Vol.073 高齢の入院患者と療養上の世話

~おにぎりの誤嚥により、患者が窒息して死亡した事故~

-福岡地方裁判所平成19年6月26日判決、判例時報1988号56頁、月刊民事法情報264号50頁-
協力:「医療問題弁護団」藤田 裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事案の概要

 本件は福岡県が設置・経営していた本件病院に入院していた患者(当時80歳)が、夕食として提供されたおにぎりを誤嚥して窒息する事故に遭い、意識が回復しないまま、およそ9ヵ月後に死亡した事案である。
遺族が担当看護師及び福岡県に対して損害賠償の請求をし、裁判所は過失を認定して、2882万8613円の支払いを命じた。

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事案の内容

 本件患者には老人性認知症、前立腺肥大、高血圧、高尿酸血症の既往があり、介護老人保健施設に入所していたが、食欲不振及び発熱のために本件病院に入院し、尿路感染症、誤嚥性肺炎、認知症等と診断されて治療を受け、一度退院するも発熱、食欲不振がつづき、食欲低下改善のため本件病院に再入院して本件事故に遭った。
なお、本件病院に再入院後、抗菌薬を投与したところ発熱が治まり、その後、腹部症状も改善したが、食欲低下は改善しなかった。本件病院の担当医は経過観察とし、転院先を探したが、適当な病院が見つからない状況であった。
本件患者は歯の欠損が多く、再入院中に歯科医を受診し、抜歯したうえで上下義歯を作製した。
歯科医師は、看護師に対し、現在の口腔状態では誤嚥の危険性があるため上下義歯を装着して咀嚼させるように指示した。看護師は、看護日誌に「左上歯銀歯グラツキあり。食事摂取時は必ず義歯装着のこと。誤嚥危険大」と記載して指示を引き継いだ。
事故当日、担当看護師は、本件患者に夕食としておにぎりを提供したが、患者が義歯を入れると痛いと述べて拒否したため義歯を装着しなかった。担当看護師が他の患者の看護のために病室を離れている間、患者はおにぎりを誤嚥して窒息し、心肺停止状態となった。その後、病室に戻った担当看護師により発見され、医師らにより、ただちに食物残渣の除去(摂取したおにぎりの量、誤嚥したおにぎりの量は不明)、気管内挿管等の蘇生処置が行われ、30分後に心拍動が再開したものの意識を回復することなく、およそ9ヵ月後に呼吸不全で亡くなった。
なお、本件病院は看護師が3交替制で勤務時間帯によって看護師の人数が異なり、準夜帯や深夜帯では入院患者6名に看護師1名未満が配置されていた。本件事故は、準夜帯(午後5時から翌午前1時までの勤務時間帯)に発生したが、準夜帯は比較的症状の軽い患者16名をAチーム、重症患者及び本件患者のように個室に入院している患者7名をBチームとし、それぞれ看護師1名が担当し、3人目の看護師がAチームの応援をしつつ、いわゆるフリー業務として状況に応じてBチームの応援も行う体制であった。担当看護師はBチームの担当だった。

争点

 本件の争点は、[1]本件事故当時、患者の嚥下状態が悪かったにもかかわらず、咀嚼・嚥下しにくいおにぎりを提供した過失、[2]歯科医師から食事摂取時は必ず義歯を装着させるように指示されていたにもかかわらず、義歯を装着させなかった過失、[3]誤嚥しないように、また、誤嚥した場合にただちに吐き出させるため見守りをすべきであったにもかかわらず、これを怠った過失の3点である。
病院側は、[1]本件事故当時、患者の嚥下状態は改善しており、主食がおにぎりに変更されてからも特に問題なかった、[2]歯科医師からの義歯の装着についての指導は、義歯を装着しない場合に食物ではなく銀歯を誤嚥する危険があるという趣旨であった、[3]夕食を与えた後、摂食の様子を十分に確認したうえで、しかも約5分おきに患者の状態を確認しており担当看護師には過失はない、と反論した。

判決

摂食中の見守りを怠った点につき担当看護師らの過失を認める

(1)おにぎり提供についての過失の有無

本件病院が、嚥下状態が悪い患者に対して嚥下しやすい工夫がされていないおにぎりを提供したことは適当ではなかったと言わざるをえないが、当時、患者の食欲不振解消が重要事項となっており、そのために患者自身の希望に沿って提供されたものであったこと、これまでおにぎりを摂食した際に咽せたことはなく、歯肉を利用するなどしておにぎりを咀嚼すれば嚥下可能であり、注意して嚥下する限り誤嚥しないことを考慮すれば、おにぎりの提供自体がただちに過失とまでは断じられないとして、おにぎりを提供したことの過失は否定した。

(2)義歯を装着しなかったことについての過失の有無

患者は老人性認知症状も呈しており、看護師の説得に、応じることは期待できず、また、看護師が嫌がる患者本人に強制的に義歯を装着することも実際上不可能と言わざるをえず、このことは、本件事故当日の朝食時も義歯の装着を拒否したため、担当看護師は義歯を装着しないままパンを食べさせざるをえなかった点からもうかがえるとし、担当看護師が、夕食提供の際に義歯の装着を勧めたにもかかわらず拒否された場合にまで、義歯を装着すべき義務があったと解することはできないとして、義歯を装着しなかった過失を否定した。

(3)見守りについての過失の有無

担当看護師の供述内容は、変遷しており、また、看護日誌の記載も担当看護師が行っていたことからすれば夕食を与えた後、約5分おきに患者の状態を確認していたという主張を安易に採用できず、むしろ看護日誌の訂正前の記載によれば18時5分におにぎりを提供後、18時35分になって病室を訪れて窒息状態の患者を発見するまでの間、患者の摂食の様子を見守っていなかったと推認するのが相当である、との判断を示した。
そして、患者は、軽度ではあるが嚥下障害がつづき、担当看護師は、本件事故前日の朝食時に牛乳を飲ませた際に患者が咽せたことを現認し、また、誤嚥防止のため義歯を装着させるように指示されていることを認識しており、しかも、夕食を提供する際に義歯装着を勧めたが拒否されたため義歯を装着させないまま嚥下しにくい食物であるおにぎりを提供したのであるから、よりいっそう誤嚥の危険性を認識していたと言うべきであり、このような場合、担当看護師としては、患者が誤嚥して窒息する危険を回避するため、介助して食事を食べさせる場合はもちろん、患者が自分ひとりで摂食する場合でも、一口ごとに食物を咀嚼して飲み込んだか否かを確認するなどして、患者が誤嚥しないように注意深く見守るとともに、誤嚥した場合には即時に対応すべき注意義務があり、仮に他の患者の世話などのために患者のもとを離れる場合でも、頻回に見まわって摂食状況を見守るべき注意義務があったと言うべきであるとし、それにもかかわらず、担当看護師はこれを怠り、摂食・嚥下の状況を見守らずに約30分間も病室を離れていたため、おにぎりを誤嚥して窒息したことに気づくのが遅れたのであるから、この点につき過失がある、と認定した。
なお、本判決では、仮に主張に従って5分程度の間隔で摂食状況を確認していたとしても、誤嚥する危険性が高かったのであるから、準夜帯で看護師の人数が少なく夕食の世話をすべき患者が多いことを考慮に入れても5分おきの見まわりでは足りず、少なくともより頻回な見まわりをすべきであったとし、このことはフリーの看護師が応援する体制となっていたのであるから、当時の看護体制をもってしても過失を否定できない、との判断も示している。

判例に学ぶ

 看護師は、「療養上の世話」及び「診療の補助」を業務として行う者です(保健師助産師看護師法5条)。患者の食事の世話、介助、症状観察などは看護師の「療養上の世話」であり、看護師は、療養生活支援の専門家として的確な判断にもとづいて適切な看護技術の提供等を行うべき義務を負っています。ですから、これに違反した場合には損害賠償責任を負い、病院側は使用者責任を負います。
食事の世話において、どの程度の介助・監視が必要かについては、結局のところ、当該患者の全身状態、嚥下障害の有無・程度、誤嚥の危険性の有無・程度等の個別・具体的な状況によって異なり、あくまでも当該患者が抱えているリスクの大きさによります。本件では約30分間見守りをしていませんでしたが、5分程度であっても足りないと裁判所は判断している点で参考になります。
また、本件では、看護師の供述内容がころころ変わっていること、看護日誌の記載に不自然な訂正が認められることから、見守り時間に関する供述・記載内容の信用性が否定されています。事故を隠蔽しようとした形跡が認められたために信用性が否定されたものと評価できます。事故が発生した場合、それを隠蔽、改ざんなどをすれば、それは必ず矛盾を生じ、不自然な状況となります。それならば、患者、遺族に真実を説明し、理解を求めるほうが、かえって紛争を防止できる場合が多いのは、ご存知のとおりです。多くの患者、家族が求めているのは事故の原因究明と再発防止なのです。