摂食中の見守りを怠った点につき担当看護師らの過失を認める
(1)おにぎり提供についての過失の有無
本件病院が、嚥下状態が悪い患者に対して嚥下しやすい工夫がされていないおにぎりを提供したことは適当ではなかったと言わざるをえないが、当時、患者の食欲不振解消が重要事項となっており、そのために患者自身の希望に沿って提供されたものであったこと、これまでおにぎりを摂食した際に咽せたことはなく、歯肉を利用するなどしておにぎりを咀嚼すれば嚥下可能であり、注意して嚥下する限り誤嚥しないことを考慮すれば、おにぎりの提供自体がただちに過失とまでは断じられないとして、おにぎりを提供したことの過失は否定した。
(2)義歯を装着しなかったことについての過失の有無
患者は老人性認知症状も呈しており、看護師の説得に、応じることは期待できず、また、看護師が嫌がる患者本人に強制的に義歯を装着することも実際上不可能と言わざるをえず、このことは、本件事故当日の朝食時も義歯の装着を拒否したため、担当看護師は義歯を装着しないままパンを食べさせざるをえなかった点からもうかがえるとし、担当看護師が、夕食提供の際に義歯の装着を勧めたにもかかわらず拒否された場合にまで、義歯を装着すべき義務があったと解することはできないとして、義歯を装着しなかった過失を否定した。
(3)見守りについての過失の有無
担当看護師の供述内容は、変遷しており、また、看護日誌の記載も担当看護師が行っていたことからすれば夕食を与えた後、約5分おきに患者の状態を確認していたという主張を安易に採用できず、むしろ看護日誌の訂正前の記載によれば18時5分におにぎりを提供後、18時35分になって病室を訪れて窒息状態の患者を発見するまでの間、患者の摂食の様子を見守っていなかったと推認するのが相当である、との判断を示した。
そして、患者は、軽度ではあるが嚥下障害がつづき、担当看護師は、本件事故前日の朝食時に牛乳を飲ませた際に患者が咽せたことを現認し、また、誤嚥防止のため義歯を装着させるように指示されていることを認識しており、しかも、夕食を提供する際に義歯装着を勧めたが拒否されたため義歯を装着させないまま嚥下しにくい食物であるおにぎりを提供したのであるから、よりいっそう誤嚥の危険性を認識していたと言うべきであり、このような場合、担当看護師としては、患者が誤嚥して窒息する危険を回避するため、介助して食事を食べさせる場合はもちろん、患者が自分ひとりで摂食する場合でも、一口ごとに食物を咀嚼して飲み込んだか否かを確認するなどして、患者が誤嚥しないように注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があり、仮に他の患者の世話などのために患者のもとを離れる場合でも、頻回に見まわって摂食状況を見守るべき注意義務があったと言うべきであるとし、それにもかかわらず、担当看護師はこれを怠り、摂食・嚥下の状況を見守らずに約30分間も病室を離れていたため、おにぎりを誤嚥して窒息したことに気づくのが遅れたのであるから、この点につき過失がある、と認定した。
なお、本判決では、仮に主張に従って5分程度の間隔で摂食状況を確認していたとしても、誤嚥する危険性が高かったのであるから、準夜帯で看護師の人数が少なく夕食の世話をすべき患者が多いことを考慮に入れても5分おきの見まわりでは足りず、少なくともより頻回な見まわりをすべきであったとし、このことはフリーの看護師が応援する体制となっていたのであるから、当時の看護体制をもってしても過失を否定できない、との判断も示している。