無理からぬことと言うべきであり、積極的にくも膜下出血を疑って鑑別診断を進めるべき義務があったとまでは認められない。
    1月21日に髄膜炎と診断したC医師には、過失が認められる。なぜなら、1月19日及び21日に実施された各髄液検査において認められたキサントクロミーは、くも膜下出血を疑わせる重要な徴表だからである。
    C医師は脳や脊髄領域における内科的疾患を日常的に取り扱う神経内科医であり、キサントクロミーがくも膜下出血を疑わせる重要な徴表であることは認識していたものと推認され、 1月19日及び21日の2回の髄液検査において、いずれもキサントクロミーという結果が出たことを認識した時点で、くも膜下出血を確実な根拠をもって否定する状況にはなかった以上、慎重にくも膜下出血の可能性も疑い、脳神経外科医に紹介するなどして鑑別診断を進めるべきであった。しかるに、C医師は、キサントクロミーはトラウマティックタップの影響によるものと速断し、髄膜炎と診断した結果、さらなる鑑別診断を進めることを怠り、くも膜下出血を見落とした過失が認められる。

    (3)因果関係の有無について

    C医師が、1月21日の時点でXを脳神経外科医に紹介するなどしていれば、MRIやCTを用いた脳血管撮影検査が行われることにより、くも膜下出血及び脳動脈瘤の存在が確定的に診断されていた可能性はきわめて高く、その場合、破裂脳動脈瘤に対し早急にクリッピング術などの再破裂を予防するための処置がとられることとなり、2月9日に発症したような重篤なくも膜下出血を防止することができたことが認められる。
    C医師の過失がなければ、Xに発症した後遺障害が生じなかった高度の蓋然性が認められ、Y病院は、不法行為責任(使用者責任)にもとづきXが被った損害を賠償すべき義務がある。

    判例に学ぶ

    本件は一連の症状から複数の疾患が疑われる場合について、クリニック医師、救急内科医、当直内科医2名の合計4名の医師による髄膜炎との診断を経た後、最後に担当医となった医師の過失が認められた事案です。前医の診断に影響されたため、検査結果を見誤った疑いが拭いきれません。前医の診断は参考にすべきであっても、自分なりに慎重に検討し、診断することが求められます。患者が症状を訴えてから日数がたち、複数の医師の診断を経ている場合、より多くのデータがそろい、むしろ正確な診断が可能だと考えることもできます。
    また、本件では、客観的なデータだけでなく、C医師が神経内科医という専門性を有していたことが、過失認定において考慮されており、専門分野においては医師により慎重な診断が求められることを示しています。