判決では、患者の死因、前医の過失、後医の過失が争点となった。
1 患者の死因について
この争点について、原告は、胃・十二指腸吻合部の縫合不全による腹膜炎であると主張し、前医は、患者は嘔吐した際に誤嚥し、誤嚥性肺炎により死亡したと主張し、後医は、ドレーンからの排液の性状等から腹膜炎の所見はなく、仮に腹膜炎を発症していたとしても、限局性腹膜炎に過ぎないと主張した。
裁判所は、解剖所見から手術後まもなく限局性腹膜炎を発症したと考えられることなどから、患者の死因について、手術後まもなく発症した限局性腹膜炎が、流動食開始等により進展した汎発性腹膜炎であると判示した。
2 前医の過失について
この争点について、原告は、(1)硬膜外麻酔の誤穿刺により外傷性脊椎損傷を生じさせた過失、(2)小腸穿孔とその後の洗浄を行わなかった過失、(3)縫合の過緊縛や不均一等という手技の過失、(4)縫合不全及び腹膜炎の症状を見落とし、これに対する治療を行わなかった過失、(5)後医に対して腹膜炎を疑うべき異常所見等を引き継がなかった過失があるとして、これらはすべて患者の死亡との間の因果関係があると主張するのに対し、前医は、(1)両下肢麻痺の原因は前脊髄動脈症候群であること、(2)バイポーラシザーズを用いた際、小腸に穴は空いておらず、腸管内容物は一切流出していないこと、(3)胃・十二指腸吻合部を過度に強くかつ不均衡に縫合した事実はないこと、(4)(5)胸部X線検査、血液・生化学検査、ドレーンからの排液の量及び性状の確認等の必要検査を行ったが縫合不全による腹膜炎を疑うべき所見がなかったことを主張した。
裁判所は、(1)両下肢麻痺の原因については損傷の部位等から硬膜外麻酔の際に、誤穿刺により脊椎を損傷したからであるとしながら、患者の死因は腹膜炎であるから、脊髄損傷及びそれによる両下肢麻痺と患者の死亡との間に直接の因果関係はないとし、(2)手術の際に、小腸に誤った穿孔を生じさせ、食渣を流出させたにも拘わらず十分な洗浄を行わなかった過失があること、(3)縫合の手技の不具合は顕著であり、解剖を行った医師も「これほど…ずさんなものはみたことがない」などと評価し、期待される技量(医療水準)にはるかに及ばないこと、(4)患者に危険因子や他の過失があることから本件では通常の術後管理以上に縫合不全等の発生に対し注意すべき義務があったにも拘わらず、炎症の重要な所見であるCRP値はその後も高い値を保持していたのに、縫合不全や腹膜炎を除外診断し、(5)後医に対して情報提供等をしなかったことから、前医には過失があり、この過失と患者の死亡との間には因果関係があると判示した。
3 後医の過失について
この争点について、原告は、(1)後医転院5日後までに腹膜炎の症状・所見を見落とした過失、(2)後医転院6日後までにイレウス(腸閉塞)の症状を見落とした過失、(3)前医から情報を収集しなかった過失があるとして、これらはすべて患者の死亡との間の因果関係があると主張するのに対し、後医は、(1)前医から術後経過は順調で問題は脊髄梗塞のみであると申し送りを受けていたこと、(2)後医転院6日後に嘔吐したが、その後、腹痛・発熱がなくドレーンからの排液にも異常がないこと、(3)前医からの申し送りの内容及び後医での検査所見に異常がなかったから過失はないと主張した。
裁判所は、(1)後医転院後は激しい腹痛や嘔吐、発熱などがなかったこと、ドレーンの排液の量及び性状について日常的に観察をしていたこと、後医は前医から術後管理については特に問題がない旨の引き継ぎを受けただけで、高気圧酸素療法を施行するため転院を受け入れたことから、後医には縫合不全等による腹膜炎の確認のための検査を行う義務がなく、(2)ドレーンからの排液に濃い混濁は見られず、転院後6日で重篤なイレウス、腹膜炎の発症を疑うことは困難であり、開腹手術を行うまでの義務がなく、(3)術後の経口摂取開始前に造影剤検査を行う義務の有無については、特に異常が認められなければ縫合不全の検査は行わずに経口摂取を再開するのが通常であり、後医には死亡と因果関係のある過失は存在しないと判示した。