Vol.072 医師・医療機関の応召義務

~診療拒否が正当化される場合とは~

-神戸地裁平成4年6月30日、判例タイムズ802号196頁、判例時報1458号127頁-
協力:「医療問題弁護団」松田 耕平弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

平成元年5月14日午後8時10分ころ、20歳男性が交通事故で肺挫傷、気管支破裂の瀕死の重症を負い、午後8時29分ころ、救急車により事故現場近くのA病院に搬送された。同病院の医師は、当該患者が死亡する可能性の高い「第3次救急患者」だと診断し、救急車の救急隊員に救命救急センターへの搬送を指示した。
その後、指示を受けた救急車が、消防局管制室を通じて当該地域の第3次救急医療機関に指定されていた被告病院に、受け入れが可能かどうかを問い合わせたところ、被告病院には当時少なくとも11名の当直医師がいたが、同病院の受付担当者が夜間救急担当医師の指示を受け、管制室の連絡に対し、「今日は整形も脳外科もいない、遠いし、こちらでは取れません」などと応答した。
そこで、午後8時39分ころ、今度はB病院に患者の受け入れを要請したが、手術中のため受け入れられないとの回答であり、午後8時48分ころC病院に連絡したところようやく受け入れる旨の回答があったため、患者は午後9時13分ころC病院に収容された。C病院では、患者の収容後、ただちに同人に対する応急処置を行い、5月15日午前1時ころから両側開胸手術を実施。同手術は、午前6時ころに終了したが、患者は同日午前6時50分、前記受傷に起因する呼吸不全により死亡した。
以上の経過のもと、患者の遺族5名は被告病院を相手どり、診療拒否による損害賠償として各40万円(合計200万円)の慰謝料の支払いを求め提訴した。

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判決

被告病院の応召義務違反を認める

(1)医師の応召義務

判決は、「診療に従事する医師は、診察治療の要求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定する医師法19条1項について「医師の応召義務を規定したものと解されるところ、同応召義務は直接には公法上の義務」であるため、「医師が診療を拒否した場合でも、それがただちに民事上の責任に結びつくものではない」と判断した。つまり、診療拒否という公法上の義務違反があっても、これにより必ずしも民事上の損害賠償責任が生じるものでないことを明らかにしている。
しかし、一方で、「(医師の)応召義務は患者保護の側面をも有すると解されるから、医師が診療を拒否して患者に損害を与えた場合には、当該医師に過失があるという一応の推定がなされ、同医師において同診療拒否を正当ならしめる事由の存在、すなわち、この正当事由に該当する具体的事実を主張・立証しないかぎり、同医師は患者の被った損害を賠償すべき責任を負うと解するのが相当である」と判断。医師が診療拒否をした場合は、診療拒否につき原則として過失、すなわち診療義務違反があると推定され、診療を拒否したことについて過失がないこと(=診療を拒否する正当な理由があったこと)を医師が具体的に主張・立証して成功しなければ、医師は診療義務違反があるとされ、損害賠償義務を負うとした(主張・立証責任の転換)。
また、病院の応召義務についても、「医師が公衆又は特定多数人のため、医業をなす場所であり、傷病者が科学的で且つ適切な診療を受けることができる便宜を与えることを主たる目的として組織され、且つ、運営されるものでなければならない(医療法1条の2第1項〈当時〉、現第1条の5)ため、病院も、医師と同様の診療義務を負うと解するのが相当である」として、これを認めつつ、さらに病院所属の医師が診察拒否をした場合は、「当該病院の診療拒否となり、一応推定される過失も同病院の過失になると解するのが相当である。なぜなら、当該診療拒否は当該病院における組織活動全体の問題であり、ここで問題にされる過失は、いわば組織上の過失だからである」として、医師の診療拒否があった場合には、診療拒否に関する病院の組織上の過失が推定され、病院側において診療拒否したことにつき、組織運営上、正当な理由があると具体的に主張・立証する必要があると判断した。

(2)正当事由の存否

以上を前提に、被告病院が診療拒否をしたことにつき、正当事由があるか否かについて判断することになる。
この点について、被告病院は以下の4点を正当事由として主張した。
[1]被告病院が所在する地域の救急医療体制は、救急患者の容態に合わせ第1次から第3次体制まで分類されるなど整備充実しており、本件事件当時、患者を受け入れることができたのは被告病院に限られなかった
[2]夜間救急担当医師が診察中であった
[3]受け入れの可否を打診された当時、当該患者の症状に対応する専門医がいなかった
[4]本件事故当日、被告病院は、医療情報センター(救急医療活動を円滑に運営するための救急医療関係者に対する救急医療情報を一手に掌握している機関)に対し、あらかじめ脳外科及び整形外科の両専門医師が夜間救急において宅直のため両診療科目休診という届け出をしていた

判決は[1]~[4]の主張は左記のとおり、いずれも正当事由には該当しないとして被告病院の責任(診療義務違反)を認め、患者の遺族ひとり当たり各30万円(合計150万円)の支払いを命じた。
[1]の主張については、本件患者が第3次救急患者に該当したこと、当時の当該地域における第3次救急医療機関が、被告病院とB病院の2院に限られていたこと、第3次救急医療機関の存在目的等からすれば、「第三次救急医療機関である被告病院が当該地域における第一次、第二次救急医療機関の存在をもって本件診療拒否の正当事由とすることはできない」として排斥した。
[2]の主張については、「確かに、医師が診療中であること、特に当該医師が手術中であることは、診療拒否を正当ならしめる事由の一つになり得る」としつつも、被告病院には当時、患者の本件受傷と密接に関連する診療科目である外科の専門医師が存在したところ、連絡を受けた当時、当該医師がいかなる診療に従事していたのかなどについて、被告病院の具体的な主張・立証がない以上、「未だ被告病院の本件診療拒否を正当ならしめる事由の存在(=担当医が手術中であったこと)を認めるに至らない」とした。
これは、前記のように診療拒否の場合には被告病院の過失が推定されるため、被告病院において当該専門医が連絡を受けた当時、診療中(手術中)であったことを具体的に主張・立証する必要があったにもかかわらず、これをしなかったために、その不利益(正当事由がないと認定されること)を被告病院が負ったものである。
[3]の主張についても、「確かに、担当医師不在は、場合によって診療拒否の正当事由となり得る」としつつ、本件では患者の受傷と密接な関連を有する外科専門医師が本件連絡時、夜間救急担当医師として在院していたこと、及び被告病院が「救急車が現実に被告病院まで患者を搬送して来たならば、被告病院において患者を必ず受入れていた」趣旨の主張をしていることなどから正当事由にあたらないと判断した。
[4]の主張についても、「確かに、医師の不在等の場合に、あらかじめ搬送機関(医療情報センター)にその旨を通知する等の適切な措置がなされれば、不在の責は問われないとの見解(『救急病院等を定める省令の基準について』昭和39年10月14日総74号厚生省医務局総務課長通知)も存在」するとしつつも、「本件患者に対する診療拒否に限っていえば、専門医師が被告病院に現実に在院していなくても、そのことからただちに同診療拒否を正当ならしめる事由としての医師の不在となり得」ず、「医療情報センターに対する形式的な右届け出によって変更されるいわれはない」と判断した。

判例に学ぶ

本件事例のほかに、「満床」という理由が診療拒否の正当事由となるかどうかが争われた事例(千葉地裁昭和61年7月25日、判例時報1220号118頁、判例タイムズ634号196頁)もあります。同事例では、医師法19条1項の「正当な事由」とは、原則として医師の不在または病気等により事実上診察が不可能である場合を指しますが、診療を求める患者の病状、診療を求められた医師、または病院の人的・物的能力、代替医療施設の存在等の具体的事情によっては、ベッド満床も正当事由にあたると解せられる、としながらも、昼間の時間帯で小児科医3人が、現に外来患者の受けつけ中であったこと、病院側も受け入れを拒否すれば患者が1~2時間を要する遠方に行かなければならないことを認識していたこと、全体で300床を超える入院設備があり、とりあえずは救急室か外来のベッドで応急の治療を行うことも可能であった等の理由から、正当事由にあたらないと判断されました。
このように、診療拒否の正当事由の判断にあたっては、患者の病状に対応する専門医またはこれに密接な関連を有する専門医がいたかどうか、いたとしても当該専門医が手術中など本当に手が離せない状況であったかどうか、当面の治療も実施できないほどに「満床」と言える状態であったかどうか、近くに他の収容先があるかどうか、などの諸事情をもとに総合的な判断がなされますが、裁判上はこれら要素に関し、医師・医療機関の過失を推定しつつ、厳格に考える傾向にあります。
最近でも、救急搬送患者のたらいまわしにより死亡したり、重篤な後遺障害を負ったという事例が数多く報道され、社会問題となっています。今回紹介した裁判例は、こうした状況の中における医療機関のあるべき姿勢を示すものと言えます。
しかし、個々の病院の対応だけでは解決できない面も、少なからずあると思われます。国は、このような状況も踏まえて、救急医療体制の構築を含む充実した医療政策の実現を急ぐべきではないでしょうか。