Vol.086 薬剤投与の際には副作用について説明を

~投与薬剤の副作用についての説明義務違反があったとされた事例~

-札幌地方裁判所判決平成19年11月21日、判例タイムズ1274号214頁-
協力:「医療問題弁護団」莊(しょう) 美奈子弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

A(男性)は、平成2年ごろ(39歳当時)から平成8年春ごろにかけて、心房細動の激しい発作を起こして動けなくなり、救急車で病院に搬送されたことが数回あったほか、平成9年ごろからは喘息の症状が現れるようになり、Bクリニックを受診するまでの間、いくつかの病院でフルタイドの処方を受け、1日2回、朝と夜にこれを吸入して使用していた。
また、平成9年ごろ、喘息を発症して呼吸器科の医師の診察を受けた際、心臓の既往症があることを同医師に説明したところ、同医師からオレンジ色の容器に入ったフルタイドと緑色の容器に入った気管支拡張剤を示されたうえで、心臓の既往症がある場合には不整脈を誘発する恐れがあるため気管支拡張剤を使用しないよう説明されたという、本事例に先立つ経緯があった。
Aは、平成16年9月末ごろ(53歳当時)、咳と痰の症状がひどくなったため、同年10月14日、初めてBクリニックを受診し、C医師の診察を受けた。
C医師は、本件初診時、Aから9~10ヵ月前から咳、痰が出て呼吸がひゅうひゅうしているとの訴えを聞き、胸部X線撮影等を行った結果、Aが気管支の攣縮をともなう喘息に罹患していると診断した。
C医師は、患者が現在使用している薬剤を確認したり、患者に対して薬剤の使用方法等を説明したりするために、診察室の机上に、吸入剤の容器を10個くらい置いていたが、薬剤ごとに容器の色が分けられており、フルタイドはオレンジ色の容器に、セレベントは2種類とも緑色の容器にそれぞれ入っており、セレベント以外に緑色の容器に入った吸入剤は置かれていなかった。
C医師は、Aに対し、フルタイドの入ったオレンジ色の容器とセレベントの入った緑色の容器を示して説明しようとしたところ、Aは、フルタイドは他病院からもらった手持ちがあるため必要がない旨を述べるとともに、緑色の容器を指しながら、「これは心房細動が出るので使用しないでください」と述べた。C医師は、Aの喘息の程度としては中等度であり、Aに対する喘息の治療としてはフルタイドを使用するだけでは十分でなく、気管支拡張剤を使用する必要があると判断したが、Aからセレベントを使用しないよう求められたと理解したことから、テオフィリン薬であるテオドール錠100mg(1錠当たりの重量は300mgで、テオフィリン100mgを含有する)を、1日4錠の割合(テオフィリンとして1日400mg)で14日分を、本件初診時である10月14日、及び10月29日にそれぞれ処方し、Aはこれらテオドールを1日2回朝夕食後に2錠ずつ全量服用した。
その後、Aは、10月29日に痰が切れないと訴え、11月12日には寝る前にひゅうひゅうすると訴えるとともに、不整脈の出現をC医師に訴えたことから、C医師はテオドールの処方を中止し、 11月26日にはテオドールに代わって漢方薬を処方した。
Aは、平成17年3月9日に他病院で発作性心房細動の、平成18年2月13日には「心房細動(Af)/心房性期外収縮(PAC)/PIE症候群の疑い」との各診断を受けた。
このような経緯において、Aは、C医師の薬剤選択には過誤があり、これによってAの不整脈が悪化したなどと主張して、Bクリニックに対し、診療契約上の債務不履行にもとづく損害賠償の訴えを札幌地裁に提起した。

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判決

(1) Aへのテオドールの処方が診療契約の債務不履行にあたるか否かの判断

診療契約の債務不履行を認めず

裁判所は、AのBクリニックにおける本件初診時の症状は、気管支の攣縮をともなう気管支喘息であったところ、このような症状に対してはステロイド薬では効果が十分ではないとされており、実際に、Aは、本件初診時以前からステロイド薬であるフルタイドを使用していたにもかかわらず、本件初診の際、呼吸がひゅうひゅうしていたことに照らせば、Aに対してはテオフィリン薬やβ2刺激薬といった気管支拡張作用を有する薬剤を使用する必要があったと言うべきであること、C医師は、Aから、心房細動の副作用が表れることを理由にβ2刺激薬であるセレベントを使用しないよう求められたと理解したことから、気管支拡張剤としてテオフィリン薬であるテオドールを処方した経緯があること、テオドールは気管支拡張作用により気管支喘息等の症状を改善するほか、気道炎症を抑制する作用もあるため喘息の長期管理(喘息症状の軽減・消失とその維持、呼吸機能の正常化とその維持)を図るうえで有効な薬剤であるとされていることに加え、 C医師のAに対するテオドールの処方は同薬剤の添付文書に記載された一般的な用法・用量に添うものであったこと、さらに、テオドールはテオフィリン徐放性のキサンチン系薬剤であり、テオドールまたは他のキサンチン系薬剤に対し重篤な副作用の既往歴のある患者に投与することは禁忌とされているほか、てんかんの患者等一定の患者に対しては慎重に投与すべきとされているが、心臓に既往症のある患者やセレベントに対し心房細動の副作用の既往歴のある患者は、禁忌ないし慎重投与の対象に含まれていないこと等の事情に照らせば、C医師のAに対するテオドールの処方には特段不適切な点はなく、これをもって診療契約の債務不履行にあたると評価することはできない旨判示した。


(2) 心房細動の既往症があることをC医師に告げたAに対して、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることを説明すべき義務の有無の判断

C医師の説明義務違反を認める

この点につき裁判所は、テオドールの副作用として不整脈の生じる頻度は医学的知見として約0.21%程度と解されているところ、テオドールの添付文書における副作用の発生頻度は「0.1~5%未満」、「0.1%未満」、「頻度不明」の3つに分類されており、動悸、不整脈の副作用の発生頻度は、「0.1~5%未満」に区分されていることに照らせば、約0.21%という発生頻度は、必ずしも低いとは言えないこと、テオフィリンについては治療域での血中濃度が5ないし20μg/Mlと狭く、それ以上の濃度(20ないし60μg/Ml)では用量依存的に不整脈などの重篤な副作用を起こす安全域の狭い薬剤の代表であるとの見解も示されていること(福岡大学呼吸器内科の白石素公氏らの論文『テオフィリンの副作用』を引用)、C医師は、本件初診時、Aの主訴により、同人に心房細動の既往症があることを認識していたこと、これらの事情に照らせば、本件初診時までのC医師の臨床経験上、テオドールの服用によって重篤な副作用を生じた患者はおらず、また、心臓の疾患を有する患者に対してテオドールを処方しても患者が副作用を訴えたことはなかったことなどを考慮しても、C医師は、本件初診の際、原告に対し、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることにつき説明すべき義務があったと言うべきである旨判示し、C医師は、Aに対し、テオドールの副作用として、不整脈が生じる可能性があることを説明すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったものであるから、Bクリニックには、診療契約上の説明義務に違反した債務不履行があると認められる、と判断した。

判例に学ぶ

(1) 本件判決では前記のとおり、まず、「不整脈ないし心房細動の既往症のある患者や、セレベントによって心房細動の副作用が現れたことのある患者であっても、テオドールの禁忌ないし慎重投与の対象には含まれていない」と判示しましたが、この点については各種薬学・薬剤事典において、本剤または他のキサンチン系薬剤に対し重篤な副作用の既往歴を持つ患者に対し適応禁忌(「次の患者には投与しないこと」)等の記載がなされており、議論の余地があるとの指摘が多くなされています。
したがって、実際の医療現場においても、患者個別の既往症や症状に照らし、専門的見地にもとづき、慎重な薬剤処方が望ましいと思われます。

(2) さらに本件判決では第二の争点として、投与する薬剤の副作用についての患者への説明義務の有無が争われ、「C医師は、本件初診の際、Aに対し、テオドールの副作用として不整脈が生じる可能性があることにつき説明すべき義務があった」と判示しています。
患者の自己決定権の尊重に資すること等を根拠として患者に対して診療中の診療情報・治療内容等の説明を行う義務を医師が負うことについては、今日にいたるまで多くの判例が累積されており、厚生労働省も平成15年に「診療情報の提供等に関する指針」を発表していますが、本件判決は、投与する薬剤の副作用にもこの説明義務が及ぶことを明らかにしています。
また本件事例では、薬局から患者Aに交付された薬剤情報提供書中に、テオドールが気管支拡張剤である旨が記載されていましたが、この点につき裁判所は、「(同薬剤情報提供書には)副作用の発生する可能性及びその具体的な内容等についてはいっさい記載されていないし、そもそも薬剤の副作用についての説明は、基本的には薬剤を処方する医師が自ら患者に対して行うべきであって、薬局が患者に交付する薬剤情報提供書によって代替し得るものと言うことはできない」と明確に判断しています。
もとより医師の患者に対する説明義務は医療について素人である患者に対し、患者がその医療行為に同意するか否かが判断できるよう適切な情報を提供する作業で、患者の心身状態や症状の再確認、当該医療行為についての分析データの再検討をともなうことになり、また、医師と患者との間の信頼関係の確立や、医療の質と安全性の向上を高める効果をも期待できるとも考えられているところですので、多忙な医療現場で負担になる場面もあるだろうと思いますが、リスクマネジメントのうえでもぜひ行っていただきたいと思います。