Vol.104 療養指導としての説明義務の重要性(大腸癌の見落とし)

~内痔核の診断を受けた患者が、大腸癌(肝転移)で死亡したことにつき、内視鏡等検査と再診の必要性に関する説明義務違反、及び死亡との間の因果関係を肯定した事案 ~

-東京地方裁判所・平成21年3月12日判決・ウエストロージャパン(消化器内科)-
協力:「医療問題弁護団」梶浦 明裕弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者(男性・初診時52歳)は、平成13年2月、2、3か月前から軟便時に出血があるとして大学病院である被告病院外来を初診した。この時、消化器外科医である担当医が直腸診及び肛門鏡検査を行った結果、12時方向内痔核があると診断され、軟膏及び内服薬が処方された。その後、患者は、平成13年の3月中に2回(この時、患者は軟便時に出血がある旨訴えるなどした。)、 4月中に1回(この時、患者は下血を訴えるなどした。)、被告病院の外来を受診したが、医師は問診を行い、軟膏及び内服薬を処方するに留まった。
被告病院の医師は、検査の必要性につき、「出血が続くようだったり、気になるようであれば、大腸全域の検査をしましょう。」(2月の初診時)、「痔が良くなってもさらに出血があるのであれば、もっと上からの出血を疑わなければならないので、検査をやりましょう。」(3月の2回目の検査時)と説明するのみであった。また、4月の受診時にも再診に関する説明(指導)がなされることはなかった。
しかし、その後も患者の下血は続いていたため、約11か月後の平成14年3月、患者は自ら被告病院を受診したところ、便潜血陽性と鉄分の減少を指摘され、大腸内視鏡検査の結果、肛門縁から7センチメートルの上部直腸に癌(タイプ2)があると診断された。そして、患者は、翌4月に直腸癌の切除術及びリンパ節郭清を受けた。病理検査の結果、占拠部位Ra(上部直腸)、 3/4周性、大きさは30×35×14ミリメートル、深達度se、リンパ節転移9/22等で、ステージ3b、中等度文化型腺癌、との報告がなされた。
その後、患者には多発性肝転移も指摘され、化学療法等が行われるも、平成17年1月に患者は転移性肝腫瘍による肝不全で死亡した。

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判決

【1】 療養指導としての説明義務違反を認める

患者(原告)側は、平成13年2月以降同年4月までの間の4回の各診察時において、被告病院には、(1)内視鏡等の検査実施義務違反、(2)大腸癌の可能性と内視鏡等検査の必要性、及び出血が続いた場合の再診の必要性に関する説明義務違反があったと主張した。
これに対し、裁判所は、12時方向の内痔核が初診時に認められており出血は同疾患と矛盾しないこと、出血以外に大腸癌を疑わせる下痢や便秘等の所見が確認されなかったこと、大腸内視鏡検査はそれ自体侵襲性を伴う検査であり、前処置で使用する下剤により内痔核からさらなる出血を起こす危険性もあるほか、合併症の危険もある上、被告病院には常備されていなかったこと、出血が一旦は止まったこと等を理由に、2月及び3月の合計3回の診察時における注意義務は否定した。
しかし他方で、裁判所は、次の理由から、4月の診察時においては、前記(2)の説明(指導)義務違反を認めた(なお、前記(1)の内視鏡等の検査実施義務違反は前処置等が必要だから即日実施すべきとはいえない等の理由でこれを否定した)。
・内痔核は、軟膏などの保存療法によって2週間程度で改善し1か月以上出血が続くことは 稀であるにもかかわらず、患者には2月に内痔核の治療を開始した後1か月以上下血が続いた、よって、他原因を検索すべき状況だった
・患者の痔は肛門からの脱出はなく軽症に分類されるもので治療により出血が早期に止まる可能性が高かった、よって、本件では大腸癌を疑うべき状況だった
・2月の初診時以降は直腸診や肛門鏡等による診察は行われておらず内痔核の状態は不明だった
・患者の出血は一応落ち着いており特に内視鏡検査を行うことに支障がある状況も存在しなかった
・被告病院は地域に高度の医療を提供する総合病院である

【2】 因果関係を認める

裁判所は、さらに、証拠(本件患者のデータ、医学文献、医師意見書等)から、前記義務違反時である平成13年4月時点の患者の大腸癌はステージ2に留まったはずと推認した。その上で、ステージ2の直腸癌の5年生存率が77・7パーセントという証拠に基づき、義務違反がなければ患者を救命できたとして、被告病院の義務違反と患者の死亡との間の因果関係を認めた。

判例に学ぶ

【1】 療養指導としての説明義務

一般的に、医師の説明義務は、(1)患者の承諾を得るための説明義務(患者の自己決定権に由来するインフォームド・コンセントを得るためのもので診療契約に基づく)、(2)療養指導としての説明義務(医師法23条、診療契約の当然の内容)、(3)治療後の説明(弁明)義務(診療契約に基づく顛末報告義務)の3つに分類できると考えられます。この点、説明義務として一般的に問題となるのは(1)の説明義務です。一方、(2)の説明義務は、説明(療養指導)自体が診療(医療)行為の一種として捉えられます。本件では、正にこの(2)の説明義務が問題になりました。この説明(療養指導)自体は診療(医療)行為として行われるため、当該説明義務の存否や内容は診療当時の医療水準に基づいて決せられることになります(最高裁昭和57年3月30日(未熟児網膜症事件)判決・判時1039号66頁等)。
本件では、確かに初診時は内痔核という下血の症状を伴う他疾患の診断が下されており、下血の原因疾患が診断できていなかった事案と比較すれば、その他の疾患を予見するのは困難な面があることは否めません。しかし、1か月以上内痔核の治療をしても下血についての治療効果が現れない以上、被告病院が大学病院であることも踏まえるとなおさら、大腸癌等他疾患の可能性を視野に入れて内痔核の診断を見直すことが医療水準であったといえます。そのことの帰結として、診療(医療)行為の一環として、患者に対して、内視鏡等の検査の必要性を説明(療養指導)すること、とりわけ出血が続いた場合の再診の必要性については適切に説明(療養指導)することが必要不可欠と考えます。この説明(療養指導)は、診療(医療)行為の一環として高度の専門性を有するものである上、患者は情報を得る立場にありません。そのため、医師を信頼して受診している患者は、この医師の説明(療養指導)に従うのが一般的であり、逆に患者に対して説明(療養指導)を再考することを求めたり同説明に沿わない行為を求めるのは無理があります。また、説明(療養指導)の内容は、その専門性に鑑み患者が十分理解できるよう具体的になされるべきです。このように、療養指導としての説明が不適切であると患者サイドには療養指導を見直す機会がほぼないため、医師には、適切な時期に、適切かつ具体的な内容の療養指導が求められるといえます。
本件では、検査の必要性については、出血が続いたら大腸全域の検査をしましょうという趣旨の説明が2度ありました。しかし、このような抽象的な説明は、医療の専門性からすれば、説明(療養指導)の内容としては不十分であると考えられます。また、再診の必要性に関する説明については本件では一切ありませんが、これは不適切といわざるを得ないでしょう。以上について、被告病院は、裁判で、大腸癌内視鏡検査の具体的な必要性と危険性等の説明は検査の予定を組む段階で行う予定だったが患者が自己の判断で通院を中止したからやむを得ない等と反論しましたが、裁判所により退けられました。前記した医療行為の専門性や医師と患者の関係からして、患者に十分な情報を与えず主体的な再診を求めるのは筋違いですので、裁判所の判断は適切と考えます。

【2】 因果関係

本件のように、進行癌などの予後不良な疾患が問題となる事案では、仮に注意義務を尽くしていても死亡結果を避けることができなかったとして因果関係が否定されることも多いですが、本件では義務違反時のステージを推測した上で、因果関係を肯定している点も注目に値します。