Vol.074 未破裂脳動脈瘤の治療における説明義務

-最高裁平成18年10月27日第二小法廷判決、東京高裁平成19年10月18日判決、判例タイムズ1225号220頁、判例タイムズ1264号317頁-
協力:「医療問題弁護団」藤田 裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事案の概要

 今回の判例は、本誌2006年9月号に掲載した「医療過誤判例集Vol・44」で紹介した、東京地裁平成14年7月18日判決の続報である。
本判例では未破裂脳動脈瘤の治療における説明義務違反を認めた地裁判決を、控訴審である東京高裁が否定して請求を棄却した。そこで、最高裁、そして差戻審である東京高裁へ審理が移行し、結論として説明義務違反が認められた。
未破裂脳動脈瘤の治療における説明義務として、最高裁が、いかなる点に着目し、差戻審がいかなる判断をしたかを紹介する。

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事件内容と経過

左内頸動脈分岐部に未破裂脳動脈瘤が発見された患者(61歳)に対し、コイル塞栓術を実施した際(平成8年2月)、コイルが脳動脈瘤外に逸脱して内頸動脈内に移動したため、コイル塞栓術を中止してコイルを回収しようとしたところ成功せず、さらに開頭手術を実施したがコイルを全部除去できなかったため、残存したコイル及びこれによる血流障害によって惹起された脳梗塞により、患者が死亡した。
争点は、[1]コイル塞栓術を選択したことに過失があったのか、[2]手術手技に過失があったのか、[3]説明義務違反があったのか、である。
東京地裁は、本件手術を受けることにより死亡にいたる危険性を十分、かつ、正確に、患者に認識させることができなかったものと言わざるをえず、本件手術を受けるかどうかを正確な理解にもとづいて決定しえたと認めるのは困難であるとして、説明義務を尽くさなかった過失を認め、さらに説明義務と死亡との因果関係を認めた。
これに対して、東京高裁は、担当医師は、動脈瘤の危険性、患者がとりえる選択肢の内容、それぞれの選択肢の利点と危険性、危険性については起こりうる主な合併症の内容と発生頻度、合併症による死亡の可能性を患者に説明したと認められるとして、説明義務違反を否定して請求を棄却した。

最高裁の判断

最高裁は、説明義務についての判例(最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決、民集55巻6号1154頁参照)を指摘したうえで、「医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって、医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には、その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に、いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し、そのいずれを選択するかは、患者自身の生き方や生活の質にもかかわるものでもあるし、また、前記選択をするための時間的な余裕もあることから、患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように、医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について分かりやすく説明することが求められるものというべきである」との判断を示した。
そして、脳動脈瘤は放置しておいても6割は破裂しないので治療をしなくても生活をつづけることはできるが、4割は今後20年の間に破裂するおそれがあること、治療をするとすれば開頭手術とコイル塞栓術の2通りの方法があること、開頭手術では95%が完治するが5%は後遺症の残る可能性があること、コイル塞栓術では後になってコイルが患部から出てきて脳梗塞を起こす可能性があること、動脈瘤が開頭手術をするのが困難な場所に位置しており開頭手術は危険なのでコイル塞栓術を試してみようとの話がカンファレンスであったこと、開頭しないですむという大きな利点があること、これまでコイル塞栓術を十数例実施しているがすべて成功していること、うまくいかないときは無理をせずただちにコイルを回収してまた新たに方法を考えること、コイル塞栓術には術中を含め脳梗塞等の合併症の危険があり、合併症により死にいたる頻度が2~3%とされていること、を説明しただけでは義務を尽くしたと言うことはできず、さらにより具体的に、[1]開頭手術では、治療中に神経等を損傷する可能性があるが、治療中に動脈瘤が破裂した場合にはコイル塞栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して、コイル塞栓術では、身体に加わる侵襲が少なく、開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが、動脈の塞栓が生じて脳梗塞を発生させる場合があるほか、動脈瘤が破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり、このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になること、また、手術前のカンファレンスで判明した事実として、[2]内頸動脈そのものが立ち上がっており、動脈瘤体部が脳の中に埋没するように存在しているため、おそらく動脈瘤体部の背部は確認できないので、貫通動脈や前脈絡叢動脈をクリップにより閉塞してしまう可能性があり、開頭手術はかなり困難であることを説明したうえで、開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会をあらためて与える必要があり、仮に機会を与えなかったとすれば、それを正当化する特段の事情があるか否かを判断すべきとの判断を示して、説明義務違反を認めなかった部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるために東京高裁に差し戻した。

差戻審での判決

医療機関側の説明義務違反を認める


本件病院の担当医師らは、開頭手術でも後遺症の残る可能性があること、コイル塞栓術の場合、開頭しないですむ利点があるが、術中及び術後に合併症を起こし、しかも死亡する危険性もあること、カンファレンスで判明した開頭手術にともなう問題点について具体的に説明したことは認めたが、コイル塞栓術では開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性は少ないが、動脈瘤が破裂した場合には開頭手術と違って救命が困難であるという問題点については、わかりやすく説明したとまでは認められず、また、手術直前の慌しい雰囲気の中で、30~40分程度の説明を受けただけで、開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのかを問われ、コイル塞栓術を受けることを承諾したもので、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見る方法の当否についてあらためて検討する機会を与えられたとは言えないし、開頭手術とコイル塞栓術のいずれを選択するのか、いずれの手術も受けずに保存的に経過を見ることとするのかを熟慮する機会をあらためて与えられたとも言えず、これを正当化する特段の事情があるとも認められないとして、説明義務違反を認めた。
ただし、説明義務違反がなければ患者がコイル塞栓術の実施に同意しなかったとの事実は認めるに足りないとして、東京地裁判決とは異なって説明義務違反と死亡との間に因果関係は認めず、損害としては慰謝料800万円、弁護士費用80万円の限度で認めた。
因果関係を否定した理由としては、本件手術当時、コイル塞栓術は医療水準として確立した術式であり、本件のように開頭手術が困難である場合に、まずコイル塞栓術を試すということは当時の医療水準にかなうものであったこと、患者はコイル塞栓術を実施した際、合併症により死にいたる頻度が2~3%あることの説明を受けており、未破裂動脈瘤を放置していた場合に20年間で4割近くが動脈瘤破裂のおそれがあり、未破裂動脈瘤が破裂した場合には、その4割が致死的であるとの報告があったことからすると、治療をしない場合の死にいたる頻度にくらべ、コイル塞栓術を実施することにより死にいたる頻度はきわめて低いと言うことができること、患者は熟慮の機会が与えられなかったとはいえコイル塞栓術を実施した場合に死にいたる割合についての一応の説明を受けたにもかかわらずコイル塞栓術の実施に同意したことを挙げている。

判例に学ぶ

ともに説明義務違反を認めた東京地裁判決と差戻審の東京高裁判決の違いは、最高裁が指摘した前記[1]コイル塞栓術の問題点、[2]開頭手術の問題点という2つの説明を認定したか否かにあります。
東京地裁判決は、ともに説明を認定せず、差戻審判決は前記[2]の説明内容を認定したものの、前記[1]を認定しませんでした。それゆえ、東京地裁判決は、術前に一度決定した開頭手術を選択する余地があるとして因果関係を肯定したものと評価ができます。
差戻審判決では、開頭手術の困難性、コイル塞栓術が当時の医療水準にかなっていたこと、治療をしないことよりコイル塞栓術を実施するほうが死にいたる頻度が低いことから、説明義務が尽くされていたとしても、やはりコイル塞栓術に同意していたと認定しているのです。
医療行為には、身体に対する侵襲の度合いの低いものから高いものまで複数の選択肢があるケースが多く、その選択の結果である利益・不利益を負うのはもっぱら患者本人であることからすれば、患者の治療に対する自己決定権はきわめて重要です。決定の前提となる情報の提供について、各療法の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失についてわかりやすく説明することを医師に求めたのが最高裁判決の考えです。
特に本件は無症状性の未破裂脳動脈瘤の予防的手術に関する説明義務であり、その点で説明義務の内容が厳しいものになったと考えられます。
近時、未破裂脳動脈瘤の手術により死亡ないしは後遺障害を負ったとする相談が多くなった印象を受けます。手術を実施する際は、患者・家族に対して利害得失をわかりやすくきめ細やかに説明し、対応することが重要でしょう。