1 院内感染対策
判決では市民病院と大学病院の院内感染対策が比較されている。市民病院では、MRSA院内感染対策委員会を設置開催し、病室入口に即乾式消毒液を備える等していたが、面会制限はなく、マスクやキャップの着用など指示せず、病室入口に手洗い用の消毒液が置かれていなかった。患者は、入院当初は平均週2回ほどの頻度でシャワー浴をしていたが、8月6日以降はシャワー浴をせずに、8月16日、18日及び19日に清拭をしたのみであった。これに対し、大学病院では、易感染性疾患患者を対象とした内科を設置し、院内感染対策委員会の設置、感染対策マニュアルの作成、手洗いの奨励、病棟や各病室入口に消毒薬の設置などをしていた。また、病棟内は土足禁止とし、病棟内ではマスク着用としており、面会者の制限、生け花の持ち込み禁止、出前の制限等についても定めていた。そして、患者に対して可能な限りシャワー浴または入浴を1日1回実施し、それができないときは1日1回全身清拭または上半身清拭を行い、皮膚の保護、保湿及び清潔を保つようにしておりIVHが挿入された後は少なくとも1日に1回挿入部を観察するとともに、ほぼ毎日挿入部のガーゼ交換、ルート交換及び挿入部の消毒等を実施していた。
2 感染の時期、経路
原審の熊本地裁判決では機序について、市民病院においてステロイド剤の投与等により易感染状態となり、皮疹上にMRSAが付着定着し、これがDIV針を介して血管内に侵入してMRSAに感染(1)したところ、多量のステロイド剤の投与によって炎症がマスクされ、9月13日ごろにMRSA敗血症を発症し、大学病院における抗菌剤の投与等の治療でいったん沈静化したものの増加した皮疹上のMRSAが免疫機能低下によりIVHに沿って血管内に侵入してMRSA敗血症を惹起(2)し、これが最終的に多臓器不全を引き起こして死亡した、と判断した。
責任については、市民病院において、易感染患者に対する院内感染予防対策が不十分であったとし、とりわけ末梢静脈カテーテルは、感染症発症を防止するため、48時間ないし72時間ごとに挿入部位を変更して留置針の交換を行うことが推奨されていたことから、遅くとも72時間程度で挿入部位を変更して、留置針を交換すべきだったにもかかわらず、25日に留置針を差し替えたのみでカテーテル挿入部の清潔管理を怠ったとして、市民病院のみに発症責任を認め、大学病院については感染症防止対策が十分なされていたとして責任を否定した。
この地裁判決に対しては、前記した(1)、(2)の感染の関係が明らかでないという批判が、挙げられる。この点を考慮して(判例タイムズ1285巻235頁、民事法情報277号74頁)、福岡高裁判決では、大学病院は厳重な院内感染予防対策がとられているうえ、IVHが挿入される以前にMRSAに感染した事実を窺わせる証拠はないことから、市民病院で感染したMRSA敗血症(1)により死亡したという判断を示した。市民病院が8月31日に実施した血液細菌培養検査でMRSAが検出されていない点が問題となるが、MRSAが血液中に広く伝播していない場合、血液中の菌量が少ないことがあるため、感染していても細菌培養検査においてMRSAが検出されないことがあるとして、市民病院におけるMRSA感染を否定することはできないとも判断している。なお、福岡高裁判決では、「血管内留置カテーテルに関連する感染予防のCDCガイドライン」にもとづき、末梢静脈カテーテルを交換すべき頻度は 72時間ないし96時間としている。