Vol.108 結核性髄膜炎を疑い、諸検査などを開始すべき注意義務の発生時点

~結核性髄膜炎の治療が早期に実施されなかったことにより重度の脳障害の後遺障害を負った患者について、一定の時期において、髄液検査等を実施しなかたことにつき過失があるとされた事例~

-福岡高裁平17年(ネ)877号 平成20年4月22日判決 文献番号2008WLJPCA04228002-
協力:「医療問題弁護団」鈴木芳乃弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者は、平成13年3月17日ころから発熱や吐き気等を訴えたことから、翌日から同月21日まで、継続して近所の医院等で診察を受けたが、いずれも風邪の疑い等として薬が処方されるのみであった。同月24日に、被告病院の救急外来を受診するも(体温39度4分)当直医は、近所の医院を受診するよう指示。同月26日には再び被告病院の救急外来を受診したが、当直医は、やはり小児科への受診を指示。翌27日、被告病院小児科を受診し、B医師の診察を受け、入院となったが、同月30日午前0時ころ、対光反射の鈍化、左上下肢の硬直等の症状が現れ、意識レベルも刺激すると覚醒する状態に悪化した。同月31日には、患者の意識レベルは刺激しても覚醒しない状態に悪化したが、B医師は、同日退職し、後任の医師は4月1日から診察にあたった。
患者は、4月2日、意識不明なまま九州大学病院に転院し、同日、結核性髄膜炎の検査及び治療が開始されたが、患者には重度の脳障害等の後遺症が残存した。

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判決

1.本件の争点

(1)結核性髄膜炎を疑い、髄液検査を行わなかった過失の有無
(すなわち、いずれの時点で髄液検査を行い、治療を開始すべきだったのか)
(2)残存した後遺障害と上記(1)との因果関係
(3)損害
(4)患者にBCG接種をさせていなかったことを被害者の落ち度として斟酌すべきか

2.過失について
(1)について

患者が突然痙攣を起こし、眼球が右方偏位して、痛み刺激に反応がない、不規則な痙攣、目の焦点が定まらない、意識レベルの低下といった神経学的所見が見られた3月30日午前中には、 B医師自身も患者の脳内に重大な事態が起こっていることを確信したこと、発症から既に13日間にもわたり解熱せず、シアザが見られる状況にあったことなどから、その原因疾患として、結核性髄膜炎を行うべきであった。
にもかかわらず、B医師は、同月30日に髄液検査を行わず、他の病院に電話をして助言を求めるなどした結果、4月2日に九州大学病院に転院されることの承諾を取り付けたのみである。さらに、3月31日は午前8時から9時までの間に患者を診察したのを最後に、被告病院を退職している。しかも、B医師の後任の主治医が実際に患者の診察にあたるようになったのは、4月1日朝からであったというのであるから、3月31日午後から翌朝にかけては主治医不在の状態となっていたことになる。また、B医師が後任に引き継いだ患者の治療方針は、消極的現状維持的な内容にとどまるものであった。
3月30日午前0時ころ以降、患者の脳内に重大な異変が生じていた可能性は大であり、B医師としても、このような重大な脳内の異変を認識していたにもかかわらず、これに対して積極的に対処することなく、九州大学病院へに転院させることの承諾を取り付けたことで事足れりとし、転院までの間はこれ以上症状を悪化させないという現状維持的な治療方針を立て、これを後任の医師に申し送ることまでした。患者の急激な症状の悪化を踏まえるなら、上記の対応は甚だ不十分である。また、B医師が退職した後の3月31日午後から翌朝にかけて、患者の主治医が不在となるような事態を回避すべきことは当然であって、それが果たされていたならば、同月31日午後に発現した患者の急速な意識状態の低下に対してもより適切な対応がとられていた可能性がある。
以上によれば、同月30日午前中には髄液検査を行い、さらに翌31日には画像診断等を経て、4月1日夕方には結核性髄膜炎に対する治療を開始すべきであったのであり、これらをいずれも怠った点において過失が認められる。

(2)について

3月31日午後に画像診断が行われ、水頭症の存在を認めて直ちにこれに対する治療を行っていたならば、水頭症による脳の損傷を最小限に食い止められた可能性があった。3月31日から 4月2日までの数日間は、患者の後遺障害を軽減させるためには決定的ともいうべき極めて重要な時期であったものであり、その貴重な数日間がいたずらに空費されたのであるから、患者に何らかの後遺障害が残ることは避けられなかったとしても、B医師らが適時適切に患者の結核性髄膜炎に対処していたならば、後遺障害の程度はもっと軽減されていた可能性は相当程度あるものと判断した。

判例に学ぶ

本件は、患者に神経学的所見が発現してからも、現状維持的な対応に終始し、結核性髄膜炎の疑いを抱き、諸々の検査を怠り、転院させた後にようやく結核性髄膜炎の治療が開始されたが、患者には重度の障害が残存したという事案です。
結核性髄膜炎は、その初期に治療を行っていれば治癒率は100パーセントで、永久的な神経系後遺症も少ないことが期待できるものの、非特異的症状しかないことから、見逃されやすいのに対し、重篤化した場合には、予後が悪く、このため早期発見、早期治療が強く要求されています。
結核の減少とともに症例が少なくなってはいるものの、現在においても死亡率が高く、早期治療がなされないと重度の後遺障害が残存する病気とされています。
実際に、患者に水頭症が発症したと考えられる3月31日時点において、脳室の圧迫による不可逆的損傷から脳組織を守るための治療を施すこともできたはずですから、本判決は適切な判断と考えます。
また、本件は、患者の発症から神経学的な異常所見が認められるまで、徒に約2週間もの期間が空消され、その間に、患者の両親は、近隣の医院と大学病院の救急外来を繰り返し受診させていましたが、ようやく入院となった3月27日時点においては、高熱が10日間以上継続し、嘔吐及び倦怠感、便秘等の症状が認められました。
しかし、主治医は、嘔吐症、電解質異常と診断し、髄膜炎を疑うことはありませんでした。また、3月30日午前0時には、不規則な痙攣、意識レベルの低下、眼球の偏位等、明らかな神経学的所見が認められたにもかかわらず、主治医は、九州大学病院への転送を決めたのみで、特段の積極的治療や検査を施すことはなかったばかりか、その翌日午前中の診療後に退職した後、後任の医師が診察するまでの間に主治医不在の事態が生じており、この間に患者の水頭症が悪化した可能性が指摘されています。また、患者の症状が急激に悪化しているにもかかわらず、主治医不在の事態を回避すべきことは当然であって、これは最低限の要請であるとも指摘されています。
結核性髄膜炎に限らず、髄膜炎に共通しているのは、早期発見・早期治療です。過去の判例をひもとくと、本件に限らず、結核性髄膜炎に罹患した小児の両親は、自分の子どもの嘔吐と高熱に、これはただの風邪ではない、と大学病院を信頼して受診したにもかかわらず、「アセトン血性嘔吐症」「急性咽頭炎」などと診断され、適切な治療が著しく遅れた結果、死に至ったり、重度の後遺障害が残存したりするケースが散見され、せっかくの近親者の医療側に対する期待が無に帰しています。
髄膜炎と誤診されがちなアセトン血性嘔吐症も、急性咽頭炎のいずれも、高熱が通常5日間を超えることはなく、また合併症が稀であることからすれば、患者に長期の高熱、倦怠感等が継続している場合には、他の病気を疑い、可及的速やかに緒検査をすべきであると考えます。