Vol.109 適切な医療行為を受ける期待権侵害の事案の判断枠組み

~出産後にDICに陥り死亡した患者に関し、輸血の緊急手配が遅れた病院の措置について、期待権の侵害を理由とする不法行為責任を認めた事例~

-大阪地方裁判所・平成23年7月25日判決・判例タイムズNo.1354(産科)-
協力:「医療問題弁護団」町田 伸一弁護士

* 判例の選択は、医師側もしくは患者側の立場を意図したものではなく、中立の立場をとらせていただきます。

事件内容

患者(女性・当時41歳)は、平成18年6月6日16時29分に、被告病院において出産したが、出血が継続した。担当医師は、非凝固性出血が現れて総出血量が1280mlとなった18時23分にDICを疑い、18時29分に輸血が必要と判断し、血液供給機関に対するFFP5単位と人全血1000mlの搬送依頼を、看護師に指示した。
ところが、看護師が血液供給機関の電話番号の確認に手間取ったため、血液供給機関に連絡がついたのは19時4分、血液製剤が被告病院に到着したのは19時20分であった。
この時点の患者の総出血量は2030mlであり、19時29分にはSIが1.5を超えていた。担当医師らは、20時からFFP、人全血の順で輸血を開始した。21時には、総出血量が3435mlとなった。担当医師らは、血液検査の結果も踏まえて、一貫して「弛緩出血とDICの疑い」との診断の下、FFP5単位と人全血1000mlの輸血をした。しかし、全身状態が改善しなかったため、高次医療機関への搬送を決定した。
22時に転送を受けた転送先では、大量の輸液、輸血をし、子宮摘出術を行ったが、同月19日、患者は、多臓器不全により死亡した。

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判決

争点(1)(結果)

患者の死因については、羊水塞栓症によるDICを制御できず、出血性ショックに陥り、多臓器不全を併発した、との被告の主張を容れた。

争点(2)(過失)

原告が主張した複数の過失のうち、止血措置、子宮摘出実施義務、転送義務、薬剤投与方法、に関する注意義務違反を認めなかった。
しかし、(ア)輸血の緊急手配について、看護師を通して電話連絡をするのに電話番号の確認と架電・通話も含めて5分程度を要するものと見ても、電話連絡の過誤によって少なくとも 30分程度の遅れが生じた点、(イ)血液が到着した後の19時30分ころの時点で、先に人全血の輸血を開始しなかった点、また、(ウ)輸液処置について、18時23分以降の輸液の投与量、投与速度が不十分であった点の3点において、注意義務違反を認めた。

争点(3)(因果関係)

前記過失がなく、本件出産当時の医療水準に基づいて輸液ないし輸血を適時適切に行っていたとしても、患者の救命可能性が向上するとはいえず、患者がその死亡時点においてなお生存していた高度の蓋然性があると認めることはできない、として、因果関係の存在を否定した。

争点(4)(相当程度の可能性)

前記の注意義務違反がなければ、患者がその死亡時点においてなお生存していた相当程度の可能性があると認めることもできない、とした。

争点(5)(期待権の侵害)

前記3点の過失のうち、(イ)先に人全血の輸血を開始しなかった点及び(ウ)輸液の投与量ないし投与速度に関する注意義務違反は、著しく不適切なものであったとまで評価することはできないとした。
しかし、(ア)電話連絡の過誤により、輸血の緊急手配が少なくとも30分程度は遅れた点について、輸血の依頼をすれば輸血できる医療体制が一応備わっている本件病院にとっては、DICを疑って緊急の輸血手配が必要と判断した際には、薬局の開業時間内外を問わず、医療従事者において速やかに血液供給機関に電話連絡ができるように日頃から準備しておくことが、必要不可欠でありかつ容易であって、基本的な義務と考えられ、本件の遅れは、重過失ともいうべき著しく不適切な措置と評価せざるを得ないから、患者は、本件病院医師らの著しく不適切な措置により、可能な限り速やかに輸血されるという治療行為を受ける期待権を侵害されたものと認めるのが相当であり、合わせて、本件における結果が患者の死亡という重大なものであり、上記不適切な措置が患者の生死を分ける重要かつ緊急な局面で起こっていることを考慮するならば、上記措置は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価されるので、患者に対する不法行為を構成する、とした。

争点(6)(損害)

慰謝料額は、60万円とするのが相当である、とした。

判例に学ぶ

1. 医療過誤訴訟における因果関係
(1)相当因果関係 ~ 「高度の蓋然性」論

医療過誤訴訟において損害賠償責任が認められるには、結果(法益侵害)、過失、過失と結果との間の因果関係が必要です。このうち、因果関係については、無限に連鎖する事実的因果関係の範囲を画するため、民事訴訟においては、当該過失から当該結果が発生することが社会通念上相当である場合にのみ法律的因果関係を認めています(相当因果関係論)。
しかし、民事訴訟のうちでも医療過誤事件においては、原告(患者)側と被告(医療機関等)側との知識及び情報の格差等から、相当因果関係論を一般の民事訴訟と同様に適用したのでは、具体的な事案の解決に不都合が生じることがあります。
そこで、最高裁判所昭和50年10月24日判決は、患者が死亡した事案について、「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することである」、として、立証の程度は「高度の蓋然性」でたりるとしました。

(2)「相当程度の可能性」論

「高度の蓋然性」論を以てしても、なお、原告(患者)側が過失と結果との間の因果関係を立証できない場合について、最高裁判所平成12年9月22日判決は、「疾病のため死亡した患者の診療に当たった医師の医療行為が、その過失により、当時の医療水準にかなったものでなかった場合において、右医療行為と患者の死亡との間の因果関係の存在は立証されないけれども、医療水準にかなった医療が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるとき」に、医師の患者に対する不法行為による損害賠償責任を認めるべき、としました。この判例は、「死亡」という結果ではなく、「生存していた相当程度の可能性の存在」を法益とすることにより、相当因果関係(高度の蓋然性)の立証の困難を救済したものとされています。

(3)「期待権の侵害」論

「相当程度の可能性」をも原告(患者)側が立証できない場合に、「適切な医療行為を受ける期待」が侵害されたとして、不法行為責任を認める下級審判例が複数ありました。
この期待権侵害に関して、最高裁判所平成23年2月25日判決は、「患者が適切な医療行為を受けることができなかった場合に、医師が、患者に対して、適切な医療行為を受ける期待権の侵害のみを理由とする不法行為責任を負うことがあるか否かは、当該医療行為が著しく不適切なものである事案について検討し得るにとどまるべき」としました。この判例は、期待権侵害について「当該医療行為が著しく不適切なものである」ことを要件として、不法行為が成立し得る場合があることを判示したものですが、その具体的判断基準はなお不明確でした。

2. 本判決の意義

以上の判例状況の中、本判決は、電話連絡の過誤について、「重過失ともいうべき著しく不適切な措置」と認定しながら、この過失の程度だけに止まらず、本件における結果が患者の死亡という重大なものであること、また、不適切な措置が患者の生死を分ける重要かつ緊急な局面で起こっていることを考慮して、上記措置は慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価される、と判断しました。
本判決は、期待権侵害による不法行為の成否について、平成23年最高裁判決が示した過失の程度のみならず、原告(患者)側に生じた結果の重大性や被告(医療機関等)による過失が生じた局面をも併せて考慮している点において、期待権侵害の判断枠組みの一例を示した裁判例として、注目すべきものです。