(1) Aへのテオドールの処方が診療契約の債務不履行にあたるか否かの判断
診療契約の債務不履行を認めず
裁判所は、AのBクリニックにおける本件初診時の症状は、気管支の攣縮をともなう気管支喘息であったところ、このような症状に対してはステロイド薬では効果が十分ではないとされており、実際に、Aは、本件初診時以前からステロイド薬であるフルタイドを使用していたにもかかわらず、本件初診の際、呼吸がひゅうひゅうしていたことに照らせば、Aに対してはテオフィリン薬やβ2刺激薬といった気管支拡張作用を有する薬剤を使用する必要があったと言うべきであること、C医師は、Aから、心房細動の副作用が表れることを理由にβ2刺激薬であるセレベントを使用しないよう求められたと理解したことから、気管支拡張剤としてテオフィリン薬であるテオドールを処方した経緯があること、テオドールは気管支拡張作用により気管支喘息等の症状を改善するほか、気道炎症を抑制する作用もあるため喘息の長期管理(喘息症状の軽減・消失とその維持、呼吸機能の正常化とその維持)を図るうえで有効な薬剤であるとされていることに加え、 C医師のAに対するテオドールの処方は同薬剤の添付文書に記載された一般的な用法・用量に添うものであったこと、さらに、テオドールはテオフィリン徐放性のキサンチン系薬剤であり、テオドールまたは他のキサンチン系薬剤に対し重篤な副作用の既往歴のある患者に投与することは禁忌とされているほか、てんかんの患者等一定の患者に対しては慎重に投与すべきとされているが、心臓に既往症のある患者やセレベントに対し心房細動の副作用の既往歴のある患者は、禁忌ないし慎重投与の対象に含まれていないこと等の事情に照らせば、C医師のAに対するテオドールの処方には特段不適切な点はなく、これをもって診療契約の債務不履行にあたると評価することはできない旨判示した。
(2) 心房細動の既往症があることをC医師に告げたAに対して、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることを説明すべき義務の有無の判断
C医師の説明義務違反を認める
この点につき裁判所は、テオドールの副作用として不整脈の生じる頻度は医学的知見として約0.21%程度と解されているところ、テオドールの添付文書における副作用の発生頻度は「0.1~5%未満」、「0.1%未満」、「頻度不明」の3つに分類されており、動悸、不整脈の副作用の発生頻度は、「0.1~5%未満」に区分されていることに照らせば、約0.21%という発生頻度は、必ずしも低いとは言えないこと、テオフィリンについては治療域での血中濃度が5ないし20μg/Mlと狭く、それ以上の濃度(20ないし60μg/Ml)では用量依存的に不整脈などの重篤な副作用を起こす安全域の狭い薬剤の代表であるとの見解も示されていること(福岡大学呼吸器内科の白石素公氏らの論文『テオフィリンの副作用』を引用)、C医師は、本件初診時、Aの主訴により、同人に心房細動の既往症があることを認識していたこと、これらの事情に照らせば、本件初診時までのC医師の臨床経験上、テオドールの服用によって重篤な副作用を生じた患者はおらず、また、心臓の疾患を有する患者に対してテオドールを処方しても患者が副作用を訴えたことはなかったことなどを考慮しても、C医師は、本件初診の際、原告に対し、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることにつき説明すべき義務があったと言うべきである旨判示し、C医師は、Aに対し、テオドールの副作用として、不整脈が生じる可能性があることを説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったものであるから、Bクリニックには、診療契約上の説明義務に違反した債務不履行があると認められる、と判断した。