1. 医療過誤訴訟における因果関係
(1)相当因果関係 ~ 「高度の蓋然性」論
医療過誤訴訟において損害賠償責任が認められるには、結果(法益侵害)、過失、過失と結果との間の因果関係が必要です。このうち、因果関係については、無限に連鎖する事実的因果関係の範囲を画するため、民事訴訟においては、当該過失から当該結果が発生することが社会通念上相当である場合にのみ法律的因果関係を認めています(相当因果関係論)。
しかし、民事訴訟のうちでも医療過誤事件においては、原告(患者)側と被告(医療機関等)側との知識及び情報の格差等から、相当因果関係論を一般の民事訴訟と同様に適用したのでは、具体的な事案の解決に不都合が生じることがあります。
そこで、最高裁判所昭和50年10月24日判決は、患者が死亡した事案について、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することである」、として、立証の程度は「高度の蓋然性」でたりるとしました。
(2)「相当程度の可能性」論
「高度の蓋然性」論を以てしても、なお、原告(患者)側が過失と結果との間の因果関係を立証できない場合について、最高裁判所平成12年9月22日判決は、「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は立証されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるとき」に、医師の患者に対する不法行為による損害賠償責任を認めるべき、としました。この判例は、「死亡」という結果ではなく、「生存していた相当程度の可能性の存在」を法益とすることにより、相当因果関係(高度の蓋然性)の立証の困難を救済したものとされています。
(3)「期待権の侵害」論
「相当程度の可能性」をも原告(患者)側が立証できない場合に、「適切な医療行為を受ける期待」が侵害されたとして、不法行為責任を認める下級審判例が複数ありました。
この期待権侵害に関して、最高裁判所平成23年2月25日判決は、「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべき」としました。この判例は、期待権侵害について「当該医療行為が著しく不適切なものである」ことを要件として、不法行為が成立し得る場合があることを判示したものですが、その具体的判断基準はなお不明確でした。
2. 本判決の意義
以上の判例状況の中、本判決は、電話連絡の過誤について、「重過失ともいうべき著しく不適切な措置」と認定しながら、この過失の程度だけに止まらず、本件における結果が患者の死亡という重大なものであること、また、不適切な措置が患者の生死を分ける重要かつ緊急な局面で起こっていることを考慮して、上記措置は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価される、と判断しました。
本判決は、期待権侵害による不法行為の成否について、平成23年最高裁判決が示した過失の程度のみならず、原告(患者)側に生じた結果の重大性や被告(医療機関等)による過失が生じた局面をも併せて考慮している点において、期待権侵害の判断枠組みの一例を示した裁判例として、注目すべきものです。