Vol.082 せん妄のある入院患者への身体拘束が違法とされた事案

~身体拘束の適否の判断~

-名古屋高裁平成20年9月5日判決、判例時報第2031号22頁-
協力:「医療問題弁護団」永縄 恭弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

A(当時80歳、女性)は、2003年8月、他病院で転倒して負った恥骨骨折等の治療とリハビリのためB病院内科に入院した。
ついで同年10月には、腰痛を訴えB病院外科に入院し、変形性脊椎症(胸、腰椎)、腎不全、高血圧症等と診断された。
入院後、Aは入眠剤等の影響により、眠気、ふらつきが発現しやすい状態にあり、夜間せん妄が見られた。
同年11月15日の消灯後、Aは、頻回にナースコールをしたり、車椅子でナースセンターを訪問したりするなどして、オムツを替えてもらいたいと何度も訴え、看護師はその都度対応していた。だが、翌16日午前1時ごろ、車椅子でナースセンターを訪れ、「私ぼけとらへんて」などと大声を出してオムツの交換を求めたため、C看護師らはAを個室に移動させた。
しかし、その後もAは同様に訴えつづけ、C看護師らは、Aを落ち着かせようとしたが、なおもベッドから起き上がろうとする動作を繰り返したために、C看護師らは、抑制具であるミトンを使用して、Aの右手をベッドの右側の柵に、左手を左側の柵に、それぞれ紐でくくりつけた。
Aはこれに抵抗し、口でミトンを外そうとし、治癒まで20日を要する傷を右手首及び下唇に負った。
Aは、本件身体拘束は違法として、損害賠償の訴えを提起した(途中死亡により、その子のXらが訴訟を承継)。

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判決

本件身体拘束の違法性を認める


一審はXらの請求を棄却したため、Xらが控訴したところ、高等裁判所は、以下のように判示し、本件身体拘束の違法性を認め、B病院に損害賠償を命じた。

1 身体拘束・抑制の違法性の判断基準
(1)厚生労働省の「身体拘束ゼロへの手引き」の基準

医療や看護、介護の現場における患者の身体抑制や拘束に関して、2001年3月、厚生労働省の「身体拘束ゼロ作戦推進会議」により「身体拘束ゼロへの手引き」が作成され、「高齢者ケアにかかわるすべての人に」と題して、医療や介護の現場における身体拘束の問題性、身体拘束にともなう弊害、身体拘束を行わずに行うケアの必要性が説かれ、介護保険指定基準における身体拘束禁止規定に関して、[1]「切迫性」=利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと、[2]「非代替性」=身体拘束その他の行動制限を行うこと以外に代替する介護方法がないこと、[3]「一時性」=身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること、の3要件がすべて満たされることが必要とするなど具体的内容が示された。

(2)医療機関における身体抑制の違法性の判断基準

医療現場であっても、同意を得ずに患者を拘束して、その身体的自由を奪うことは原則として違法であり、ただ患者が制止にもかかわらず必要な医療措置を妨げる場合や、他の患者等に危害を加えようとする場合のように、疾病の増悪を含む自傷あるいは他害の具体的な恐れがあり、患者または他の患者等の生命や身体に対する危険が差し迫っていて、ほかにこれを回避する手段がないような場合には、同意がなくても緊急行為として例外的に許される場合もある。
しかし、そのような場合でも、身体抑制や拘束が患者の身体的自由を奪うものであり、身体的弊害、精神的弊害、及び社会的弊害が生じる恐れのあることからすれば、その抑制、拘束の程度、内容は必要最小限の範囲内に限って許されるものである。そして、「身体拘束ゼロへの手引き」が、例外的に身体拘束が許される基準としている切迫性、非代替性、一時性の3要件は、医療機関において、前記の緊急避難行為として許されるか否かを検討する際の判断要素となる。
B病院側は、無理な安全要求はかえって医療現場を疲弊させ、医療崩壊を加速するものであり、身体拘束が許される基準も、診療当時の臨床医学の実践における医療水準に従って判断すべきであり、「身体拘束ゼロへの手引き」は理念であって、必ず実践すべきものではないと主張する。しかし、身体抑制や拘束が患者の身体的自由を奪うものであって、その性質上安易に許されるものではないのは自明とも言えることからすれば、その違法性に関して、前記のように考えることは、医療機関に対し不当に高度な注意義務を課すものではない。
また、身体拘束を行うかどうかの判断は、医師等の専門家の裁量に委ねられるものではない。

2 本件身体抑制の違法性

B病院側は、Aは本件前に入院していた他病院で2回も転倒しており、本件抑制時にも半覚醒状態にあったうえ、歩行障害もあったことなどから転倒、転落の危険性とそれによる受傷の恐れがあったとして、本件抑制は違法ではないと主張する。
しかし、夜間せん妄の状態ではあっても、Aの挙動はせいぜいベッドから起き上がって車いすに移り、詰所に訪れる程度のことであり、危険がまったくないとは言えないが、本件抑制にいたるまでの間は何度もそれを繰り返していたのに、それを防止するための格別の対応は何も行われていないことや、病室を頻繁に覗くなどして、Aの様子に注意を払うなどで対応できるものであることも考えあわせると、転倒、転落による重大な傷害を負う危険性があったものとまでは認められない。
むしろAのせん妄状態は、同人が高齢のうえ、頻尿で、排尿について過度に神経質になっていたところへ、入眠剤マイスリーの投薬中止もしくは切り換えによる不眠とオムツへの排泄を強いられたことによるストレスなどが加わって起きたものであり、当直看護師の必ずしも適切でない対応もあって、時間の経過とともに高まったものと認められる。
また、当日、Aが入院していた病棟の入院患者数や格別重症な患者はいなかったのであるから、しばらくの間、看護師がAにつき添って安心させ、Aの排泄やオムツへのこだわりを和らげ、落ち着かせて入眠するのを待つ対応が不可能であったとは考えられない。
それゆえ、本件抑制には、切迫性や、非代替性は認められず、緊急避難行為として例外的に許される事情も認められない。抑制の態様も、さまざまな疾患を抱えた当時80歳の高齢患者に対するものとして決して軽微とは言えず、本件抑制は違法なものであったと言うべきである。
さらに、本件抑制は、夜間せん妄に対する処置として行われたものであるが、せん妄か否かの判断及びせん妄と判断された場合の治療方法の選択等を要するものであるから単なる「療養上の世話」ではなく、医師が関与すべき行為であり、看護師が独断で行うことはできないと言うべきであり、この点でも、医師の判断を得ずに本件抑制を行った点は違法である。
これにつき、B病院側は、上告受理の申し立てを行った。

判例に学ぶ

医療現場において、本件のような高齢でせん妄のある患者に対して、転倒、転落など本人の安全を確保する予防的対応として身体抑制や拘束を行うことは、選択肢として上がりがちとも思えます。
しかし、本件判決では、厚生労働省の手引きでも掲げられた、身体拘束が例外的に許される要件を確認し、「切迫性」、「非代替性」、「一時性」の3要件を満たす必要があるとしました。そして、このことは、医療現場でも基本的に当てはまり、病院側が主張した、介護保険施設と医療機関では優先すべき目的が異なり、同一基準を適用すべきでない、身体拘束を行うかは医師等の専門家の裁量に任せられる、という主張を退けています。
そのうえで、本件の場合、転倒、転落の危険性がまったくなかったとは言えないとしつつ、患者のせん妄状態自体が、医師の投薬、看護上の不適切な対応が原因となっていることも指摘し、本件身体拘束について切迫性、非代替性があるとは認められないとしています。
これは、身体拘束の適否の判断において、ケースによっては、身体拘束の前提となる患者の状態に関し、治療や看護の内容まで問われることを意味すると解されます。
なお、本件判決では、身体拘束について本人の同意が得られない場合には、家族への説明・同意が必要であり、また、身体拘束が緊急避難行為として例外的に許される場合であっても、家族への説明を必要としています。
今回の判決は、医療現場にとっては厳しいものですが、入院する高齢者は、疾患や認知症のために身体動作がおぼつかない人や入眠剤等でふらつく人が大部分で、転倒・転落の危険性がまったくない人は、むしろ稀でしょう。
本判決は、今後、ますます増えていく高齢者の医療において、安易な身体拘束に逃げず、転倒等の危険性の内容や程度を評価し、具体的対応の検討が、医療機関に求められることを示していると解されます。