経過観察義務違反があること及び当該違反と患者の死亡との間の因果関係を認める
(1) 裁判上の争点
本件で裁判上主な問題(争点)となったものは、[1]死因と予見可能性の有無、[2]呼吸管理に関する経過観察義務懈怠の有無、[3]経過観察義務懈怠と結果(死亡)との因果関係である。その他にも、気道確保のための処置の適否や頸部ドレナージの適否についても当事者間においては争点として争われているが、裁判所において特に判断されていない。
(2) 争点1 -死因と予見可能性の有無-
まず、[1]死因については、裁判所は医師の鑑定意見書などを根拠に、強直性脊椎骨増殖症の治療のための頸椎骨切除手術(以下「本件手術」という)の部位における出血が凝血塊となり、これがその周辺の反回神経を圧迫・麻痺させ、声帯が閉塞したことにより呼吸困難が生じたと認定した。そして、気道閉塞が生じた時点については、午後9時以降に本件患者の体動が徐々に激しくなっていることから、遅くとも午後9時ごろであったと認定している。
また、予見可能性については、証拠として提出された文献において食道がん手術、甲状腺手術、胸腔内手術、頸椎前方固定術等の際、合併症として反回神経麻痺を生ずる可能性があること、特に両側性麻痺は重篤な呼吸困難を来すことがあるから嗄声の有無や呼吸状態の観察を定期的に行い致命的な結果を招く前に気管内挿管や気管切開の措置が必要となることがあるなどと記載されていることにもとづき、本件患者についても反回神経麻痺による声帯閉鎖に起因する呼吸不全について予見可能性があったと判断した。
(3) 争点2 -呼吸管理に関する経過観察義務懈怠の有無-
[2]呼吸管理に関する経過観察義務懈怠の有無については、午後9時までの経過観察についてはナースステーションとリカバリールームが隣り合わせで、かつガラスで隔てられており、本件患者の状態を容易に観察しうる状況であったことなどから特に問題ないとした。
しかし、午後9時以降については、本件患者の体動が激しくなり、痰の吸引や体位変換をしても、その状態が改善しなかったという状況に照らし、遅くとも午後9時10分ごろにおいては、本件患者の呼吸困難の可能性を考えた対応措置を速やかに講ずる必要があったと判断している。
そのうえで、看護師から上申を受けた担当医師としては、本件患者の体動が呼吸困難によるものか別の原因によるものか、看護師からの上申の内容からだけでは判断できないのであるから、看護師に対し、「体動の原因を判断しうるだけの症状を確認するよう看護師に指示すべきであった」としている。
また、呼吸困難かどうかを判断する際には、看護師による呼吸状態の視認や聴診のみならず、創部や気道の状態を確認するために場合によってはCTなどの使用も考えられること、反回神経麻痺に起因する呼吸困難の結果呼吸停止となった場合などでは、医師による気管内挿管または気管切開が必要となる可能性が高いので、担当医としては、「呼吸困難の可能性を踏まえて、その後の急変に対応できるよう、自らが本件患者のもとに向かうか、とりあえずは当直医にリカバリールームへ来てもらうよう指示するなどして、医師が直接観察し、必要な措置をとれる状態にしておくべきであった」としている。
そして、担当医は看護師からの上申に対し、本件患者の体動が痰詰まりと術後の通常の不穏と即断し、ギャッジアップとセルシンの筋肉注射を許可ないし指示するにとどまったのであるから、経過観察において注意義務を懈怠する点があったと認定した。
(4) 争点3 -経過観察義務懈怠と結果との因果関係-
[3]経過観察義務懈怠と結果(死亡)との因果関係については、午後9時10分ごろに看護師から上申を受けた際、本件患者の呼吸困難の可能性を考え、体動の原因究明のためのさらなる指示を看護師等に与え、かつ、いつでも気管内挿管や気管切開ができるよう準備するなどの適切な対応をとっていれば、実際よりも早期に本件患者の呼吸困難が判明し、気道確保に対する適切な措置をとることができたと考えられること、気道さえ確保できれば心肺機能も回復した可能性が高く、本件患者を救命できた蓋然性が高いことを認定し、因果関係を肯定した。