Vol.085 褥瘡の発生防止義務・治療義務違反の事例

~高齢者にも比較的高額な慰藉料を認容~

-大分地裁平成21年3月26日判決、最高裁ホームページ掲載-
協力:「医療問題弁護団」槐惟成(かい これなり)弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

はじめに

本件は、被告病院整形外科が手術時に患者(当時85歳の男性)の腰背部に紛れ込ませた布製絆創膏が原因となって発生した褥瘡によりMRSA感染症が生じ、患者の死亡を招いたというもので、入院患者の褥瘡の防止と治療(感染症の検査と治療)が問題とされたケースとして、多くの診療科に共通の問題を扱ったものと言える。

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事件内容

診療経過は以下のとおりであった。
患者は、被告病院整形外科に腰痛・下肢痛等の持病で通院していたが、平成16年1月26日に検査入院し、同27日には腰部脊柱管狭窄症、胸椎黄色靱帯骨化症の診断が下された。そこで、2月4日に胸椎及び腰椎の椎弓切除術(以下、本件手術)が施行された。
ところが、術後29時間後の2月5日、患者の右腰背部に布製絆創膏が紛れ込んでいるのが確認された。2月8日には、仙骨部に褥瘡(水疱)、右腸骨背部に褥瘡(壊死)が発見されたが、これらの褥瘡の深達度は9日の時点でII度だった。2月22日には仙骨部のガーゼ汚染と褥瘡周囲の白色化、23日には仙骨部に悪臭・浸出液が確認され、さらに3月1日までにはポケット形成が確認された。
細菌培養検査の結果は、2月24日にMicrococcus検出(褥瘡部)、3月18日にMRSA検出(褥瘡部)、3月23日にα-streptococcus及びCitrobacterFreundii検出、MRSA不検出(咽頭粘液)、 4月5日にMRSA及び緑膿菌検出(褥瘡部)、4月22日にMRSA検出(咽頭粘液)、6月22日にMRSA検出(褥瘡部)という経過であった。
また、本件手術後、患者には37度台の微熱が継続していたが、6月21日ころからは38度台、23日には39度台に上昇し、その後も38度台、39度台の高熱が断続的に認められた。 CRPは2月10日から異常値を示しつづけ、6月になっても変化はなかった。心拍数は6月23日108/分、26日110/分、27日112/分であった(以上の経過から判決は、患者の感染症は遅くとも 6月23日には敗血症と言えるまでに重篤化したと認定した)。
しかし、病院は、6月23日の段階でもスルペラゾン、その後オメガシンで対処しただけであった。7月18日には褥瘡部から血膿汁によるガーゼ汚染が多量にあり、緊急にポケット部分を含めた切開、排膿、デブリドマンが行われたが、患者は7月20日には多臓器不全となり、7月23日に死亡した。

判決

本件では、褥瘡発生防止義務違反の有無、褥瘡治療義務違反の有無(感染症の検査・治療義務違反の有無)、因果関係などが争われた。

(1) 褥瘡発生防止義務
被告病院の褥瘡発生防止義務違反を認める


被告は、本件手術前の患者の全身状態もADLも栄養状態も良好であったし、本件手術後も患者は自ら体動可能で栄養状態も問題なかったため、患者は褥瘡発生の危険性が高かったとは言えず、発生の予見は困難だったこと、本件手術後の2月8日に仙骨部に水疱形成が認められるまで医師らが観察し患者の姿勢の変更を行うなど看護・観察は十分に行っていたことを主張し、術後管理に過失はないと主張した。しかし、判決は、被告のこの主張を退けた。
まず、仙骨部の褥瘡(死亡にいたる過程で難治化したのは仙骨部の褥瘡)の原因は、本件手術の際に病院が患者の腰背部に紛れ込ませた布製絆創膏による圧迫であったと認定した。
次いで、判決は、褥瘡を生じやすい要因として加齢による皮膚変化と生体防御機能の低下があるが、患者は85歳の高齢であること及び本件手術直後には疼痛のために一般には身体を動かし難いと考えられることを根拠として、「術後管理にあたる担当医らは、手術時あるいは術後処置にあたって、局所に外部的圧力が長時間加わることになるような固形物を褥瘡の好発部位である患者の仙骨部やその周辺の腰背部に紛れ込ませたり、紛れ込んだ後これを長時間放置することのないよう注意すべき義務があった」と、本件の場合の褥瘡発生防止注意義務の内容を明らかにし、担当医らは本件手術時に布製絆創膏を患者の腰背部に紛れ込ませたうえに、29時間にわたってこの事実を見逃し、局所に長時間圧力を加えてしまったのだから、仙骨部に褥瘡を発生させた過失があると結論づけた。

(2) 褥瘡治療義務
被告病院の褥瘡治療義務違反を認める


遷延した褥瘡の治療の根幹は細菌感染症(とりわけ敗血症)の予防と治療であるとされており、本件でも褥瘡治療義務のメインは感染症の検査・治療義務の問題として取り扱われた。
まず、判決は、本件における感染症検査・治療注意義務の内容は「5月上旬ころ以降、褥瘡部及び呼吸器の細菌感染を念頭に、細菌培養検査及び薬剤感受性検査を実施し、感受性の確認された抗生剤を投与するなど、感染の重度化防止、沈静化のための措置を講じるべき注意義務」であることを明らかにした。その根拠として判決が挙げたのは、本件手術後37度台の発熱が継続していたこと、2月10日以降CRP異常値が継続し、4月中旬から5月上旬にかけては10を上まわる高値が継続していたこと、繰り返しMRSAが検出されていたこと、5月3日に被告病院内科医が発熱やCRP異常値の原因は褥瘡部と考えられる旨の見解を担当医に伝えていたことである。
そして、判決は、前記の「5月上旬ころ以降」の期間をさらに[1]5月上旬~6月21日までの期間、[2]6月23日~7月5日までの期間の2つに分けたうえで、[1]については、感染が沈静化した様子がないにもかかわらず、褥瘡部や咽頭の細菌培養検査、血液検査、胸部X線検査も抗生剤の投与も、いっさい行わなかったこと、[2]については、6月23日には敗血症と言えるまでに重篤化し、かつ6月22日以降及び4月22日以前の細菌培養検査結果からはMRSAが起炎菌であると判断できる状況であった(鑑定書)にもかかわらず、MRSAに感受性がないスルペラゾン、オメガシンしか投与しなかったことを根拠として、担当医には、感染症検査・治療義務違反の過失があると認定した(起炎菌とその薬剤感受性を念頭に置いた抗生剤投与がなされるようになったのは、7月6日のミノマイシン投与からだった)。

(3) 因果関係
前記2違反と患者死亡の因果関係を認める


判決は、褥瘡発生防止義務違反と褥瘡治療義務違反の過失が競合して死亡の結果を招いたとして、これらの過失と死亡との間に相当因果関係を認めた。
この過失のうちで特に判決が重視したのは、褥瘡治療義務違反の過失のうちの[1]の期間についての過失であり、この過失だけで考えてもこれと死亡の結果との間には高度の蓋然性があると認定した。

判例に学ぶ

 褥瘡発生の原因と認定された布製絆創膏は、径4~5cm、幅7cmくらいで辺縁が角ばったドーナツ状のものであり、鑑定人は、このような大型で鋭角な辺縁を有する固形物が腰部に置かれると、体重の負荷が長時間持続することにより皮膚が微小循環不全のため阻血傾向となり、褥瘡発生の可能性が高まるとの意見でした。判決は、この布製絆創膏は、本件手術で麻酔のチューブ等を固定していたものが手術室で紛れ込んだものと認定しています。しかも、その発見のきっかけは患者が右腰背部の痛みを訴えたことにあり、病院側が自ら発見したわけではありませんでした。このような事実が、本件の帰趨に影響を与えなかったとは言えないでしょう。
感染症の検査・治療義務の問題については、平成13年6月8日の最高裁第二小法廷判決があります(民間医局医療過誤判例集Vol・5)。本件は、この最高裁判決の考え方を褥瘡治療義務に当てはめたものと言えます。
本件患者は85歳の高齢者でした。患者が高齢だったことは、褥瘡発生防止義務違反の根拠のひとつとされました。
他方、因果関係の問題では、被告は、患者が85歳と高齢であったことを捉えて、創部の治癒や感染に対する復元力に限界があったことが、褥瘡が治癒せずに遷延した理由であろうと主張し、また、褥瘡の長期化により体力を消耗し、食事も徐々にとれなくなってきた本件のような患者の場合、抗生剤を投与し十分な排膿や壊死組織の除去を行ったとしても治癒せずに死亡するのは珍しいことではないなどと主張し、因果関係を否定しようとしました。
しかし、判決は被告の主張を退けました。患者が高齢であることは、因果関係の存否を左右するものとは認められなかったのです(なお、高齢で予後不良の患者の死亡の場合に高度の蓋然性の因果関係を認めた事例として民間医局医療過誤判例集Vol・50があります)。さらに、損害に関しても、死亡した患者自身の慰藉料として1900万円というかなり高額の慰藉料が認容されました。高齢であることが必ずしも慰藉料減額の決定的な理由にはならないことを示していると言えるでしょう。
なお、大分地裁に確認したところ、この判決は控訴されることなく、確定しています。