1.争点
本件の争点は、(1)上級医の過失の有無(2)薬剤師の過失の有無(3)因果関係及び損害であった。実際に処方した担当医(Y5医師)の過失については、争いがない。
なお、判決は控訴されず確定している。
2.上級医の過失の有無
【1.主治医代行者について】
まず、主治医代行の立場にあったY7医師について、一般論として、代行期間中は主体的に治療を行う義務があり「主治医としては、担当医から薬剤の投与量について相談された際、具体的な投与量や投与回数等を指示することは望ましいといえ、特に、当該薬剤がまれにしか使用されないものであったり、重篤な副作用を有するものであった場合には、より慎重な対応が求められる」「ベナンバックスは使用頻度も低く、劇薬にも指定されている薬剤であり、被告Y5医師のほか被告Y7医師自身も、使用した経験がない薬剤であることなどに照らせば、その投与には慎重を期すべきであった」とし、これを前提に、以下のとおり事実認定をした。
《1》 ベナンバックスへの薬剤変更が決定された10月28日、被告Y7医師は、外勤のため、被告病院を離れなければならなかったこと
《2》 被告Y5医師から、投与量について相談をされた際に、書いてあるとおりでよいと、概括的ながら、添付文書や医薬品集に記載されている投与量で投与する旨の指示は出したこと
《3》 被告Y7医師としては、特別の事情がない限り、被告Y5医師が、医薬品集などで投与量を確認し、その記載の量で投与するであろうことを期待することは、むしろ当然であること
を踏まえ、被告Y5医師のミスは通常想定し難いものであり、「このような過誤まで予想して、被告Y5医師に対し、あらかじめ、具体的な投与量についてまで、指示をすべき注意義務があったとは直ちには認められない」と判示した。
【2.内科部長について】
次に、内科部長(Y6医師)については、「呼吸器センター内科部長として、週に2回の回診の際、チャートラウンドにおいて、各患者の様子について担当医師らから報告を受け治療方針等を議論し、前期研修医を同行し、患者の回診をするなどしていた」との事実認定をした上で、「被告Y6医師の…役割や関与の在り方から見ても、10月28日当時で約95名にのぼる被告病院呼吸器センター内科の入院患者一人一人について、極めて限られた時間で行われるチャートラウンド等の場において、使用薬剤やその投与量の具体的な指示までを行うべき注意義務を一般的に認めることは難しい」とした。
そして、本件事案を具体的に見ても、
《1》 被告Y5医師は3年目の後期研修医であって、処方できる薬剤にも制限はなく、ベナンバックスも単独で処方ができる薬剤であったこと
《2》 実際にベナンバックスを投与するに当たっては、当然、担当医である同医師が医薬品集などを確認し、自ら投与量や副作用等について確認することが前提とされており、そのように期待することがむしろ当然であること
《3》 医薬品集の左右の頁を見違えるなどということは通常想定し難いこと
などの事実からすると、今回のような過誤までを予想して、被告Y5医師に、あらかじめ投与量や副作用等について直接指示しなければならなかったとまではいえず、注意義務違反は認められないとした。
3.薬剤師の過失の有無
まず、薬剤師法24条の疑義照会義務の内容につき、薬剤の用法・用量が適正か否か、相互作用の確認等の実質的な内容にも及ぶものであり、「疑義がある場合には、処方せんを交付した医師等に問い合わせて照会する注意義務を含む」とした。
そして、実際に調剤をした薬剤師につき、
《1》 ベナンバックスは普段調剤しないような不慣れな医薬品であり、劇薬指定もされ、重大な副作用を生じ得る医薬品であること
《2》 処方せんの内容が、本来の投与量をわずかに超えたというものではなく、5倍もの用量であったこと
などの事実からすると、「医薬品集やベナンバックスの添付文書などで用法・用量を確認するなどして、処方せんの内容について確認し、本来の投与量の5倍もの用量を投与することについて、処方医である被告Y5医師に対し、疑義を照会すべき義務があったというべき」とした。
次に、調剤監査を行なった薬剤師につき、処方せんに記載された処方内容とLの薬袋ラベル、輸液レベル、処方せん控えとを照合しているけれども、それだけでは十分とはいえず、上記《1》《2》の事実からすると、疑義を照会すべき義務があったとした。
なお、いわゆるオーダリングシステムに関して、「調剤・監査業務に関与する薬剤師等が、そのシステムの機能や具体的なチェック項目等について十分理解し、明確な認識を持った上で、当該システムが正常に機能することを信じて業務を行い、かつ、当該システムが正常に機能する技術的担保があるなど、これが正常に機能することを信じるにつき正当な理由がある場合には、薬剤師は、同システムが正常に機能することを信頼して自らの業務を行えば足りる」とし、疑義照会義務を免れる場合があることを一般論としては認めながらも、本件で「正当な理由」は認められないとした。