Vol.084 死因や診療経過の説明・報告義務

~遺族に対する医療ミスの告知の遅れが慰謝料の増額事由とされた事例~

-さいたま地方裁判所判決平成16年3月24日:判例時報1879号96頁、東京高等裁判所判決平成17年1月27日:判例体系(第一法規株式会社)、双方上告棄却・不受理-
協力:「医療問題弁護団」永野 靖弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

Aは、平成12年7月10日から、Y大学医療センター耳鼻咽喉科において、右顎下部に発生した腫瘍の治療を受けていた。Aの主治医はY1医師(医師として5年目)であり、指導医Y2医師(医師として9年目)、研修医Y3医師とともにチームが編成された。同科における手術や治療方針の決定には、同科科長Y4の承諾が必要であった。
同年8月23日、Y1は、Y2の補助のもとAの腫瘍の摘出を行った。摘出された腫瘍は病理検査に出され、同年9月7日、悪性腫瘍である滑膜肉腫であることが判明した。
Y1が医療センターで担当する症例は、各種中耳炎、扁桃炎、副鼻腔炎等が主で悪性腫瘍の治療経験は少なかった。Y1が同科の甲医師に、治療法を相談したところ、VAC療法(硫酸ビンクリスチン、アクチノマイシンD、シクロフォスファミドの3種類の抗がん剤を組み合わせて用いる化学療法)を示唆されたが、Y1はその内容がまったくわからなかった。また、同科でVAC療法が行われた例はなく、Y1が同科の甲医師や乙医局長に尋ねても、VAC療法の具体的方法について回答は得られなかった。そこで、Y1は文献を調べたところ、 VAC療法のプロトコール(投薬計画書)を見つけ、そのプロトコールでAに対してVAC療法を行うこととした。しかし、Y1は同プロトコールの内容を熟読せず、Aに対する投与計画を具体的に作成するにあたり、同プロトコールの薬剤投与頻度が週単位で記載されているのに、これを日単位で記載されているものと誤解して計画を立案し、Y2、Y4の了解を得て、同年9月27日から連日投与を開始した。
Aは連日投与開始の翌日からさまざまな不調を訴え、さらに血小板及び白血球の減少による止血機能や免疫機能の低下等の症状が出現し、同年10月3日には硫酸ビンクリスチンの投与が中止されたものの、同年10月6日には自力呼吸が困難になり、同年10月7日に死亡した。
Y1、Y2らは、同年10月6日に、Aに対する投与計画において1週を1日と誤っていることを発見した。Y4から報告を受けた医療センターの丙事務長は、Y4らに対してAの家族に正直に説明するよう指示したが、Y4ら同科の医師らはAの家族に過剰投与の事実を告げなかった。
同年10月7日、Aの死亡後の緊急医局会議では、参加者全員がAの死因は硫酸ビンクリスチンの連日投与であるという認識であったが、Y4が家族に過剰投与の事実を率直に説明することに躊躇する言動を示したため、その後の家族への説明においては、過剰投与の説明はなされなかった。医療センターの丁所長は、Y4から家族への説明について報告を受けたが、過剰投与の事実が説明されていないことを知ってY4を叱責し、ただちにY4らとともにAの家族宅へ向かい、Aの死因が過剰投与にあることを説明した。

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判決

遺族固有の慰謝料の算定にあたり虚偽の説明を斟酌


地裁、高裁とも硫酸ビンクリスチンの過剰投与についてY1らの過失を認めた。本件ではチーム医療における各医師の責任等も争点となっているが、ここでは死因や診療経過の説明義務について判示した部分に焦点をあてる。

(1) 地裁判決

「医療契約は、患者に対する適切な医療行為の供給を目的とする準委任契約であって、医療行為は高度の専門性を有するものであるから、委任者である患者は医師らの説明によらなければ、治療内容等を把握することが困難であること、医療行為が身体に対する侵襲を伴うものであり、医師らとの間に高度の信頼関係が醸成される必要があること」を実質的根拠として、「医療契約における受任者である医療機関は、その履行補助者である医師らを通じ、信義則上、医療契約上の付随義務として患者に対し、適時、適切な方法により、その診療経過や治療内容等につき説明する義務」を負い、また、「医療機関による治療後に患者が死亡し、その遺族ないしそれに準ずる者らから患者の死亡した経緯・理由につきその説明を求められたときは、医療機関は、信義則上、患者の遺族等に対し、その説明をする義務を原則として負う」としたうえで、「当該説明義務違反の態様が、医師としての地位を故意に濫用し、患者ないし遺族等に対する加害目的、あるいは積極的に死因を隠蔽する目的の下に行われたものと認めるべき事情、ないしはこれに準ずる事情があり、医療機関が故意または過失により、信義則に反し、違法にこれらの説明義務を怠ったものと評価される場合には、患者ないしその遺族等の権利を違法に侵害したものとして、不法行為が成立する」と判示した。
もっとも、本件においては、Aの死因に関する説明は、当初、Y4が不適切な説明をしたものの、それはY4が本件医療過誤の大きさに驚くあまり、冷静な判断力を失っていたことによるものであり、積極的に医療過誤を隠蔽する意図にもとづいて行ったものではなく、また、丁所長らは、Y4の不十分な説明に対し、ただちに行動を起こし、Aの家族に対して真の死因に関する具体的な説明を行った結果、短時間のうちにAの家族の誤解は解消されているのであるから、死因の説明義務を怠ったとまでは言えないとして、不法行為の成立を否定した。

(2) 高裁判決

原判決説示をほぼそのまま引用し、説明義務違反等にもとづく独立の不法行為の成立は否定した。しかし、Y1、Y2、Y4らは10月6日午後4時すぎには、Aの症状の異常が硫酸ビンクリスチンの過剰投与にあった事実を認識したにもかかわらず、Aの家族に対してただちにその事実を告げず、また、Aの死亡後、医局会議において、医局員全員の意見として、Aの死亡が硫酸ビンクリスチンの過剰投与による事実をAの家族に告げるべきであるとされたにもかかわらず、10月7日夕刻、霊安室の隣の部屋で行われた説明においては、「転移していたがんが抗がん剤によりはじけて、全身にまわった可能性がある」などと説明し、前記過剰投与の事実を率直に告げることをしなかったのであって、これらの事情を遺族固有の慰謝料を算定するにあたって斟酌するとして、 Aの両親の固有の慰謝料を各々150万円から200万円に増額した。

判例に学ぶ

医療は、高度な専門性を有し、また、死因や診療経過をもっともよく知る立場にあるのは医師なので、患者や遺族は医師の説明を受けなければ、死因や診療経過を把握することは通常困難です。また、遺族が患者の死因や診療経過を知りたいと願うのは、人として当然のことでしょう。
そこで、医師には患者に対し、医療契約の付随義務として、信義則上、診療内容を説明・報告する義務があり、また、患者の遺族に対して、信義則上、患者の死亡した理由や原因を説明・報告する義務があるとされています。
本件は、抗がん剤の過剰投与という明らかな医療ミスがあった事案ですが、過剰投与の事実が判明すると、病院の幹部はすみやかに患者の家族に医療ミスがあった事実を説明する方針を決め、医療ミスが判明した翌日に患者が死亡すると、その日の夜には患者の家族宅に所長らが赴いて事実を告知しています。
そのため、地裁判決、高裁判決とも、医療ミスを隠蔽する意図はなかったとして、死因の説明義務違反はないと判示しています。
病院全体としては的確な方針をとったのですが、他方、耳鼻咽喉科の科長は患者死亡後の遺族への説明において真実を告げることを躊躇してしまい、主治医も咄嗟に、前述したような虚偽の説明をしてしまいました。このため、高裁判決はこの点を捉えて、遺族の固有の慰謝料の増額事由としています。
医療ミスを患者本人やその遺族に説明するのはとても気が重いことではありましょうが、患者側に対し、事実をきちんと説明・報告することの重要性を示す判決として本事案をご紹介した次第です。