遺族固有の慰謝料の算定にあたり虚偽の説明を斟酌
地裁、高裁とも硫酸ビンクリスチンの過剰投与についてY1らの過失を認めた。本件ではチーム医療における各医師の責任等も争点となっているが、ここでは死因や診療経過の説明義務について判示した部分に焦点をあてる。
(1) 地裁判決
「医療契約は、患者に対する適切な医療行為の供給を目的とする準委任契約であって、医療行為は高度の専門性を有するものであるから、委任者である患者は医師らの説明によらなければ、治療内容等を把握することが困難であること、医療行為が身体に対する侵襲を伴うものであり、医師らとの間に高度の信頼関係が醸成される必要があること」を実質的根拠として、「医療契約における受任者である医療機関は、その履行補助者である医師らを通じ、信義則上、医療契約上の付随義務として患者に対し、適時、適切な方法により、その診療経過や治療内容等につき説明する義務」を負い、また、「医療機関による治療後に患者が死亡し、その遺族ないしそれに準ずる者らから患者の死亡した経緯・理由につきその説明を求められたときは、医療機関は、信義則上、患者の遺族等に対し、その説明をする義務を原則として負う」としたうえで、「当該説明義務違反の態様が、医師としての地位を故意に濫用し、患者ないし遺族等に対する加害目的、あるいは積極的に死因を隠蔽する目的の下に行われたものと認めるべき事情、ないしはこれに準ずる事情があり、医療機関が故意または過失により、信義則に反し、違法にこれらの説明義務を怠ったものと評価される場合には、患者ないしその遺族等の権利を違法に侵害したものとして、不法行為が成立する」と判示した。
もっとも、本件においては、Aの死因に関する説明は、当初、Y4が不適切な説明をしたものの、それはY4が本件医療過誤の大きさに驚くあまり、冷静な判断力を失っていたことによるものであり、積極的に医療過誤を隠蔽する意図にもとづいて行ったものではなく、また、丁所長らは、Y4の不十分な説明に対し、ただちに行動を起こし、Aの家族に対して真の死因に関する具体的な説明を行った結果、短時間のうちにAの家族の誤解は解消されているのであるから、死因の説明義務を怠ったとまでは言えないとして、不法行為の成立を否定した。
(2) 高裁判決
原判決説示をほぼそのまま引用し、説明義務違反等にもとづく独立の不法行為の成立は否定した。しかし、Y1、Y2、Y4らは10月6日午後4時すぎには、Aの症状の異常が硫酸ビンクリスチンの過剰投与にあった事実を認識したにもかかわらず、Aの家族に対してただちにその事実を告げず、また、Aの死亡後、医局会議において、医局員全員の意見として、Aの死亡が硫酸ビンクリスチンの過剰投与による事実をAの家族に告げるべきであるとされたにもかかわらず、10月7日夕刻、霊安室の隣の部屋で行われた説明においては、「転移していたがんが抗がん剤によりはじけて、全身にまわった可能性がある」などと説明し、前記過剰投与の事実を率直に告げることをしなかったのであって、これらの事情を遺族固有の慰謝料を算定するにあたって斟酌するとして、 Aの両親の固有の慰謝料を各々150万円から200万円に増額した。