判決は、原告主張のうち、(1)白内障手術で眼内レンズの縫着部位を誤った過失、(2)白内障手術の危険性についての説明義務違反、(3)第1回手術から第3回手術において手術適応の判断を誤った過失、(4)第1回ないし第3回手術についての説明義務違反、の4点については過失を否定した。
しかし、原告主張の(5)第3回手術において、Xの眼内に強膜プラグを残置した過失については、以下のとおり過失を認め、Y3及びY4に対して連帯して70万円支払うよう命じた。
【1】 事実認定
前提事実によれば、第3回手術の際にY4が本件強膜プラグを紛失したこと、平成18年8月ころ、Xが他院で頭部レントゲン撮影をした際に、本件プラグがXの眼球周辺部位に残置されているのが判明したことが認められ、チタン製の手術器具が眼球周辺部位に残置されているという事態が生じうるのは、第3回手術において上記のとおり本件プラグを紛失したとき以外に考え難く、第3回手術の際に本件プラグが残置されたものと認められる。
【2】 過失
手術に使用する器具を適切に管理し、患者の体内に残置しないということは、医療者に課せられた基本的な義務ということができるから、Y4は、かかる義務を怠って、Xの眼球周辺部位に本件プラグを残置した過失があり、この過失につき、Y4のみならずその使用者かつ診療契約の当事者であるY3も責任を負うべきである。
【3】 因果関係
Xは、第3回手術後から約10年にわたり左眼に痛みを感じるなどの身体的・精神的苦痛を被ったと主張するが、Xが第3回手術後のY3における診察に際して何らかの痛みを訴えた事実は認められず、本件プラグの残置が直接の原因となって、Xが主張するような左眼の痛みが生じたものと認めることは困難である。
もっとも、Xが他院で頭部レントゲン撮影をした際に、本件プラグが眼球周辺部位に残置されていることが判明し、これを知ったXが強い精神的ショックを受け、そのこともあいまって、眼球部位に違和感を思えるに至ったということは考えられるから、このような事情に伴う精神的苦痛については、本件プラグを残置した過失との因果関係を認めることができる。
【4】 損害額
強膜プラグを残置されるという異常な事態に見舞われたことは、繰り返し手術を受けた後に失明するに至ったXにとって、相当な精神的苦痛を伴うものであったと想像されるが、他方、本件プラグはチタン製で人体に悪影響を与えることはなく、MRI撮影等の実施も可能であるし、Xは本件プラグの摘出を具体的には予定していない。
その他、本件プラグを摘出するには一定の身体的負担と費用を負わなければならないこと、専門的知見を必要とする本件訴訟追行のため、訴訟代理人として弁護士を選任することが不可欠であったことなども含め、本件に現れた一切の事情を考慮して、Xに対する慰謝料として70万円を認めるのが相当である。