Vol.106 穿孔性腹膜炎の診断に必要な画像検査

~急性腹症を疑いのある患者に対し、腹部CT撮影で遊離ガスを確認しなかった救急外来医師の責任~

-名古屋地判 平成23年1月14日(出典:裁判所ウェブサイト)-
協力:「医療問題弁護団」 服部功志弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

自宅で腹痛を訴えた患者( 70歳代男性)は、19時33分頃、被告病院救急外来に救急車で搬送された。搬送後も意識不清明、発語困難、腹部に力が入っている、保持介助しても座位の姿勢がとれない、口から茶褐色様のものを出しているといった状態であった。救急外来の担当医(内科医)は、臥位正面像の腹部単純X線写真1枚を撮影したが、遊離ガスの検出に有用とされる立位又は左側臥位正面像のX線撮影は行わなかった。なお、血液検査結果で炎症反応は認められなかった。
その後、担当医は、頭部CTを撮影したものの異常なかったことから、近いうちに消化器科を受診するよう指示して患者を帰宅させた。帰宅途中、患者は、依然として苦痛が続いたため、 23時15分頃、再度被告病院救急外来に赴いた。担当医は、入院を勧めたところ、家族が救急外来で朝まで待たせたい旨申し出た。
翌朝、消化器内科医によって実施された腹部単純CT撮影の結果、腹水と遊離ガスが確認され、消化管穿孔と診断された。
患者は、直ちに消化器外科に緊急入院したが、全身状態不良により開腹手術の適応はなく、保存的治療が行なわれたものの翌日穿孔性腹膜炎で死亡した。

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判決

【1】本件の争点

1. 消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性を考えて腹部CT撮影ないし左側臥位での腹部X線撮影を行わなかった過失の有無
2. 因果関係の存否
3. 損害
以上の争点について、裁判所は、下記のとおり認定し、被告病院医師が当初の外来診察が終了するまでの間に腹部CT検査を実施しなかった点についての過失、及び上記過失と死亡結果との因果関係を認め、原告の請求を認めた。

【2】過失について

(ア)急性腹症の鑑別について
急性腹症であるか否かの鑑別には、問診、バイタルサインのチェック、腹部理学的所見の把握、緊急血液検査、緊急画像診断が必要となる。問診では、疼痛の発症時期、部位や痛みの程度、嘔吐や悪心の有無及び既往症等を確認し、腹部理学的所見では、膨隆の有無、腹壁緊張の有無、腸雑音の亢進又は消失、腹水の波動等に注意すべきであるが、画像診断による腹腔内遊離ガスの有無の確認が重要であることが認められる。
そして、腹腔内遊離ガスの有無の確認のためには、腹部CT撮影が有用であり、X線撮影の場合には、少なくとも臥位と立位正面を撮影する必要があり、立位になれない場合には、左側臥位正面像を撮影する必要がある。

(イ)救急外来での患者の状況
救急隊活動記録票の記載、外料診療録の記載によれば、患者の主訴が腹痛であったと認定することができる(主訴が頭痛であったとする被告の主張は採用できない。)。
また、患者が救急搬送されてきた患者であること、搬送後も意識が不清明で、発語困難であり「うー、うー」としか発語していなかったこと、腹部に力が入っていて固い感じで、保持介助しても座位の姿勢がとれない状態で、口から茶褐色様のものを出していたことが認められる。

(ウ)腹部CT撮影をすべき注意義務の有無
以上のような患者の臨床症状等によれば、問診による疼痛の状況の聴取は不能であって、強い疼痛が発生している可能性は否定できず、嘔吐している疑い及び腹部が緊張している疑いもあるといえる。そうすると、被告病院医師は、当初の救急外来診察時点において、患者が腹部に関する何らかの急性、重大な病気に罹患している可能性が否定できないことを認識できたというべきであるから、この時点で消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎の可能性をも念頭において、鑑別を進める必要があったところ、患者の場合には、体勢を保持できないため仰臥位正面像のみの撮影であるから、それだけから腹腔内遊離ガスがないと判断することはできない。
そうだとすると、患者について、当初の救急外来診察で行った診察や検査結果のみでは、腹部に関する何らかの急性、重大な病気に罹患していた可能性を排除できていないので、被告病院医師としては、当初の外来診察が終了するまでの間に、急性腹症の診断に有用である腹部CT検査をすべき注意義務があったといわざるをえない。
なお、左側臥位正面像については、左側臥位の姿勢を10分以上保持してから撮影を行う必要があり、当時の患者の状態からすれば、左側臥位正面の撮影を行うための姿勢保持がとれなかったことが推認されるから、被告病院医師が左側臥位正面像を撮影しなかったことは注意義務違反となるものではない。

【3】因果関係について

被告は、当初の外来診察の時点では、腹部CT画像を撮ったとしても、消化管穿孔と診断できたかどうかは不明である旨主張する。しかし、事後的に見た場合、患者は当初の腹痛を訴えた時点から間もないころ、すなわち被告病院の外来診察の時点までに、消化管穿孔を発症していた可能性が高いことが認められる。
また、腹部CT検査は腹腔内の遊離ガスを検出する能力が高く、A病院において平成12年1月から平成20年1月までの消化管穿孔症例180例を調査した結果では、腹部CT検査で遊離ガスが検出された割合は、上部消化管で97%、小腸で56%、大腸で78.6%であり、遊離ガスがみられた場合には消化管穿孔が原因である可能性が最も高いこと、消化管穿孔及び穿孔性腹膜炎は発症より手術までの経過時間が長いほど予後が悪いことが認められる。
そうだとすると、被告病院医師が、当初の外来診察が終了するまでの間に腹部CT検査を行えば、腹腔内に遊離ガスがあることが判明し、患者が消化管穿孔である旨の診断を行うことができた可能性が高く、かつ、当該時点では患者が消化管穿孔を発症してからそれほど時間が経過していなかったことも併せて考えると、当該時点で緊急手術が行われれば患者を救命できた可能性が高いというべきである。

判例に学ぶ

裁判所は、急性腹症であるか否かの鑑別には、血液検査所見、腹膜刺激症状等の腹部所見だけでなく、画像診断による腹腔内の遊離ガスの有無の確認が必要であること、そして、腹腔内遊離ガスの有無の確認のためには、腹部CT撮影か、臥位と立位正面(立位になれない場合には左側臥位正面)のX線撮影をすることが必要だと判断しました。その理由は、X線撮影において、立位の場合には腹腔上部に、左側臥位正面の場合には肝臓表面に、それぞれ遊離ガスが移動して判読しやすくなるからというものでした。
被告病院側は、救急外来の場合、患者から得られる情報も限られており、また、時間的にも制約が大きいことから、すべての検査の実施を要求することは医療に不可能を強いるものであり、過剰診療そのものであると抽象論で反論していました。しかし、裁判所は、その限られた情報の中でも、可能な範囲で正確な診断を下さなければならないとした上で、本件患者の当時の具体的症状に照らせば、腹部CT撮影は実施すべき義務があったとして、被告病院の反論を退けました。
救急外来で患者が腹痛を訴えた場合には、穿孔性腹膜炎を含む急性腹症の可能性を十分に念頭に置き、注意深く症状を把握することを改めて確認した上で、急性腹症を疑った場合には、必ず腹部CT又は臥位と立位正面(立位になれない場合には左側臥位正面)のX線撮影を実施することを徹底する必要があると言えます。