Vol.105 絞扼性イレウスを鑑別するために必要な検査実施義務

~絞扼性イレウスで死亡したと認められる患者について、担当医には原因疾患の鑑別をするために腹部エコー検査や造影CT検査などの必要な検査を実施しなかった過失があるとされた事例~

-東京地裁平成19年(ワ)第17470号 平成21年10月29日 民事第14部判決 判例タイムズNo.1335号175頁 (消化器外科)-
協力:「医療問題弁護団」福地直樹弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

このケースは、74歳女性が腹痛を訴えて受診し入院した病院で死亡したことにつき、相続人が医師(医療機関開設者)に対し、不法行為に基づいて損害賠償を求めたという事案である。事実経過は以下のとおりである。
患者は腹痛により午前5時45分ころ救急車で病院に搬送され、ソセゴン・ブスコパンなどの処置を受けて外来診察開始時間まで待機していたが、午前9時50分ころ看護師同伴でトイレに行った際、意識を消失してショック状態となった。午前10時ころ医師の診察を受け、入院治療を受けることになった。入院後、腹部レントゲン撮影、腹部エコー検査等を実施したがイレウスを疑う所見を得られなかった。その後も強い下腹部痛の訴えが続き、意識レベル低下、血圧測定不可、無呼吸状態など、午後1時50分ころに重度のショック状態に陥り、蘇生処置を施したが午後2時31分に死亡が確認された。東京都監察医務院にて解剖が行われ剖検記録が作成された。

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判決

≪1≫ 争点

この裁判で争点になったのは、(1)患者の死亡原因、(2)診察・検査義務違反の有無、(3)因果関係の有無、である。
争点(1)の死亡原因は、東京監察医務院作成の剖検記録には、死亡原因が絞扼性イレウスであるとの記載があるが、被告剖検記録の記載からは絞扼性イレウスと確定診断するには不十分な記載にとどまることを理由に争ったものである。
争点(2)の義務違反について、患者がトイレに行った際ショック状態に陥った午前9時50分ころに絞扼性イレウス造影CT検査等を実施すべきであった、また午後0時前に強い腹痛の訴えを知った時点で診察し、腹部エコーや腹部造影CT検査を実施すべきであったというのが原告の主たる主張内容であった。
以下、各争点に関する裁判所の判断を紹介する。

≪2≫ 裁判所の判断

【1】患者の死亡原因
裁判所は、以下のような判断によって患者の死亡原因は絞扼性イレウスであると認定した。
1. 剖検記録は専門家が実際に解剖した上で結果を記載したものである以上、一般的にはその記載の信用性は高いものといえる。
2. 信用性を否定するに足りるだけの特段の事情が認められるか否かを検討し、患者の腹痛が激痛であったこと、患者が代謝性アシドーシスの状態にあったことなどから、死亡原因は絞扼性イレウスと認められる。
そして被告の反論に対しては、LDH、CPKが特に高値を示しているとはいえないが、必ずしもすべての検査数値が異常値を示していないからといって絞扼性イレウスを否定する根拠とはならない、またレントゲン写真でニボー像が写っていなくても絞扼性イレウスを否定する根拠とはならないとして、被告の反論を退けた。

【2】診察・検査義務違反の有無
1. 午前9時50分ころ
裁判所は以下のような判断によって、9時50分ころに造影CT検査を実施すべき注意義務があったとはいえないとして、この時点での被告の過失を否定した。
ショック状態に陥った患者に対する諸検査の結果、軽度の圧痛、白血球21200、pH6・831など絞扼性イレウスを「一応考慮すべき所見」が存したが、持続的な激痛であったとまでは認められず、圧痛は軽度であったこと、強い悪心、嘔吐、筋性防御、ブルンベルグ徴候はいずれもなく、腸閉鎖音もなかったのであり、絞扼性イレウスの場合に見られることの多い所見が複数存在していないことは否めない。したがって、この時点で絞扼性イレウスを疑わなかった被告の判断が不適切であったとまでいうことはできない。
2. 午前11時55分ころ
裁判所は、以下のように判断して、午前11時55分ころには必要な検査を実施すべき義務があり、これを行っていない被告には注意義務違反があると判断した。
患者が午前11時55分ころまでの時点において強い下腹部痛を訴えていたこと、午前9時50分ころにショック状態に陥ったこと、入院時の血液検査・血液ガス検査結果が代謝性アシドーシスの状態であったことと腹水が認められたことを把握し得る状態にあったことから、この時点で絞扼性イレウスに罹患していることを疑い、その鑑別をするために腹部エコー検査や腹部造影CT検査を実施すべき義務があったというべきであり、これを行っていない被告には注意義務違反がある。

【3】因果関係
午前11時55分ころに必要な検査を実施して手術を決定し実施していれば、患者を救命できたかどうかという問題である。裁判所は以下のように判断して因果関係を否定した。
患者が病室を出て造影CT検査を受けて戻ってくるまで30分、緊急開腹手術開始を決定してから開始まで最長で2時間を必要する状況であったことからすると、午前11時55分に診察を開始して造影CT検査を終了するのが午後0時25分ころ、その時点で緊急開腹手術が決定されていても手術開始が午後2時25分ころになる。患者が1時50分ころに重度のショック状態に陥り午後2時31分に死亡するに至ったこと、絞扼性イレウスの予後不良を考慮すると、午後2時31分の死亡を回避できた高度の蓋然性があるということはできない。もっとも、午後1時50分より前に手術を開始できた可能性の十分にあったことから、重度のショック状態に陥る前に手術を開始して救命し得た相当程度の可能性があったというべきであり、慰謝料を200万円と評価するのが相当である。

判例に学ぶ

判決でも指摘されているとおり、絞扼性イレウスは腸管の血行障害を伴うため早期に腸管壊死、敗血症、ショック状態に陥り死亡に至ることが少なくない重篤な疾患である。したがって、患者を救命するためには極めて迅速な処置が要求される疾患の一つである。
一方で、検査に要する時間、あるいは緊急手術の実施を決定してから実際に手術が開始されるまでの時間は、各医療機関の規模や人員確保の可否などの条件によって異なることもまた確かであろう。本件の医療機関では、絞扼性イレウスに罹患しているかどうかを鑑別するために必要な造影CT検査(本件医療機関では、ヘリカルCTを使用していたとのことである)を受けるために、患者が病室を出てから帰室するまでに要する時間が30分、緊急手術の実施を決定してから手術開始までに最長で2時間を要すると認定したうえで、注意義務違反と患者の死亡という結果との間の因果関係を否定した。
対象となる疾患が、前記のとおり症状の進展・悪化が急激であり、確定診断に至る前の試験開腹を含めた緊急の処置を要求され、予後がきわめて不良な絞扼性イレウスであることを考慮すると、本事例は患者の救命という点にとって厳しい条件下での診療であったといえるだろう。判決掲載誌を見る限り、被告である医療機関側は、初診から死亡に至るまで一貫して、本件患者には絞扼性イレウスを疑うべき所見はなかったと主張しているが、本件患者がなぜショック状態に陥ったのか、その原因を当時どのように判断していたのか、ショック状態を引き起こした原因として考えられる疾患をどのように考えていたのかという点については何も言及することなく、抗ショック療法を最優先事項として治療にあたったと主張している。裁判上での主張や法的判断とは別に、消化器外科専門医として本件患者がショック状態に陥った原因の一つに絞扼性イレウスを念頭に置いていれば、異なる転帰をたどった可能性を否定できないようにも思われる。