Vol.099 MRSA感染防止策を怠った過失

-原審:熊本地裁平成17年3月24日判決、控訴審:福岡高裁平成18年9月14日判決、 判例タイムズ1285号234頁-
協力:「医療問題弁護団」藤田 裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事案の概要

感染症は院内感染にとどまらず社会的関心を集めている。今回紹介するのは、MRSA感染症防止対策を怠った過失を認めた裁判例である。本件事案では、市民病院と大学病院が被告とされ、結論として市民病院の過失のみが認められた。
結論を分けたのは院内感染対策の内容であり、大学病院の院内感染対策は十分なものであったと認定されている。また、死因となった感染症の発症時期に関する事実認定について、地裁と高裁とで異なった判断をしている点で参考になる裁判例だ。

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事案の内容と経過

本件の患者は、死亡時21歳の短大の保育科に在学していた女性である。患者は、平成8年4月24日、市民病院の皮膚科でアレルギー性血管炎疑いと診断され、5月13日、市民病院皮膚科に入院した(1回目の入院)。1回目の入院中、増悪傾向になったため5月23日からレクチゾール1日1錠(25mg)の投与が開始され、5月29日、皮疹が消退したため退院した。
患者は、皮疹が、再び出現したため6月4日に市民病院皮膚科を受診し、レクチゾール1日2錠(50mg)に増量された。6月24日、腹痛と下痢を訴え、また、顔面の紅斑や網状皮疹も出現したため伝染性紅斑疑いと診断されて治療を受けていたが、6月28日には肝障害のため近医の内科医院に入院した。報告を受けた市民病院の担当医師は、レクチゾールの副作用であるDDS症候群を疑い、レクチゾールの投与を中止させ、7月2日、市民病院に転院させ(2回目の入院)、DDS症候群による症状と診断し、ステロイド剤であるリンデロン1日6mgの投与を開始した。患者の症状は、軽快と再燃を繰り返したが、8月12日には急性膵炎が疑われたためステロイド剤をプレドニゾロンに変更した。さらに高サイトカイン血症が認められたため8月14日から免疫抑制剤であるサンディミュンの投与が開始された。患者は膵炎治療のため8月16日から絶飲食と輸液の持続点滴が開始され末梢静脈カテーテル留置針(DIV)が8月31日まで挿入された。その間、DIVは8月25日に点滴漏れなどのため左手に刺し替えられるなどしたが、それ以外に刺し替えがされなかった。患者は、8月28日には38度台の発熱があり、8月31日には39.7度、9月1日には40度の発熱があり、CRP値の上昇傾向と血小板の急激な減少傾向が出現したことから9月2日に大学病院に転院した。なお、8月29日に患者から採取した涙液、8月31日に採取した中間尿と静脈血、同日まで使用していた血管留置針の針先に、それぞれ細菌培養検査を実施したところ涙液、中間尿、DIV針からMRSAが検出されたが、静脈血からはMRSAが検出されなかった。
9月2日の大学病院入院時、皮膚の落屑をともなう紅斑、頭部リンパ腫腫大、甲状腺腫、血小板減少があり、CRP値も正常値を上まわっていたが、発熱が認められなかったため、大学病院の担当医師はDDS症候群と診断しステロイド剤の継続投与をした。9月13日、39.5度の高熱となり、白血球数の増加も認められたため、担当医師は発熱が膵炎に関係していると考え、絶食とするとともに鎖骨下静脈からIVHカテーテルを挿入して栄養管理をし血液細菌培養検査が実施された。9月14日にはグラム陽性球菌が検出されたためDIV針先からMRSAが検出された旨の連絡を市民病院から受けていた担当医師はMRSA敗血症による発熱と判断し、抗菌剤バンコマイシン、ハベカシンを投与して治療にあたった。9月15日にはグラム陽性球菌がMRSAであることが判明した。その後、全身状態が次第に悪化し、10月28日には集中治療室に転室して集中的治療が実施されたが、11月26日、MRSA敗血症による多臓器不全により死亡した。

判決

1 院内感染対策

判決では市民病院と大学病院の院内感染対策が比較されている。市民病院では、MRSA院内感染対策委員会を設置開催し、病室入口に即乾式消毒液を備える等していたが、面会制限はなく、マスクやキャップの着用など指示せず、病室入口に手洗い用の消毒液が置かれていなかった。患者は、入院当初は平均週2回ほどの頻度でシャワー浴をしていたが、8月6日以降はシャワー浴をせずに、8月16日、18日及び19日に清拭をしたのみであった。これに対し、大学病院では、易感染性疾患患者を対象とした内科を設置し、院内感染対策委員会の設置、感染対策マニュアルの作成、手洗いの奨励、病棟や各病室入口に消毒薬の設置などをしていた。また、病棟内は土足禁止とし、病棟内ではマスク着用としており、面会者の制限、生け花の持ち込み禁止、出前の制限等についても定めていた。そして、患者に対して可能な限りシャワー浴または入浴を1日1回実施し、それができないときは1日1回全身清拭または上半身清拭を行い、皮膚の保護、保湿及び清潔を保つようにしておりIVHが挿入された後は少なくとも1日に1回挿入部を観察するとともに、ほぼ毎日挿入部のガーゼ交換、ルート交換及び挿入部の消毒等を実施していた。

2 感染の時期、経路

原審の熊本地裁判決では機序について、市民病院においてステロイド剤の投与等により易感染状態となり、皮疹上にMRSAが付着定着し、これがDIV針を介して血管内に侵入してMRSAに感染(1)したところ、多量のステロイド剤の投与によって炎症がマスクされ、9月13日ごろにMRSA敗血症を発症し、大学病院における抗菌剤の投与等の治療でいったん沈静化したものの増加した皮疹上のMRSAが免疫機能低下によりIVHに沿って血管内に侵入してMRSA敗血症を惹起(2)し、これが最終的に多臓器不全を引き起こして死亡した、と判断した。
責任については、市民病院において、易感染患者に対する院内感染予防対策が不十分であったとし、とりわけ末梢静脈カテーテルは、感染症発症を防止するため、48時間ないし72時間ごとに挿入部位を変更して留置針の交換を行うことが推奨されていたことから、遅くとも72時間程度で挿入部位を変更して、留置針を交換すべきだったにもかかわらず、25日に留置針を差し替えたのみでカテーテル挿入部の清潔管理を怠ったとして、市民病院のみに発症責任を認め、大学病院については感染症防止対策が十分なされていたとして責任を否定した。
この地裁判決に対しては、前記した(1)、(2)の感染の関係が明らかでないという批判が、挙げられる。この点を考慮して(判例タイムズ1285巻235頁、民事法情報277号74頁)、福岡高裁判決では、大学病院は厳重な院内感染予防対策がとられているうえ、IVHが挿入される以前にMRSAに感染した事実を窺わせる証拠はないことから、市民病院で感染したMRSA敗血症(1)により死亡したという判断を示した。市民病院が8月31日に実施した血液細菌培養検査でMRSAが検出されていない点が問題となるが、MRSAが血液中に広く伝播していない場合、血液中の菌量が少ないことがあるため、感染していても細菌培養検査においてMRSAが検出されないことがあるとして、市民病院におけるMRSA感染を否定することはできないとも判断している。なお、福岡高裁判決では、「血管内留置カテーテルに関連する感染予防のCDCガイドライン」にもとづき、末梢静脈カテーテルを交換すべき頻度は 72時間ないし96時間としている。

判例に学ぶ

MRSA感染に関する医療機関の責任としては、[1]患者がMRSAに感染したことについての感染防止義務違反、[2]MRSAに感染した後に感染症に対する治療を怠った治療義務違反の2点が主に裁判上の争いとなっています。[1]の感染防止義務違反は、感染経路を特定することが困難な場合が多いとされていますが、本件はこれを認めた裁判例であり、また、院内感染対策を対比しつつ検討している点で参考になるので紹介しました。院内感染対策は、病院の規模によっても異なりますが、本件の市民病院での対応では不十分であるという判断が出ています。本件は若い患者がステロイド剤の使用等により易感染患者となっていますが、その判断は高齢者等の易感染患者においても当てはまるでしょう。高齢者の院内感染による紛争は多く見受けられるので、十分気をつけたいところです。