1 争点
患者の死亡について、その遺族(相続人)らから本件病院の責任が追及された本件事案において争点となったのは、[1]患者の死因は何か、[2]アラーム音に対する看護師の対応について、本件病院の看護体制に過失はないのか、さらに[3]看護体制に過失があるとしても、そのことと患者の死亡との間に因果関係が認められるかの3点であり、これらは相互に関連している。
すなわち遺族側(原告側)は患者の死亡原因は入院直後から認められた呼吸不全によるものであり、本件事故の前にも数回、酸素飽和度が低下し気管内挿管の措置をとること等によって状態が改善するという状況が繰り返されていたのであるから、本件事故当日も同じ経過により患者は死亡するにいたったと考えるのが合理的であり、そうであるとするならば、本件事故当日、病院側がアラーム音に迅速に対応し適切な救命措置をとっていれば患者の死亡という結果は回避可能であったはずであるとする。
これに対し病院側は患者の死亡原因は呼吸循環中枢が存在する延髄を含む脳幹部の虚血性機能不全によるものであり、この虚血性機能不全は脳梗塞に由来するとした。そして、患者の死亡原因がこのようなものである以上、患者の死亡はアラームの設置等の処置により呼吸管理に万全を期していても回避することは不可能であり、仮に看護体制ないしアラームへの対応に過失があるとしても、そのことと患者の死亡との間に因果関係はない。加えて、本件病院の看護体制は関係法規に照らしても、もっとも充実した体制となっており、医療水準を満たしていないなどの過失を認定されるいわれはないとしてその責任を否定した。
2 裁判所の判断
前記の3つの争点につき、裁判所は以下のような判断を下し、病院側の責任を認めた。
[1]患者の死因
本件患者の死因については、遺族側の主張のとおり、死亡前にも複数回出現したものと同様の呼吸不全症状であり、適切な呼吸管理を行っていれば酸素飽和度が改善され、死亡にはいたらないものであったとした。
裁判所のこの判断の根拠には大きく2つの事柄が指摘される。ひとつは、本件患者に以前から、酸素飽和度の低下、気管内挿管等の措置、症状改善という事象が見られていたという診療経過である。判決の中ではこれ以上の言及はないが、要するにこれまでも同様の症状、状況が存在したのであれば、今回の症状についてのみ、まったく別の特殊な要因によるものと考える理由はないというきわめて自然な判断にもとづくものであろう。
さらに、もうひとつは鑑定人による鑑定結果である。鑑定人は(補充鑑定も含め)本件患者について想定される直接死因として、肺うっ血・肺水腫のほかに、成人呼吸促進症候群、痰による気道閉塞が考えられるとしながらも、これらを認定する積極的な病理所見がないとし、解剖結果に見られる患者の肺の重量が正常の2倍程度に増加していること、高度の肺うっ血、肺胞の液体貯留が認められることから、こうした症状は持続した呼吸不全により惹起したもので、死亡直前に生じるようなものではないことに照らして鑑みると、その死因は肺うっ血・肺水腫がもっとも可能性が高いとして死因に関する患者側の主張を支持した。
また、解剖結果からは病院側が主張する脳梗塞を認定するような脳の新しい出血、梗塞が見あたらないことを指摘し、死亡原因について病院側の脳梗塞の主張を排斥している。
[2]看護体制の過失の有無
この点については、医用テレメーターの出力記録から異常を知らせるアラーム音が鳴り始めてから看護師がこれに気づくまで30分が経過していることが判明しており、裁判所の判断はこの点を重要視している。
判決によれば、本件病院の看護体制は関係法規に照らして違法なものではないとはいえ、それは法の基準を満たしていると言うにすぎず、本件患者がたびたび酸素飽和度の低下や無呼吸など、呼吸状態が不安定になる状況であったことに鑑みれば、ナースステーションでアラーム音が鳴り始めてから30分間もこれに気づかない状態があったことそのものが看護体制の過失を意味すると断定した。
[3]患者の死亡との因果関係について
そして患者の死因が[1]のとおり、死亡前にも複数回出現したものと同様の呼吸不全症状であり、適切な呼吸管理を行っていれば酸素飽和度が改善され死亡にはいたらない可能性の高いものであったと判断されることから、アラーム音が鳴り始めてから30分間これが放置されるという看護体制の過失がなければ、当然に本件患者は救命されたものと考えられ、病院側の過失と患者の死亡には明白な因果関係が存在するという結論にいたった。