Vol.080 患者の退院時には療養指導を尽くすこと

~原審の判断に違法があると判断された事例~

-最高裁平成7年5月30日第三小法廷判決、判例時報1553号78 頁-
協力:「医療問題弁護団」石井 麦生弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

昭和48年9月21日、甲野花子(仮名)は、開業医である乙山医師(仮名)のもとで出産した。出生した児・夏子(仮名)は、体重2200gの未熟児で、酸素投与を必要とする状態にあった。
夏子は、花子にとって3人目の子であったところ、ひとり目、2人目ともに新生児のときに黄疸が出たこと、黄疸が強くなって児が死亡することがあると聞いていたこと、母子手帳に血液型不適合と新生児の重症黄疸に関する記載があったことなどから、夏子にも黄疸が出るのではないかと不安を感じ、乙山医師に血液型検査を依頼した。
乙山医師は、夏子の臍帯から血液を採取して血液型の検査を行い、その結果として、母子ともに血液型はO型であると花子に伝えた(後に、この検査結果は誤りであったと判明する)。
同月25日から夏子に黄疸が認められ、27日にイクテロメーター(黄疸計)で計測したところ、その値は2.5であり、30日の退院まで黄疸はつづいたが、増強することはなかった。
乙山医師は花子とその夫に、「血液型不適合はなく、黄疸が遷延するのは未熟児だからであり、心配はない」との趣旨の説明をした。
同月30日に退院した時点の夏子はなお軽度の黄疸が残っており、体重は2100gと出生時を下まわっていた。退院の際に、乙山医師は花子に対し、「何か変わったことがあったらすぐに来院するか、近所の小児科医の診察を受けるように」とのみ注意を与えた。退院後、10月3日ころから、夏子には黄疸の増強と哺乳力の減退が認められ、動きは不活発となっていった。
そこで、同月8日、別の病院を受診したところ、夏子は核黄疸に罹患していることが判明した。しかし、治療の甲斐なく、核黄疸から脳性麻痺となり、夏子には強度の運動障害が残り、寝た切りの状態となった。
夏子らは、(1)9月30日までに交換輸血を実施すべきであった、(2)仮に同日の時点で交換輸血の適応がなかったとしても、黄疸への措置をとらずに退院させるべきではなかった、(3)仮に退院させたことが不相当でなかったとしても、退院後の療養方法について詳細な説明・指導をすべきである、などとして大阪地方裁判所に提訴した。

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判決

原判決を破棄し、乙山医師の注意義務違反を認める


一審及び二審(原審、大阪高等裁判所)では、ともに乙山医師の(1)~(3)の注意義務違反をいずれも否定し、夏子らの請求を棄却した。
このうち、(3)の退院時の措置については、原審は「新生児、特に未熟児の場合は、核黄疸に限らず、さまざまな致命的疾患に侵される危険を常に有しており、医師が新生児の看護者にそれら全部につき専門的な知識を与えることは不可能と言うべきところ、新生児がこのような疾患に罹患すれば普通食欲の不振等が現れ全身状態が悪くなるのであるから、退院時において特に核黄疸の危険性について注意を喚起し、退院後の療養方法について詳細な説明、指導をするまでの必要はなく、新生児の全身状態に注意し、何かあれば来院するか、他の医師の診察を受けるよう指導すれば足りると言うべき」として、乙山医師に注意義務違反はなかったとした。
夏子らは、これを不服として、上告した。

最高裁は以下のとおり判断して、原判決を破棄し、大阪高等裁判所に差し戻した。
なお、差し戻し後は判決となり、確定している(大阪高裁平成8年12月12日判決、判例時報1603号76頁)。
・退院時の乙山医師の措置に関する原審の判断は是認することができない
・新生児の疾患である核黄疸は、これに罹患すると死にいたる危険が大きく、救命されても治癒不能の脳性麻痺等の後遺症を残すものであり、生後間もない新生児にとってもっとも注意を要する疾患のひとつ
・(核黄疸の原因である)間接ビリルビンの増加は、外形的症状としては黄疸の増強として現れるものであるから、新生児に黄疸が認められる場合には、それが生理的黄疸か、あるいは核黄疸の原因となりうるものかを見きわめるために注意深く全身状態とその経過を観察し、必要に応じて母子間の血液型の検査、血清ビリルビン値の測定などを実施し、生理的黄疸とは言えない疑いがあるときは、観察をよりいっそう慎重かつ頻繁にし、核黄疸についてのプラハの第一期症状が認められたら、時機を逸することなく交換輸血実施の措置をとる必要がある
・未熟児の場合には成熟児に比較して特に慎重な対応が必要である
・(前記の事実関係を前提にすれば)9月30日の時点で退院させることが相当でなかったとは、ただちに言い難いとしても、(中略)産婦人科の専門医である乙山医師としては、退院させることによって自らは夏子の黄疸を観察することができなくなるのであるから、夏子を退院させるにあたって、これを看護する花子らに対し、黄疸が増強することがありうること、及び黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患にいたる危険があることを説明し、黄疸症状を含む全身状態の観察に注意を払い、黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていた
・乙山医師は、夏子の黄疸について特段の言及もしないまま、何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって、かかる乙山医師の措置は、不適切

判例に学ぶ

 本件は、出産を担当した医師が児の退院の際に十分な説明(療養指導)をしなかったため、核黄疸への対応が遅れ、児に重篤な後遺症が残ってしまったケースです。
原審と最高裁では、「医師が患者を退院させるにあたって、退院後に起こりうる危険性につき、何を、どの程度まで説明すべきなのか」という点で判断が分かれました。
原審は、(1)退院後の危険性は多種多様であり、そのすべてについて専門的知識を説明し尽くすことは不可能、(2)危険性が現実化すれば、なんらかの症状が出て気づくはずである、といった理由から、特定の疾患の危険性の説明や療養指導をする義務はないとしました(結論として、「新生児の全身状態に注意し、何かあれば来院するか他の医師の診察を受けるよう指導すれば足りる」)。
これに対し、最高裁は、新生児の核黄疸は特に注意すべき疾患であること、本件の児は未熟児で、退院時になお黄疸がつづいており、体重減少もあったことなどの事情を考慮し、医師は、核黄疸の重篤性、対応の緊急性、核黄疸によって生じる症状などを説明して療養指導をしなければならないとしています。

この最高裁の判示からは、「一般に、新生児の黄疸については医師による注意深い観察と速やかな対応が求められる」、「黄疸を呈した新生児を退院させるのであれば、医師が行うべきであったその注意深い観察を家族に託すことになる」、「そうであるなら、なんのために観察しなければならないのか、どのような症状に注目しなければならないのか、症状を認めたときにはどのように対応しなければならないのか(緊急なのか否か)、を患者側に説明すべき」という考え方がうかがわれます。

このように、退院時の医師の説明・療養指導の責任が問われた裁判例は数多く見られます(救急外来の外傷患者を診察後帰宅させたところ、自宅で容体が急変した事案、神戸地裁明石支部平成2年10月8日判決など)。これは、患者やその家族に、専門家のアドバイスに従っていたのに対応が遅れてしまった、という思いがあり、紛争化しやすいからだと考えられます。
一般論として言えば、患者を退院させたり、診察後ただちに帰宅させたりする場合は、医師は患者やその家族に想定されるあらゆる危険性についてまで説明する必要はなく、専門的知識をすべて伝える必要もありませんが、当該患者について具体的に想定される疾患が存在する場合には、その危険性(重篤性、緊急性)、呈する症状、とるべき対応を十分に説明する必要があると考えられます。
なお、本件のように、患者やその家族が不安を感じていたり、強い要望を持っていたりする場合は、医療側には特に慎重な対応が求められ、注意が必要でしょう(乳房温存術を希望していた乳がん患者に対する説明のあり方につき、最高裁平成13年11月27日第三小法廷判決、母親からの診察の求め等と医師の緊急性認識の時期につき、最高裁平成15年11月11日第三小法廷判決)。