1 争点
Aの両親である原告が、C医師が必要な検査を怠った過失があり、その結果Aを死亡させたと主張したのに対して、被告は、Aの症状等に照らせば、C医師がAを急性胃腸炎と確定診断したことは適切であり、急性胃腸炎との確定診断後もAにはイレウスを疑わせるような症状は出現していなかったから、C医師に検査等を実施する義務はない、仮に検査等を実施しイレウスを疑ったとしても、救命可能性がないか、開腹手術後の予後がきわめて悪かったなどと主張した。
すなわち、本件の主な争点は、[1]過失の有無(確定診断後にこれを見直すために検査等を実施する義務があったかどうか)、[2]因果関係の有無(検査等を実施しイレウスを疑った場合、救命可能性があったかどうか、救命できたとしても重大な後遺症が残る結果となるのではないか)、であった。
2 [1]過失の有無
判決は、争点[1]について、「確定診断後の経過において、確定診断にしたがった治療をしているにもかかわらず、患者の症状が増悪したり、従前見られなかった症状が加わったりするなど、確定診断を下した際の症状の一般的推移と異なる経過が表れた場合には、それが確定診断と積極的に矛盾するものとまでは言えなくとも、確定診断にこだわることなく、診察や検査を行って確定診断を再検討する必要があると言うべきである」という一般論を述べたあと、本件については、「腹部超音波検査では腸管ガスにより壁の性状把握が困難な部位があったことが認められ、必ずしも十分な情報が得られていたとは言えないこと」という事実関係や、「胃腸炎とイレウスとの鑑別は困難であり、対症療法により経過観察しても症状が改善しない場合は、画像診断を含めた対応が必要であるとされていること」という医学的知見からすれば、Aについては、「従前と異なる症状が見られた場合や症状が改善しないと考えられる場合に、初期評価、すなわち急性胃腸炎であるとの確定診断を見直す必要性は高かったものと言える」という判断基準を示した。
そのうえでAの症状の推移について、「C医師が午後9時ごろAを急性胃腸炎であると診断したあとも点滴の継続にもかかわらずAの容態は一向に改善せず、昼ごろ入院が決まった後も『おなかが痛くて歩けない』状態でストレッチャーに乗せられて入院病棟に移されたこと」、「午後2時25分ごろの看護師の観察でも『嘔気は治まってきた様子であるが腹痛は強い様子。ベッド上にてぐったりされている』という状態であったこと」、「その後も、Aには間欠的に強い腹痛が見られ、午後4時すぎには『痛いよー、痛いよー』と訴えてうずくまり、苦痛様の表情が見られたこと」、「この様子を観察した看護師は、看護師なりの判断で、単純な胃腸炎による腹痛とは違うのではないかという疑問を持ち、『(腹痛は)胃腸炎によるものか、そのほかに原因があるのか』と看護記録に記載し、D医師に状況報告をしたこと」、「この報告を受けたD医師がAを診察したところ、腹部膨満と臍上部の圧痛が見られたこと」、「この間、排便がないこと」、さらに、「午後4時38分ごろ、D医師においてグリセリン浣腸を施行したため、Aの腹痛が少し治まり、絶飲食及び点滴を続行したにもかかわらず、午後5時20分ごろ、Aの希望によって鎮静剤ソセゴンが注射されるほどの腹痛が襲ってきたこと」といった事実を挙げ、「この中でも、特に『痛いよー、痛いよー』と訴えてうずくまる、あるいは痛み止めを希望するほどの間欠的な腹痛が遷延していたことと、腹部膨満が見られるにいたったこと、排便がないことは、イレウスを疑わせる所見と言うことができる」とした。
そして、「C医師らは、午後5時20分ごろの時点で、イレウスを疑い、Aに対して、腹部レントゲン検査、CT検査及び腹部超音波検査を実施すべき注意義務があったと言うことができる。それにもかかわらず、急性胃腸炎の診断を見直すことなく、前記検査を施行しなかったC医師には、前記注意義務に違反する過失があると言うべきである」との判断を示した。
3 [2]因果関係の有無
判決は、争点[2]について、まず、「Aのイレウスの進行を考えると、遅くとも午後5時20分ごろに腹部超音波検査を実施していれば、腹水や腸管蠕動の消失などの絞扼性イレウスに特徴的な所見が得られたものと考えられ、また、立位及び背臥位の腹部単純X線検査を実施すれば小腸ガス像が、CT検査を行った場合には、腸管壁の肥厚、腸間膜の異常(出血、浮腫など)が、それぞれ認められた可能性がある」としたうえで、「C医師らが、遅くとも午後5時20分ごろにイレウスを疑い、Aに対し各種検査を行っていれば、診察による所見及び検査結果から絞扼性イレウスの診断は可能であり、この診断にもとづいて、Aに対して開腹手術を実施することを十分期待することができたと認めるのが相当である」と開腹手術の実施が期待できたことを認定した。
さらに、本件において、B病院の体制等から、検査実施後最高5時間で開腹手術が可能であったという認定をし、Aの状態、絞扼性イレウスの症例報告などから、「Aの場合も、午後10時20分の時点で開腹手術に着手していれば、仮に絞扼性イレウス発症から約19時間半を経過し、重篤な状態にあったとしても、絞扼の解除と壊死腸管の切除により、救命できた高度の蓋然性があり、かつ、その場合に、被告らの主張する短腸症候群による後遺障害を残すことなく回復することを期待しえたと言うことができる」との判断をした。