本件では、褥瘡発生防止義務違反の有無、褥瘡治療義務違反の有無(感染症の検査・治療義務違反の有無)、因果関係などが争われた。
(1) 褥瘡発生防止義務
被告病院の褥瘡発生防止義務違反を認める
被告は、本件手術前の患者の全身状態もADLも栄養状態も良好であったし、本件手術後も患者は自ら体動可能で栄養状態も問題なかったため、患者は褥瘡発生の危険性が高かったとは言えず、発生の予見は困難だったこと、本件手術後の2月8日に仙骨部に水疱形成が認められるまで医師らが観察し患者の姿勢の変更を行うなど看護・観察は十分に行っていたことを主張し、術後管理に過失はないと主張した。しかし、判決は、被告のこの主張を退けた。
まず、仙骨部の褥瘡(死亡にいたる過程で難治化したのは仙骨部の褥瘡)の原因は、本件手術の際に病院が患者の腰背部に紛れ込ませた布製絆創膏による圧迫であったと認定した。
次いで、判決は、褥瘡を生じやすい要因として加齢による皮膚変化と生体防御機能の低下があるが、患者は85歳の高齢であること及び本件手術直後には疼痛のために一般には身体を動かし難いと考えられることを根拠として、「術後管理にあたる担当医らは、手術時あるいは術後処置にあたって、局所に外部的圧力が長時間加わることになるような固形物を褥瘡の好発部位である患者の仙骨部やその周辺の腰背部に紛れ込ませたり、紛れ込んだ後これを長時間放置することのないよう注意すべき義務があった」と、本件の場合の褥瘡発生防止注意義務の内容を明らかにし、担当医らは本件手術時に布製絆創膏を患者の腰背部に紛れ込ませたうえに、29時間にわたってこの事実を見逃し、局所に長時間圧力を加えてしまったのだから、仙骨部に褥瘡を発生させた過失があると結論づけた。
(2) 褥瘡治療義務
被告病院の褥瘡治療義務違反を認める
遷延した褥瘡の治療の根幹は細菌感染症(とりわけ敗血症)の予防と治療であるとされており、本件でも褥瘡治療義務のメインは感染症の検査・治療義務の問題として取り扱われた。
まず、判決は、本件における感染症検査・治療注意義務の内容は「5月上旬ころ以降、褥瘡部及び呼吸器の細菌感染を念頭に、細菌培養検査及び薬剤感受性検査を実施し、感受性の確認された抗生剤を投与するなど、感染の重度化防止、沈静化のための措置を講じるべき注意義務」であることを明らかにした。その根拠として判決が挙げたのは、本件手術後37度台の発熱が継続していたこと、2月10日以降CRP異常値が継続し、4月中旬から5月上旬にかけては10を上まわる高値が継続していたこと、繰り返しMRSAが検出されていたこと、5月3日に被告病院内科医が発熱やCRP異常値の原因は褥瘡部と考えられる旨の見解を担当医に伝えていたことである。
そして、判決は、前記の「5月上旬ころ以降」の期間をさらに[1]5月上旬~6月21日までの期間、[2]6月23日~7月5日までの期間の2つに分けたうえで、[1]については、感染が沈静化した様子がないにもかかわらず、褥瘡部や咽頭の細菌培養検査、血液検査、胸部X線検査も抗生剤の投与も、いっさい行わなかったこと、[2]については、6月23日には敗血症と言えるまでに重篤化し、かつ6月22日以降及び4月22日以前の細菌培養検査結果からはMRSAが起炎菌であると判断できる状況であった(鑑定書)にもかかわらず、MRSAに感受性がないスルペラゾン、オメガシンしか投与しなかったことを根拠として、担当医には、感染症検査・治療義務違反の過失があると認定した(起炎菌とその薬剤感受性を念頭に置いた抗生剤投与がなされるようになったのは、7月6日のミノマイシン投与からだった)。
(3) 因果関係
前記2違反と患者死亡の因果関係を認める
判決は、褥瘡発生防止義務違反と褥瘡治療義務違反の過失が競合して死亡の結果を招いたとして、これらの過失と死亡との間に相当因果関係を認めた。
この過失のうちで特に判決が重視したのは、褥瘡治療義務違反の過失のうちの[1]の期間についての過失であり、この過失だけで考えてもこれと死亡の結果との間には高度の蓋然性があると認定した。