1.ネオフィリン投与の過失
(1)過量投与の過失を肯定
被告医師は、ネオフィリン2・5mlすなわち5・2マイクログラム/kgのアミノフィリンを投与した。これは、平成10年3月改訂のネオフィリンの添付文書に示されている小児の静脈内注射の際の用量(1回3ないし4マイクログラム/kg)を超えている。(なお「今日の小児治療指針」第11版(平成9年2月発行)中の用量(4マイクログラム/kg)も超えている。)
(i) 患者は8月6日処方のテオドールドライシロップを1日2回の処方どおり服用したと推認されるところ、添付文書ではテオフィリンについては併用注意と記載され、「今日の小児治療指針」第11版でも、「テオフィリン徐放剤内服等が4時間以内にあったときは、ネオフィリン投与量はその半量を目安とする。」と記載されている。とすると、被告は8月7日のネオフィリン投与にあたっては、前日処方したテオドールとの相互作用を考慮してより慎重にすべきであり、特にその量については通常量よりも控えめにすべきであった。
(ii) さらに患者は当時、上気道炎を発症して高熱を出していたのであるが、添付文書「使用上の注意」の慎重投与の項には、小児等が挙げられ、特に「[3]ウイルス感染(上気道炎)に伴う発熱時には慎重に投与すること(テオフィリン血中濃度が上昇することがある。)」と記載されている。とすれば、被告は投与方法についてのみならず、量についても慎重に対処すべきであった。
添付文書に記載されたネオフィリンの重大な副作用(けいれんや意識障害等に引き続き急性脳症に至ることがある)から、被告は、本件添付文書中の用法や使用上の注意に留意すべき注意義務があったというべきである。しかも、被告において上記 (i)前日からのテオドールドライシロップの服用・(ii)当時患者が上気道炎発症により高熱を出していた事実を認識していたことは明らかであるから、被告は、本件添付文書の記載に留意して、ネオフィリンを慎重に投与すべき注意義務があった。
にもかかわらず、被告は、規定用量を上回る量のネオフィリンを投与した(しかも、原告患者に対する初めての投与)ばかりか、慎重に投与すべきところ、投与方法において時間をかけてはいるものの、投与量においては上記(i)(ii)の事実について留意なく通常の場合を想定した規定量をも上回る投与をしたのであるから、これらの点において過失がある。
(2)被告の主張に対する検討
被告は、「添付文書の1回投与量は静脈内注射を前提としており点滴投与の場合はそれより多くても差し支えない。2・5mlのネオフィリンを200mlの点滴液と混合して1時間もかけて投与しており、緩徐に吸収されるので投与量が若干多めでも問題はない。結果的にテオフィリン血中濃度は中毒域に達していなかったと推定され、投与量の誤りはない。」と主張した。
しかし、添付文書には「重要な基本的注意」として、血中濃度のモニタリングを適切に行い、患者個々人に適切な投与計画を設定し投与量を調節することが望ましく、投与量の設定に当たっては規定の用法・用量から開始し、症状をよく観察しながら徐々に増減するなど留意する必要がある旨記載されている。また文献においては、テオフィリンの代謝速度には個体差があり、ウイルス感染により発熱した小児においては代謝低下の心配があること、有効血中濃度における副作用の症例報告も多く、有効血中濃度内でも痙攣誘発に関して一概に安全とはいえないとされている。以上を指摘し、裁判所は、「本件のように血中濃度を測定せずにネオフィリンを投与するときは、血中濃度が安全であるとされている領域に収まっていることを確認するすべがない以上、他に特段の合理的な理由がない限り、安全性を確保する観点から定めている本件添付文書中の用量、使用上の注意に従うべきものと考えられる。」と述べ、被告の主張を退けた。
2.痙攣発症後の措置の過失
裁判所は、被告医師は可能な限りの対応を取ったとして過失を否定した。
3.因果関係
裁判所は、ネオフィリン投与と急性脳症発症の因果関係については認めた。
しかし、被告の上記過失と後遺障害との因果関係については、原告患者に生じたけいれん、急性脳症も有効血中濃度内で生じた可能性が高く、仮に被告のネオフィリン投与に関する注意違反がなかったとしても、原告患者に急性脳症が発症した可能性は否定できないとして因果関係を否定した。
その上で、テオフィリン血中濃度が高ければ高いほど副作用が発現する可能性は高いものと推認し、ネオフィリン過量投与の過失がなければ患者に本件の重大な後遺症が起こらなかった相当程度の可能性を認めた(損害額350万円認容)。