Vol.094 ガイドラインの「目安」はどこまで重視されるか

~手術後に作成・公表されたガイドラインによって注意義務違反があるとされた事例~

-大阪地方裁判所平成21年11月25日判決、判例タイムズ1320号198頁-
協力:「医療問題弁護団」菅 俊治弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

X(男性)は、手がしびれ、握力が低下し、歩行時に足を引きずるなどの症状があったことから、平成12年2月15日、Y市が設置経営するY市民病院整形外科を受診した(当時72歳)。整形外科A医師は、Xを頸椎後縦靱帯骨化症(OPLL)の連続型(椎体後面に連続的にできるタイプ)と診断した。Xは、3月30日、Y市民病院の脳神経外科を受診しB医師の診察を受け、6月19日に手術目的で入院した。
6月23日、B医師はC4~C7のOPLL除去前方除圧術を行い、骨化巣の部分切除が行われた(第1手術)。第1手術のあと、Xには両下肢麻痺、両上肢の著しい運動障害が生じた。
B医師は、Xの症状は一過性の脊髄循環障害と考え、ステロイドを投与したが、投与後24時間経過した時点で改善の傾向はほとんどなく、麻痺の進行が認められた。
6月26日、B医師は、C3~C4のOPLL除去前方除圧術を行った(第2手術)。第2手術のあと、Xには四肢麻痺が生じた。
その後、リハビリテーション等を行ったが、Xの状態は変わらず(後遺障害1級相当)、平成19年11月に死亡した(当時80歳)。そこで、Xの相続人がY市に対して債務不履行にもとづく損害賠償を請求した。
Xの相続人は、まず、第1手術の術式選択について、XのOPLLはC1~C7まで広範囲に及び脊髄圧迫も強度であったから前方除圧術はきわめて困難であった、頸椎後方から減圧する椎弓切除術ないし椎弓形成術が広く一般に普及した安全性の確立している手術方法であり、これを選択すべきであった、仮に前方除圧術を採用するにしても、骨化巣切除術ではなく、より安全性の高い骨化浮上術によるべきであったと主張した。
また、Xの相続人は、B医師の第1手術における減圧は、切除の幅が十分でなかったためにキンキング(脊髄前方の圧迫物を除去することにより脊髄が移動する現象)を生じさせた、第1手術後のMR検査によるとOPLLは中央付近が減圧されるにとどまり、削り残したOPLLの端で脊髄が強度に圧迫されており完全な脊髄損傷に近い状態であった、この減圧の失敗は、OPLLに対する除圧術の原則である全域同時除圧が遵守されていなかったことが原因である、第2手術でC3~C4のOPLLを減圧し直しているが不十分なものにとどまったと主張した。

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判決

( 1 )第1手術の術式選択について

ガイドラインでは、前方法と後方法で術式による手術成績には、明確な差はなく、骨化巣切除術か骨化浮上術かの選択は、骨化の程度と術者の経験・技量を踏まえて決定すれば良いとしていること、C医師〔Xの相続人の依頼で意見書を作成〕は骨化浮上法を推奨するが、ガイドラインにおいて、神経根麻痺に関し、骨化浮上術の術後C5麻痺は、67例中6例(9%)に発生したとの報告が記載されており、骨化浮上法であれば脊髄麻痺が発生しないと一般的に言うことはできないこと、B医師は、日本脊髄学会外科認定医であり、第1手術までに100例程度の脊髄外科手術を経験し、前方固定術についての症例を論文で発表している。これらからすると、B医師がXに対する治療法として前方法のひとつである骨化巣切除術を採用したことが不適切であったとまでは言えない。
B医師の前方法の手術はXが2例めであるが、1例めの手術(論文で発表した症例)では症状を改善させており、2例めであることによっては、前記認定判断は左右されない。

( 2 )除圧幅について

B医師は、第1手術において骨化巣を10mmの幅で摘出し、第2手術ではこれを広げてC4で12~13mm、C5で14~15mm、C6で10~11mm、C7で8mmの幅で切除したが、骨化巣は部分的に摘出されたにすぎず、いまだ残存している部分があった。
ガイドラインでは、要約として、骨化巣の大きさや形態が除圧幅の規定因子であるが、除圧幅について20mm以上が目安のひとつであるとしており、その解説部分において、外国の報告で頸椎症性脊髄症に対し15mm幅の椎体切除を行い、合併症を認めなかった報告をひとつ挙げながらも、20mm以上の除圧幅を推奨している報告を5つ挙げ、過去の報告のまとめとして、大部分の報告は20mm以上の除圧幅を推奨しており、症例によっては術前の画像を参考にそれ以上の除圧幅を要するものと考えられるとしている。
ガイドラインは、平成17年に作成されたものであるが、除圧幅に関する部分の基礎となった論文は、本件手術時にすでに発表されていたものであって、ガイドラインはそれをまとめたものにすぎず、本件手術時においても、20mm以上が除圧幅の目安のひとつであったと言うことができる。
もちろん、目安のひとつにすぎないのであるから、何かの理由にもとづいてこれと異なる除圧幅とすることを否定するものではないと考えられるが、B医師が除圧幅を前記のとおりとした理由は、切除した部分にはめ込む人工椎体の幅が13mmであるので、それが入れば除圧幅が狭すぎることはないというものであり、ガイドラインの内容に照らして合理性のある理由とは言い難い。
B医師がXに対し脊髄の分野の権威者として紹介したC医師も、本件手術において切除の幅が骨化巣の幅よりも狭いため、骨化巣の完全切除ではなく多くの部位で骨化巣の両外側端が残る部分切除になっており、除圧術の原則である「全域同時除圧」が順守されていないこと、除圧幅は予想される骨化巣の幅よりも広くする必要があり、本例では20mmが適切であることを指摘している。
以上からするとB医師の本件手術における除圧幅は狭すぎ、不適切であったと言うことができる。

判例に学ぶ

判決中のガイドラインとは、日本整形外科学会診療ガイドライン委員会・頸椎後縦靱帯骨化症ガイドライン策定委員会が平成14年から作成を開始し、平成17年に完成・公表したものです。本訴訟は、裁判所における鑑定手続きは行われておらず、判決は注意義務違反の判断に必要な医学的知見を得るためにガイドラインを最大限に利用しています。
本件で第一の争点となった術式選択については、ガイドラインの「前方法と後方法で、術式による手術成績に明確な差はない。前方除圧法は3椎体以下の骨化で安定した成績が得られるが、それを支持する中程度の質のエビデンスはない。骨化巣切除術か浮上術の選択は、骨化の程度と術者の経験・技量を踏まえて決定すれば良い」との「要約・推奨」の記載に依拠して、医師の裁量を認めました。
ガイドラインの解説部分には「手術法選択において、前方法は3椎間以下の症例、後方法は広範な後縦靱帯骨化症例に適応されている場合が多く、3椎間以下の前方法と広範な後方法とで手術成績に差がないと解釈すべきであり、手術侵襲の観点からも、広範な後縦靱帯骨化症例には後方法の適応のほうが望ましいと考えられる」とやや踏み込んで述べた部分もあります。本件の第1手術、第2手術とも手術範囲がC4~C7の4椎体に及んでいますので後方法が望ましいとも考えられますが、判決は注意義務違反とは認めませんでした。
B医師が後方法で100例の経験を有しているのに、前方法に関しては本件が2例めにすぎなかった点についても、判決は裁量の範囲としました。ガイドラインの利用にあたっては、医療従事者の経験を考慮することとされていますが、本件に関しては、裁判所が、必ずしも経験豊富な術式をとることを求めているわけではないことは注目すべきでしょう。
他方、本件の第二の争点となった除圧幅については、判決はB医師の注意義務違反を認めました。ただし判決は、除圧幅は20mmを目安とするとのガイドラインを機械的に適用しているわけではありません。B医師が除圧幅を狭くとった根拠として幅13mmの人工椎体が入れば狭すぎることはないと述べており、これが合理的理由とは認められないということが重視されています。
四肢麻痺との因果関係についてB医師は、Xが本件手術前から上肢の筋力低下と歩行障害を訴えており、これは脊髄症状であって本件手術の適否にかかわらずXに四肢麻痺が生じる可能性があった、第1手術中のドリリングの際の発熱や振動が影響を与えた可能性や、圧迫除去にともなう循環動態の変化など、他原因の可能性も主張しました。
しかし、裁判所は「Xに生じた四肢麻痺は本件手術前には生じていなかったものであり、B医師の指摘する点はその可能性が高いものとは言い難い」として他原因の可能性を否定しています。
本件手術は、ガイドラインの作成開始前に実施されたものですが、裁判所は、ガイドラインは、それ以前の基礎となる報告をまとめたものにすぎないとしました。当然のことですが、ガイドラインについては、作成経過やそこに引用される報告の価値も踏まえて判断する必要があるということが言えるでしょう。
現在、ガイドラインは、多くの疾患について作成されており、財団法人日本医療機能評価機構が、厚生労働省の補助金を得て運営している医療情報サービスMindsによって、医療提供者のみならず、一般にも公開されています。医療訴訟においても、ガイドラインの評価をめぐって争われる事件が、増えてきています。
なお、本件では、裁判所は、除圧幅を狭くとったことについての注意義務違反と四肢麻痺との因果関係を認め、介護費用、慰謝料、弁護士費用の合計1770万円の賠償を認めました。