(1) 損害賠償請求の可否
■まず、本判決は、担当医に対して抜管を依頼要請した家族らが、患者の相続人として病院に対し損害賠償請求することは、信義則に反し許されないとは言えない、とした。
本件で被告保険会社は、家族らが、自ら患者に対する抜管、すなわち、死亡という結果を発生させる行為を担当医に依頼しておきながら、死亡結果について賠償請求権を行使することは、先行行為と矛盾するために非難に値する行為であって、禁反言の原則によって信義則違反となる、同じく、不誠実な行為により取得した権利を行使することを認めない「クリーン・ハンドの原則」にも抵触すると主張し、病院には損害賠償義務がないとして争った。
これに対し、判決は、家族らが抜管を決断するにいたったのは、やや割り切りすぎると評される生命観のもとに家族らをあきらめの方向に誘導したきらいもある担当医の言動・説明から、患者の回復に対するあきらめの気持ちを抱き、植物状態で退院させられた場合、介護は困難であり、気管内挿入された状態の患者を見ているのは辛いなどと思うにいたったことによるとし、家族らが本件抜管を担当医に要請したのはやむをえないものと言うことができるのに対し、担当医の行った行為は殺人行為であって、その違法性はきわめて高いものと言わざるをえない、したがって、家族らが、担当医を雇用していた病院に対し、患者の相続人として損害賠償請求することが、禁反言の原則やクリーン・ハンドの原則により、信義則に反し許されないとまでは言うことができないと判断した。
(2) 示談金額の相当性
■次に、判決は、5000万円という示談金の額は、損害賠償金額として相当であるとした。
被告保険会社は、医療事件の裁判例においても予後不良事案に対しては大幅な減額が認められている、患者は、刑事一審裁判の鑑定結果によっても余命は短いとされており逸失利益が問題となる余地はないうえに、慰謝料額も低額(数百万円程度)とされるべきと主張した。
これに対し、判決は、逸失利益については月額80万円の役員報酬の50%相当の2年分を認め、慰謝料についても、本件患者の死亡は、苦悶の状況を示したうえでミオブロック投与により窒息死するにいたったというものであり、安楽死や尊厳死などと言えるような状況ではないから2800万円(一家の支柱の死亡慰謝料の基準額)を下まわることはなく、これに死亡時から示談時までの遅延損害金を加えると5184万円になること、その他病院と家族らとの間で示談にいたるまでの経緯から、総額5000万円という示談金額は損害額として相当であるとした。
(3) 被害者側の過失の法理の類推
■そのうえで判決は、患者の家族が抜管を要請したことを考慮し、損害賠償額を3割減額した。
家族らが、担当医に対して本件抜管を要請した点について、判決は、損害賠償請求をすることが信義則に反し許されないとまで言うことはできないが、家族らの言動が患者の死亡の一因となったことは否定できず、過失相殺(被害者側の過失の法理)の類推によって、家族らの損害賠償額は減額されると解するのが相当であるとした。
そして、減額の程度については担当医の行為は殺人の犯罪行為に該当するものであるのに対し、家族らが本件抜管を担当医に要請したのは、家族らをあきらめの方向に誘導したきらいもある担当医の説明等により、患者の回復をあきらめざるをえない心境になったことによるものと言うことができることに照らせば、減額を考慮するとしても、その減額の程度は3割と認めるのが相当であるとした。
結局のところ、病院が家族らに支払うべき損害賠償の額は、5000万円の損害額から3割を控除した3500万円と認定された。